ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 ベンは勿論、アレクシアに粉をかけて来た吟遊詩人も、店にいたのは皆サマンオサの盗賊ギルドの生き残りだという。
 粛正が行われた時、たまたま外に物資調達に出ていた為粛正を免れたらしい。ベンによると、レイモンド以外にもサマンオサから脱出した仲間がいるらしく、そういった連中を逃がす手引きをしたのもベン達だ。
 その話を聞いて、レイモンドの顔色が変わった。

「ってことはここからサマンオサに?」

 勢い込んで尋ねるレイモンドにベンは渋い顔をした。

「いや。一方通行だ」
「岬の先に監獄があるだろ。20年近く前にそこにサイモンて男が投獄された。そのあとこっちからは国に入れないようにされたって話だ。実際戻れない」

 ベンの話を引き継いだのは詩人の男だった。サーディと名乗った男は話好きらしく、自慢の喉を鳴らして歌うように話す。それが逆に鼻についた。

「サイモンは―…」
「知ってるよ」

 サーディの言葉を遮りレイモンドは苦い表情で呟いた。

「俺の、親父だ」

 その言葉が、どれほどの意味を持つのか、解らないレイモンドではない。
 波が引くように訪れた沈黙と、探るような視線に、痛みを堪えるように、いらだたしさを堪えるように目をつむる。

「は…、マジかよ…」
「こんな嘘ついて、俺になにかメリットがあるか?」
「確かに」

 頷きはしたものの、飲み込むのに時間がかかる。そんな顔でベンは頭をかき、サーディと顔を見合わせた。

「で、おまえはサマンオサに戻りたくてここへ?」

 ベンの問いに、今度はレイモンドが言葉に詰まった。アレクシアと顔を見合わせ、ややあって首を振る。

「監獄に行きたい。なにか手はあるか?」
「無理だな」
「無理だって?」
「あの歌で言ってることは本当さ」

 思わず目を剥き愕然と呟くレイモンドの様子から、残念だが、と腕を組むベンの台詞をまたしてもサーディが引き継ぐ。つくづく話好きであるらしい。

「おれ達だってただ意味もなく、こんな辺鄙な場所にいたわけじゃないんだぜ」

 始めの頃こそサマンオサから逃げて来た同朋を匿う事が彼等の役目だったが、一月と経たないうちに生き残りが逃げてくる事はなくなった。
 怪我人や行き場のない連中を組織してベンが始めたのは、ギルドマスターがやろうとしていたことを引き継ぐことだった。則ち、偽者の王を排除し地下牢に幽閉されている先代の国王を救い出すことだ。
 そのためには、サマンオサ随一の英雄サイモンの救出が不可欠だった。生きてはいないかもしれない。それならそれで構わない。彼の遺志を継ぎ、彼の代わりに英雄として国を救う為に起つ若者がいればいいのだから。
 生死の確認、というよりは掲げるに足る証拠の回収に、ベン達は小船を漕ぎ出したがオリビアの呪いにより海峡を押し戻され船は暗礁にたたき付けられ大破したという。船に乗り込んでいた仲間も船諸共に海の藻屑と消えた。
 サーディは芝居掛かった仕種で失意を表し、ちら、とアレクシアに視線を送る。当然ながら、アレクシアは視線の意味には気付かない。

(いちいち、うざってぇ野郎だな)

 レイモンドの苛立ちに気付いていないのか、気付いていて無視しているのか、サーディーの態度が改まる事はない。

「海峡を渡らずに、船を直接内海に下ろせばいいんじゃないのか?」

 ベンの広げた地図に指を走らせ、当然の疑問を口にしたアレクシアにも、やはりサーディーは芝居掛かった仕種で応えた。

(え″っ!?)
「ああ! それができたらどんなにか!」

 地図に置いたアレクシアの手を両手で掴んで胸に引き寄せる。これには流石のアレクシアも面食らって顔を引き攣らせた。

「あああのっ」

 アレクシアの狼狽振りに男慣れしていないと見るや、サーディーの頬に一瞬狡猾な男の笑みが走る。すぐさま取り繕われたそれを見逃すレイモンドではない。

「俺の女だと言わなかったか?」

 視線に怒勢(どす)を利かせてサーディーを見る。盗賊家業なんてやってると芝居は付き物だが、サーディーの態度にはいらついていたので、これはさしたる努力もせずに表情を作ることが出来た。
 うろたえたのはアレクシアだ。芝居には縁がない上に、事こういった事態に疎い為咄嗟の判断が出来ない。
 真っ赤になったアレクシアがなにかボロを出す前に、レイモンドはサーディーをアレクシアからひっぺがし黙っていろと目配せをした。

「で、なんで無理だって? 試したのか?」

 岬周辺の見取り図を見ながら、サーディーではなくベンに話を振る。サーディーは面白くなさそうに鼻を鳴らしたが、ベンはくっくと喉を鳴らして笑っている。レイモンドに睨まれて、悪い悪いと地図を示した。

「外に出てみりゃ解るが、とても舟担いで下りられる高さじゃねぇ。ほぼ垂直の崖だ。無理だよ」
「…そうか」

 苦い息を吐き、腕を組むレイモンドに、ベンは興味深げな目を向けた。

「なぁ、聞いていいか」
「内容によるな」
「そりゃあそうだ」

 がははと笑って、すぐに真顔に戻る。

「おまえ、おれ達とサマンオサに戻る気はないか」
「………」

 その言葉が意味することがわからないレイモンドではない。サイモンの遺品がなくとも、解放運動の旗に掲げるには息子のレイモンドで十分だ。そういうことだろう。
 それがわかっているから、アレクシアも息を飲み、縋るような視線をレイモンドに向けるのだ。
 裾を掴むアレクシアの手をぽんぽんと二度叩き、レイモンドはベンを向いたまま首を振った。

「悪いが今は無理だ。協力できない」
「きさまっ」

 レイモンドの返答にサーディーが気色ばむ。胸倉に掴みかかってきたサーディーをレイモンドは冷静な瞳で見下ろした。いっそ酷白なまでの視線に、たじろいだのは掴み掛かったサーディーのほうだ。舌打ちして掴んでいた服ごとレイモンドを向こうに押しやる。

「故郷がどうなってもいいのかよ…っ」

 最初の勢いはどこへやら、レイモンドから目を背けてサーディーは吐き捨てた。
 見も知らない、あの惨劇を知らない男に何を言われようと、レイモンドには響かない。髪の毛一本程もレイモンドの表情は動かなかった。
 相変わらずの冷たい表現で乱れた襟を正すレイモンドに、サーディーは尚も何か文句を言いたげに眉を上げたが、ベンに肩を叩かれて溜飲を下げた。

「理由を聞いてもいいか?」

 落ち着いた低い声。問い詰めるでもなく、ただ静かにベンは問う。
 いまだ裾を掴んだままのアレクシアに一度目をやり、それから深く息を吐いて、レイモンドはベンを見た。

「詳しくは話せない。だが王の事は俺もテッドから聞いている。今は無理だが、協力はさせてもらおう。その為にも、監獄島に行く必要がある」

 ベンは暫くの間黙ってレイモンドを見詰めていたが、ややあって「わかった」と頷いた。

「うわさではエリックの乗った船も幽霊船として海を彷徨ってるそうだ。もし恋人のエリックとの思い出の品でもささげれば、オリビアも成仏するかもしれねぇな」

 幽霊船の噂はマルロイやポルトガの船乗りからも聞いていた。
 海の男達にしてみたら幽霊船も海峡の魔女も有名な話なのだろう。

「幽霊船、か…」

 お化けの類が得意ではないアレクシアが沈鬱な表情で呟いたので、レイモンドは思わずぷっと吹き出してしまい、アレクシアに抓られることになる。
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