ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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45.ネクロゴンド

 火口からなだらかな傾斜をゆっくりとネクロゴンドへ向かう内に、ネクロゴンド城へは真っ直ぐ向かえないことがわかってきた。
 一体如何なる秘術を用いたのか、山頂に鎮座する城の周囲をぐるりと大きな堀が取り巻いているのだ。堀と言うよりは湖と言った方がいいような幅がある。ここまで船を運べる訳もなく、そこに至るまでも当に絶壁というような岩山が行く手を阻んでいる。
 救いなのか罠なのか、岩壁の合間に洞穴があり、そこが城へ続いているに違いないと、僅かな希望を繋ぐのみだ。

「行けるところまで行ってみよう」

 食料が尽きるのが先か、気力体力が尽きるのが先かわからないが、これまで同様それしか途はないのだから。
 洞窟の入口で朝を待ち、それから探索に向かうことになったのだが、夜の内に雪雲の魔物や食人種に襲われて結局夜が開ける前に洞窟に踏みいることになる。
 覗きこんだ洞穴は明らかに人の手が加えられており、ランタンで周囲を照らすと一定の間隔で灯りが付けられるようになっていることがわかった。油を足してやれば洞窟内は不自由ない程に明るくなるだろうが、手持ちの油だけで足りるのか、満足に換気されているのか、出口までこの仕組みが生きているのか不明な以上頼るわけにはいかなかった。
 多少心許ないが、レイモンドの松明とディクトールの持つランタンの明かりで進むことにする。

「空気の流れがある」

 揺らぐ松明の炎が、この洞窟が何処かにつうじていることだけは教えてくれる。
 洞窟は道幅も天井までの高さもあり、所々剥がれていたが舗装もされていた。ネクロゴンド王国時代に使われていたトンネルなのだろう。だとすれば、真っ直ぐ言った先の階段は、城門に続いているに違いない。

「案外楽に…」

 階段を降りきった瞬間、空気が変わった。空間が、と言うべきか。
 舗装された床は剥き出しの岩肌になり、肌が粟立つような嫌な気配が周囲に満ちている。

「なわけないか」

 シャランと澄んだ音をたてて鞘から剣を抜き放つ。
 闇の中から蝙蝠の羽と蛇の尻尾を持つ緑の肌をした人間の子供のような魔物が現れたのだ。手にした槍は小さな体に不似合いな大きさだが、苦もなく振り回している。こちらが武器を構えるのを待つわけもなく、魔物は灯りに集る虫のように飛び掛かってきた。錆の浮いた槍の穂先がリリアの顔めがけてつき出されたのを、間に入ったアレクシアの剣が弾く。

「メラミ!」

 眼前に槍の穂先が迫っても中断せずにいたメラミが魔物を壁まで吹き飛ばした。羽を焦がされ、肉を焼かれながら未だ息のある魔物をレイモンドが追撃して止めを刺す。
 あまりにもあっさりと仲間がやられたことで、残りの魔物は空中でピタリと動きを止めると、聞いたことのない言葉で何事かを唱え始めた。

「神の祝韻、唱うる能わず。汝の声は心に届かず。マホトーン!」

 何であれ魔物に呪文など唱えさせないに限る。ディクトールのマホトーンで、二匹の魔物が声を失った。戸惑う一匹をアレクシアが一刀のもとに切り捨てる。が為に肉薄することになったアレクシアに向けて、別の一匹がカッ! と大きく口を開いた。途端に冷気がアレクシアを襲う。思わず呼吸を止めて身をすくめたアレクシアに声をなくした魔物が槍をつき出した。

「アレク!」

 辛うじて半身引いたアレクシアの鼻先、皮一枚を引っ掻いて槍の穂先が通過する。槍を振るった魔物は胴から真っ二つに別れて絶命している。残った一匹も、逃げようとした所をディクトールのバギマとリリアのメラミで止めを刺されていた。

「手当てを」
「いい。掠り傷だ」

 ディクトールの手をやんわりと押し退けて、アレクシアは床に転がる魔物に明かりを向けさせた。

「ベビーサタン、じゃないよね。見たことのない魔物だ」
「氷を吐いたわよ」

 何をしてくるのかわからない魔物が相手では神経の疲れかたが全く違う。洞窟の調査も含めて、一筋縄ではいきそうになかった。

「魔法も薬草も温存しよう。先は長そうだ」

 アレクシアのこの言葉通り、洞窟の探索は困難を極めた。
 階段を降りてきた時に感じたことだが、何者かの魔力によって空間が歪められているらしく、レイモンドの方向感覚が当てにならない。いつまでも壁に行き当たらない通路があったり、同じところに戻ってしまったり、坂を上ったかと思えばいつの間にか下っていたりと、自分たちが地下にいるのか山を上っているのか、どこにいるのかわからない。
 出現する魔物にしても、どこかで見たことがあるような姿形をしているのに、知っている魔物とは全く特徴が違う。魔法を跳ね返す亀がいるかと思えば、物理攻撃を跳ね返す亀が出てくる。微妙に色が違う気もするが臼闇の中では判然としないし、個体差だと言われればそれで納得出来そうな僅かな差違でしかない。

「くそ面倒な」

 干し肉をかじりながらアレクシアが毒づく。

「アル、口が悪いよ」

 ディクトールにたしなめられるが反省するつもりはなさそうだ。

「何時間経った? さすがに疲れた」

 アレクシアの感覚では四半日だが、こういった感覚はレイモンドが一番頼りになる。

「4、5時間か。入ったのが夜明け前だから、丁度朝飯時だろ」

 お前の腹時計は正確だと笑われて、アレクシアはむっと言葉に詰まった。

「ちょっと寝とけよ」
「そうする」

 どこかで水の流れる音がする。もしかしたら出口が近いのかもしれない、などと思いつつ、壁に背中を預けて目を閉じた。

「あたしも〜」

 アレクシアにすりよって、背嚢を枕がわりにリリアもころんと横になる。

「君も休んだらどうだ」

 岩壁にもたれて目を閉じていたレイモンドは、ディクトールに言われてびっくりと目を見開いた。

「そんなに驚くなよ。僕は君たち程に疲れていないから」

 いざと言う時の回復役であるディクトールは、リリア程に攻撃魔法を使わないし、勿論前衛で戦うことはない。
 方向を探り、罠を調べて、魔物との戦いでは最前衛を務めるレイモンドと比べたら疲労などしていないも同然だ。

「お前に気遣われるのは気持ち悪いな」
「死にたくないからね」

 レイモンドと同じことをディクトールができたなら、気遣いなどしない。レイモンドがディクトールを守ったとしても同じ理由だ。好き嫌いではない。生き残るのに必要だから協力している。

「だな。そうさせてもらう」

 レイモンドはその場に腰を下ろして、剣にもたれるように座り込んだ。
 アレクシアもだが、金属鎧を着込んでいるので横になると体が辛いのだ。
 すぐに寝息をたて始めた三人が少しでも休めるようにと、ディクトールは聖水を辺りに振り撒いた。ぼろ布や何かの骨をくべて焚き火を作り、炎の前に座り込む。火の番をしながら、頃合いを見てリリアに代わってもらおう。なんのかんの言ってもリリアはあまり消耗していないはずだから。
 そう、思っていたのだ。眠るつもりなど、勿論なかった。なかったのだ。

「う…」

 寒気を覚えた。息苦しさも。
 自分が眠ってしまっていたのだと気付いて飛び起きた時、目眩を覚えたのは突然立ち上がったからではない。

「みんな起きろ!」

 叫んだと同時にゾンビキラーを翻す。切れた霞がすぐにもとの形に戻っていく。
 ディクトールの声で跳ね起きたのはリリアだけだった。

「アル!」

 アレクシアの頭を黒い影が抱えている。影からアレクシアの体を奪い返したリリアは、その重さにぞっとした。体に全く力が入っていない。不気味な重さ。

「このっ!」

 影に向かってゾンビキラーを降り下ろす。勢い余って影に触れてしまった途端に、先程の寒気がディクトールを襲った。
 血液が凍るような、この感覚は知っている。静かに訪れる「死」だ。
 二度、三度とゾンビキラーを振るう内、影は姿を保てなくなって消えた。肩で息をしながら、ディクトールは収まらない動悸に剣を取り落とした。

「アル!」

 悲鳴をあげながらアレクシアを揺さぶり続けるリリアから、ぐったりとしたアレクシアの体を預かる。こんなにも緊張するホイミは初めてだ。唱えたホイミは発動しなかったのか、アレクシアの体に吸い込まれずに癒しの魔力は霧散した。

「バカな…冗談やめてくれよ…」

二度、三度とホイミを唱えるが結果は同じだ。ディクトールに出来たのは、呆然とアレクシアの力無い体を抱き締めることだけだった。
 
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