ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
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ディクトールはかつてないほどに狼狽していた。ベホマに集中しなくてはと思えば思うほど、別のことに意識が向かう。
自分が浮かれて、不注意に動いたから。アレクシアが無事でよかった。なぜ彼は? 否、アレクシアを庇ったのか?
何度目かの詠唱が途切れて、苛立ちとともに自分で自分の頬を叩いた時に、ディクトールはリリアの声を聞いた。
「アル!」
未だもうもうとした砂煙の中から二人分の人影が浮かび上がる。咳き込みながら現れたのは――
「お前、はしゃぎすぎ」
光を弾く金髪はすっかり灰色。肌も砂だらけで目だけが出ているような状態だが、間違いない。間違いようがない。
「レイモンド…」
安堵の息と共に、全身から力が抜けた。へたりとその場に座り込んだディクトールの頭に、ゴチッと固いものが当たる。
「ほら」
付き出されたのはシルバーオーブだ。呆れたような、からかうような、それでいて憮然とした表情で、レイモンドが目の前に立っていた。
「ひでぇツラだ」
「…お前こそ」
砂だらけの手を借りて立ち上がる。
「さて、これでオーブは6つ揃ったわけだけど」
水袋を逆さまにして、その場で砂を洗い流し始めたレイモンドを余所に、ディクトールは何でもない風を装って語り始めたのだが、方々から突っ込みが入った。
「お前っていい性格してるよな」
「ディ、顔赤いよ」
「何があったのか説明しなさいよ!」
「詫びはともかく、風呂に入りたい」
赤いと指摘された顔を更に赤くして、ディクトールはわしわしと髪の毛をかきまぜる。
「ごめん! 僕が悪かったよ。ありがとう! 風呂は無理。水浴びろ!」
謝り方が雑だとか、水浴びは冷たいとか文句も出たが、ルーラで町に帰るにしても人か砂の魔物かも一目では区別がつかないような風体になっているレイモンドは、ひとまず外で行水することに決まった。
服のままレイモンドが泉に踏み込むと、澄んだ水は見る間に淀み、もともと底に沈澱していたのであろう苔なども舞い上がって、砂は落ちたが綺麗とは言い難い状態のレイモンドは焚き火に辺りながら口中で文句を呟き続けた。
「ディ。わたしもお風呂には入りたいわ。ねぇアル?」
「そうだね。ジャリジャリするもんね」
女性二人は泉で水浴びするわけにもいかず、とりあえずオーブは手に入ったのだからと、一時撤退に票を投じた。
「とはいってもね…。どうする? 戻るかい?」
困惑顔でディクトールはアレクシアに判断を委ねた。ルーラで戻るならアッサラームだろう。そこから仕切り直すとしてもアッサラームからの水路はどう確保するのか。
「あの洞窟にまた潜るのは遠慮したいな」
うーん、と悩みつつ、ルーラでの仕切り直しには否やを唱えた。集落跡地を出れば清涼な水を湛えた川もある。水浴びはそこででもできるのだから。
今後の方針が決まると、ディクトールはシルバーオーブをアレクシアへと差し出した。アレクシアがもつ鞣し革の袋には、5色のオーブがしまわれている。
「重たそうだね」
強い魔力が込められたものだろうから、傷がつくとは思えないのだが、それでも念のため、ひとつひとつ布でくるんでいれてあった。
シルバーオーブを何でくるむかと、アレクシアとディクトールが荷物を漁り始めた所へ
「なんだか臭いわ」
生乾きのレイモンドから異臭がすると、リリアは鼻の前でぱたぱたと手を振る。
「仕方ないだろ」
憮然と言った後で、何かを思い付いたようにレイモンドはにや、と嫌らしく笑うと、わざわざ回り込んでリリアの近くへいく。
「ちょ!? やだ! ほんとに臭いんですけど!?」
「へー」
身を避けるリリアが隣のアレクシアを押しやって、アレクシアの手からオーブが転がり落ちた。
「わ、わっ」
空中で捕まえようと手を伸ばしたディクトールの手からは逆にシルバーオーブが転がり落ちる。結局6つのオーブ全てが地面にばらまかれた。
「あーあー、なにやってんだ」
「あんたのせいよ」
バカだなと呆れるレイモンドの鳩尾に、リリアの肘鉄が入り、レイモンドはその場でうずくまる。
「アル〜、ごめんね。割れなかった?」
「大丈夫だと思うけど…」
それぞれその場にしゃがみこみ、落ちたオーブに手を伸ばす。レイモンドの足元にも転がっていたブルーオーブを持ち上げて、「ほら」とアレクシアに差し出した時だ。
光が、全てを飲み込んだ。