ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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「洞窟を出た辺りから、立て続けに色々ありすぎて混乱してる。説明してもらえないかな」

 わずか三日ほどの間に、アレクシアは一回、レイモンドは二度死にかけた。

「シルバーオーブの一件は僕が悪かった」

 ディクトールはレイモンドに「アレクシアを庇ったのか」と聞く代わりに

「どうして君は無事だったんだ?」

 と尋ねた。ひねくれた質問だと自覚はあるが、石像はディクトールの頭を粉砕するはずだった。それをアレクシアが庇って、レイモンドがアレクシアを庇った。そして砕けたのは石像の方だった。

「無事で悪かったな」
「そういう話をしているんじゃない!」

 先ほどまで大雨を降らせていた黒雲は、薄く広がって月を隠している。
 臼闇に目を凝らしても、ディクトールにレイモンドの表情は見えない。が、声と様子から、不機嫌らしいと言うのはわかる。寝入り端を起こされたのだから、当たり前だが。

「レイアムランドに行って、僕の中でひとつ仮説がたった。それが正しいのか、確認しておきたい」

 臼闇に目を凝らす。表情は見えなくとも、レイモンドの金髪だけはそれと見てとれた。

「前にも聞いたな。君は誰だ、人間なのか、って」

 レイモンドがこちらを向いた気配がした。彼は自分より夜目が利くから、もしかしたらディクトールの表情まで見えているのかもしれない。見えなければいい。きっと嫉妬に歪んだ酷い顔をしているから。

「僕はただの人間だ。アルに、君たちについていく資格があるかわからない。でも君は違うんだ。ゴーレムはオーブを守っていた。正しい持ち主が現れたから、役目を終えて崩れたんだ。違うか?」

 ミトラ神話には出てこない記述。滅びからの脱出。ただの人が辿り着くには余りに過酷な真実。信じてきた神に裏切られ、滅ぼされた世界。
 その世界の遺産がラーミアとオーブ。そのオーブが託されたということは、滅ぼされた世界から逃げてきた人々に所縁がある者だと言うこと。
 事実、オーブを守っていたランシールには、滅びの神話を裏付ける記録があった。テドンやネクロゴンドにもあったのかもしれない。
 しばしの間の後で、ふー、とレイモンドは長く息を吐いた。

「…俺が作ったんじゃねぇから、解んねーよ」

 茶化したり、面倒臭くてそう言っているわけではなさそうだ。

「理由は知らんが、ゴーレムが勝手に壊れたのは確かだ。お前がそれで納得するなら、それで正解なんだろ」

 あくびをしたらしい。

「俺の前世だかなにかがオーブや世界の崩壊に関わっていたのは認めたくはないが事実らしい。夢に見たり、知らない筈のものを知っていたりするだけなら、ただの気のせいだって言えたんだけどな」

 乾いた笑いをこぼして、あれは決定的だったと、レイモンドは自嘲的に呟いた。迷惑な話だと。今でも彼は、出来ることなら認めたくないのだ。
 ディクトールは、そうは思わない。だから君はここにいる。だから君はアレクシアの横に並ぶことができる。
 いつだって、ディクトールはアレクシアの横には並べない。背に庇われていたのが、背中を守れるようになっただけましだと、喜ぶべきなのかもしれない。けれど、立ちたかったのはいつも、後ろではなく隣だった。叶わない。敵わない。

 望むものは望まれず
 望まざるものが望まれる

 アレクシアだとて、望んで旅に出たのではない。男の成りをしていたのではない。
 そんなところまで、レイモンドとアレクシアは同じなのだと、胸の奥がズクリと痛む。暗く重たい何かが広がっていく。
「アレクはさっき、お前に一緒に来てくれって言ったんだ。お前もついていくって言ったな。俺は死にたくない。お前も死にたくない。バラモスの野郎は叩き潰す。だから協力する。それでいいだろ?」

 またレイモンドは大きなあくびをした。かなり眠たいらしく、呂律も若干怪しい。

「…ああ」

 確かにそれでいい。理屈では納得している。
 問題なのはディクトールの心の奥深く、ずっと昔から抱えている劣等感。アレクシアを羨望し、彼女の光を受けて生きていきたいと望むのに、近付けば焼き付くされてしまいそうな弱い自分。アレクシアの隣で戦い、その光のなかで笑っていた親友を羨んだ。彼が去ったあとは、アレクシアと同等の光を放つレイモンドが現れた。羨ましい、などという生易しい感情は最早無い。妬みは、憎しみに似ている。
 疑問を張らしたいなんて口実で、どうして自分はその憎い相手に愚痴を聞いてもらっているのだろう。慰められているのだろう。
 アレクシアには聞けないから、もう一人の当事者であるレイモンドに聞くしかないとはいえ。

(神よ、わたしは未だ悟りとは程遠いところにいます)

 悩むことこそヒトの本質なのか。他人を羨み、奪い、自己の欲望を満たそうとするその心こそが。

「眠…。俺ぁもう寝る」
「ああ…」

 ディクトールの返事を待たずに、レイモンドは宿の部屋に引っ込んだ。

「おやすみ…」

 身体的に疲労しているのは間違いない。なのに眠れそうにない。
 レイモンドの背中を建物の中に見送って、ディクトールは闇の向こうに視線を戻す。月も星も、今夜は光を投げ掛けない。ただただ昏い。夜の闇のその中の闇へ。
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