ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
90ページ/108ページ

46.シルバーオーブ

 辿り着いたのは小さな集落だった。村を取り巻く石塀は殆ど朽ちて草に埋もれている。集落というのは正確ではない。そこはかつて人が住んでいたのであろう廃墟だった。

「…っ!」

 思わず息を詰め拳を強く握りしめたアレクシアの後頭を、溜め息をつきながらのレイモンドが小突く。彼女が何を勘違いしているのか、言われるまでもなく気付いていたからだ。

「落ち着け。色々と」

 山彦の笛の音に導かれてやって来た廃墟となれば、嫌でもあのテドンを思い出す。直接的にテドンを滅ぼしたのが魔物だとしても、その破壊を誘発したのはアレクシアが吹いた笛の音だ。少なくともアレクシア自身がそう感じ、自分の行いを責め悔やんでいる。
 今、目の前に広がる滅びに、アレクシアが過剰に反応したのも仕方ない。

「よく見ろ」

 後ろからアレクシアの頭をわしづかみ、ぐいっと俯きかけていたアレクシアの目を周囲に向けさせる。

「あ…」
「どうだ。これが昨日今日滅んだ村か?」

 木造の建造物はあらかた朽ちてしまったのだろう。石造りの部分だけがかろうじて形を残しているが、それさえ草木に埋もれている。

「っと」

 脱力して声もなく膝から崩れたアレクシアを背後から抱き止める。

「あっ! ディ! リリア!」

 が、直ぐ様アレクシアは我に返って、レイモンドの手から離れていった。

「あとでリリアに謝っておけよ」

 呆れ顔でくいっと親指で後ろを指すレイモンドに、アレクシアは申し訳なさそうに頷いた。
 さて、そうは言ってもそんなにすぐに二人が合流するわけがない。ここに来るまで、アレクシアは後からついてくる者の事など一切考えずに全力で走って来たのだから。
 ただぼんやりと二人で立ち尽くしているのもばかばかしいと、アレクシアとレイモンドは村の中を歩いて見て回ることにした。
 人気はなく、所々建造物の名残があるだけで、あとは野原と変わらない。

「気付かないか」
「え?」

 石塀から50歩も歩いただろうか、小さな池のほとりで、レイモンドが足を止めた。
 アレクシアはくるりと辺りを見渡し、一周してレイモンドの顔を見た。
「池がある?」

 きょとんと首を傾げるアレクシアを、ディクトールならば「愛らしい」と相好を崩すのだろうがレイモンドは舌打ちした。

「ぶぁっか」
「んなっ」

 よくもここまで端整な顔を歪められたものだと感心する程、侮蔑を込めた発言にアレクシアが食って掛かろうとしたその時、「おぉい」と手を降るディクトールとリリアの姿が見えた。

「もう、勘弁してよ」
「ごめん」

 つーかーれーたー、と抱き付いてきたリリアを受け止めて、ディクトールにも目礼する。

「何もなかった?」

 ちらりと意味ありげにディクトールがレイモンドを見たのに、アレクシアは気付かない。

「ん? うん。めぼしいものは何も…」

(…コノヤロウ)

 ディクトールの意図にも、アレクシアの鈍感さにも、重ね重ね苛々する。少し意地悪い意識が働いたとして、きっとレイモンドを責める者はいないだろう。

「あったよ」
「は?」「え?」「なに?」

 ディクトールは慌てて、アレクシアはきょとんと、リリアは食い付きぎみに、それぞれが聞き返す。

「ちょうど今から調べようとしてたところだ。なぁ、アレク?」
「えー? あぁ、まぁ。うん」

 さも二人だけに通じるものがあるように言ってはみるが、アレクシアのこの大根役者振りではディクトールの嫉妬を煽るのも無理だろう。面白くない。
 レイモンドはやれやれと肩をすくめると、周囲をよく見るようにと顎をしゃくった。
 村の真ん中にあたるのだろう。つまりこの場所だが、大人が一走りで飛び越えられそうな小さな池がある。池の中心にはもう水を吹き出してはいないが噴水があり、池は花壇で飾られていた。アレクシアたちが来たのとは逆方向へ石畳の道が続き、その道の両脇もきちんと草が刈られている。

「えー…と」

 それでもよくわかっていない様子のアレクシアに、レイモンドは盛大な溜め息を吐いたが、わざわざ口に出して説明するまでもないかとついてくるようにと腕を振った。
 程無く神殿らしき建物が見えてくる。外から伺う限り、神殿に動くものの気配はない。

「周りに集落も何もなかったんだろ?」
「ああ」

 明かり取りの窓には木々が覆い被さって、神殿の中は薄暗い。風で戸板でも擦れているのか、時折ギィギィと不気味な低い音が聞こえてくる。目を凝らすディクトールの横で、レイモンドは魔法の明かりをともした。

「じゃあ誰が花壇の世話をしていたんだろう」
「あ!」

 ディクトールの呟きにアレクシアが今気がづいたと声を上げ、レイモンドにうるさいと睨まれる。
 手で口を抑えたアレクシアにくすりと笑みを浮かべると、ディクトールは独り言を続けた。

「生き残りがいたとして、近くに集落もないし畑もない。どうやって生活していたのかな」

 うんうんとしきりに頷くアレクシアと、優しく微笑むディクトールに内心ばかばかしいと舌打ちし、実際舌打ちしないまでも十分冷めた表情で、レイモンドは神殿の中に入っるぞと合図した。
 一度は納得した様子だったアレクシアだが、次第にその顔がしかめられて、レイモンドが「行くぞ」と中を指差した時には明らかに狼狽した。レイモンドは奇妙な顔をしてアレクシアを見たあとは、気に止めずに先頭切って行ってしまったが

「おばけじゃないといいわね」

 後を追うのを決めかねて唸っているアレクシアに、ひそっ、とリリアが背後から囁いた。

「もうっ」

 文字通り飛び上がった後で、にやにや笑いながら逃げていくリリアを、「絶対に仕返しだ」とアレクシアが追いかける。お陰で恐怖はいくらか和らいだが、神殿に入ったアレクシアはすぐさま顔をひきつらせた。同じような顔で、リリアも固まっている。

「…なに、これ…?」

 ギィ…ギィ…と音をたてて、レイモンドよりも一回り大きい石の人形が動いている。武骨な指で祭壇に花を飾り、埃を払う様は、襲ってくるようには見えないが、神殿を守る神官などでないのは明らかだ。
 瞬き二回分の硬直から我に返り、一応は戦闘の体勢に入ったアレクシア達だが、石人形のあまりの平和な様子に、互いに顔を見合わせ先制の一手を譲り合う始末だ。
 そうこうしている間に石人形は作業を終えて、ゆっくりとした動作で祭壇の脇の窪みへとしゃがみこむ。みれば最初からそこにあった壁の飾り彫りのようだ。祭壇の左右対称に同じ飾り彫りが施されていたが、片方には銀色に輝く宝玉が埋め込まれ、片方にはそれがない。動いていたのは宝玉がはまっている方だ。

「これって…」

 祭壇には母子像と、竜と不死鳥ラーミアを意匠化した紋章が彫り込まれていた。みれば石人形の胸にも、同じ紋章が刻まれている。
 竜は大地神ガイア、ラーミアは精霊神ルビスの紋章でもある。この二柱の神を奉じ、この地方に存在した国と言えばネクロゴンド王国しかないと、ディクトールが熱っぽく語った。

「あの噂は本当だったんだ…」

 ネクロゴンド王国最後の王妃とその遺児の墓所がネクロゴンド山脈にあるという。噂というよりは伝説やお伽噺の類いだ。歴史や伝説に造詣のある者ならば、目の当たりにして興奮しないわけがない。
 呆れている仲間たちをおいてけぼりで、警戒の欠片もなく駆け寄り、祭壇を間近にしたディクトールは、先程よりも更に興奮した面持ちで「間違いない!」と頷いた。

「じゃあこれが、シルバーオーブ!」
「あ、おいっ」

 レイモンドが警戒の声を上げるよりも早く、ディクトールの手は銀色の宝玉に延びていた。

「ディ!」

 ディクトールに降り下ろされた石の拳と、ディクトールを押しやろうと飛び出したアレクシア。そしてそのアレクシアと、拳の間に割って入ったレイモンド。全てが一呼吸にも満たなかった。

「いやぁあ!」

 リリアが悲鳴をあげたとき、床にもつれて倒れ込んだディクトールとアレクシアは息を飲み、ディクトールは反射的にベホマの詠唱を始めた。けたたましい破砕音がして、砕けた砂礫がもうもうと視界を奪う。

「レイ!!」

 砂煙に飛び込んだアレクシアの悲鳴は泣き声に近かった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ