ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
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48.ラーミア
空を飛んでいるという興奮は、すぐにはやってこなかった。
それぞれの身体に起きた現象に、特にリリアが打ちのめされて口も聞けず、やって来た時同様によくわからないままにレイアムランドを後にした。
それぞれがもとの姿に戻り、眼下に海が見える頃、ようやく空を飛んでいるのだという感慨がやってくる。
ものすごい勢いで流れていく雲に、ラーミアが船や馬では到底追い付けないような速度で飛んでいるのだということがわかる。その割にアレクシア達を叩き付けるような風や振り落とされそうな振動が襲わないのが不思議だった。
いわば異世界にいた生き物だ。厳密にアレクシアたちの知る生き物だと定義してよいものかもわからない。その背中が現実世界の物理法則をねじ曲げていたとしても不思議ではないだろう。
「どこへ行く?」
見慣れた城や町が遥か遠く見える。まるでおもちゃの箱庭だ。それさえあっという間に行き過ぎて見えなくなった。
「どこへ行けばいい?」
膝に顔を埋めるリリアを慰めるように抱いていたアレクシアは、そんな声を聞いて顔をあげた。
「え?」
「なに?」
うとうとしていたらしいディクトールが応えたが、なにも言っていないと首を振る。
「でも今…」
「どこへでもつれていってあげるよ」
子供のような、老人のような得体の知れない声。けれど不安を煽るような類いの声ではない。
「ああ。聞こえた」
レイモンドは頷いたけれど、ディクトールとリリアは不思議そうに首を振った。アレクシアとレイモンドは顔を見合わせて、それから揃って前を見た。ラーミアの顔を。
知性を称えた黒い瞳がアレクシア達を振り返りクルルと鳴く。気づいてもらえたことが嬉しいといっているように。
「ラーミアだ」
アレクシアが呟くと、またラーミアは鳴いた。その時再度、アレクシアたちの頭の中に「どこへ行く?」と声が響き、アレクシアはレイモンドと再び顔を見合わせて、それからまたラーミアを見る。
「ちょ、ちょっと待って」
混乱する頭を抱えるけれど、眼下の景色は瞬く間に流れていく。さしものラーミアも、空中で制止は出来ないらしい。
「今どの辺りだ」
レイモンドが慌てて下を覗くと、ちょうどいい具合に草原が見えた。
「降りろ。ここでいい」
いきなり町や城の近くへ降りて、これ以上騒ぎになるのはごめんだ。
一声鳴いてラーミアはゆっくりと下降し着地した。飛び立った時同様、やはり震動は感じない。
「ここ、どこだ?」
飛び立ったのがどの辺りだったのかすらわからないので、現在地ははっきりしない。ただ、なんとなく、イシス南西の辺りではないかという検討はついた。
しかし今問題なのはそんなことではない。ネクロゴンドの洞窟からこちら、立て続けに起きた異常事態を整理して、未だ茫然としているリリアを正気に戻すことが先だ。
「出来ればゆっくり休ませてやりたい」
リリアを抱えてアレクシアが言った。レイモンドもディクトールも同じ気持ちだが、三人は溜め息を吐きそうな顔で同時にラーミアを見た。こんな大きな鳥、連れて人里には近付けない。
するとラーミアはクルルと鳴いて、ふわりと空へと舞い上がる。
「あ、おいっ!」
逃げた、とディクトールは慌てたけれど、アレクシアとレイモンドの頭の中には「用がある時は呼んで」と、例の声が響いていた。
「やっぱりラーミアなんだ」
空高く舞い上がって、やがてラーミアの姿はすっかり見えなくなっていた。