ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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44-3

 アッサラームを出発したガレー帆船はホルム海峡を南西に進み、翌日の朝にはイシス東の岬へと錨を卸していた。

「気を付けてな」
「ありがとう。船長たちも」

 海上だからと脱いでいた金属鎧に身を包んだアレクシアは、短いながら航海を共にした船乗りと固い握手を交わした。
 もとより岸に近づくには小舟を下ろさなければならない。
 セイバーグの船乗りたちとはここで別れ、アレクシアたちは単独でネクロゴンド半島の玄関口であるカッタルーダ港跡へ向かう。

「これ」

 といってディクトールが差し出したのは聖水の入った瓶。

「航海の安全を祈願しておきました」
「そいつぁありがてぇ!」

 旅の魔除けに普及している聖水だが、魔除けの魔法を込めた術者によって効果は異なる。当然高位の司祭が作った聖水ともなれば高値で取引されたし、賢者ディクトールが込めた魔除けともなればどれ程の高値がつくか知れない。

「変な気は起こさないでくださいね」

 船長の商魂を見透かしたように苦笑しつつ釘を指すディクトールに、船長は「勿論! 命あっての物種だからな」と豪快に笑ったが、こればっかりは怪しいところだ。
 アレクシアとしても別れて早々船が沈む姿も見たくないので、船首にトヘロスをかけてやる。術者がいない以上効果時間はたかが知れているが、それでもないよりはましだ。
 短い別れの挨拶の後、アレクシアが乗り込んだ小舟を船員たちが海へと下ろす。あとは慣れたもので、アレクシアたちは小舟の帆を操りガレー帆船から離れていく。

「元気でなー!」
「気を付けろよー」
「よろしく頼むぞ!」
「世界を救ってくれ!」

 船員たちの励ましに手を振り返す。すぐにその声は小さく聞こえなくなってしまったけれど、自分たちが挑もうとしていることが決して個人的な復讐等ではないのだとの認識として、どしりとアレクシアたちの胸に残った。

「じゃあ、行くか」

 レイモンドの操船で、小舟はすいすいと浅瀬を進んでいく。船を漕ぎ出した時から見えていた山を目指す。岩壁ばかりかと思われたが、陸できそうな砂地はあっさり見つかった。ここが港の跡地だろうか。それらしい人工物は見当たらない。
船が流されないように岸に引っ張りあげる作業はリリア以外の三人でやった。気休めだが、魔物に見付からないようにと船には上から木や枝を被せて茂みに隠した。ついでに簡単ながら昼食を済ませる。
 力仕事は任せた代わりと、食事の用意はリリアが担当した。
 持ってきた食料は4日分。保存の利く固く焼いたパンや干した果物、燻製した塩漬け肉などは後回しにして、今日は焼き魚と麦入り野菜のスープを作る。暖かいまともな食事はこれで暫くお預けだろう。

「前にロマリアで食べたあれ。あれまた食べたいな」
「どれ?」
「大きい皿に乗ってて、赤とか黄色とかきれいだった」
「あー、あれねー。安かったし美味しかったわよね」

 アレクシアとリリアの会話を聞いていると、全く美味そうに聞こえない。レイモンドたちも同じものを食べているはずだが、なんの話をしているのかもわからないくらいだ。

「なんの話だ」
「ロマリアで食べた魚の酒蒸し焼きじゃないかな」
「お前すごいな!」

 レイモンドは心底感心したのだが、言われたディクトールは不満げだ。レイモンドに感心されるというのが気持ち悪いらしい。

「普通わかるよ」
「いや、普通わかんねーよ」

 わからない方がおかしいと言われて今度はレイモンドがむっとする。端から見たらどうでもいいことで言い争いに発展しそうな二人などお構いなしに、アレクシアとリリアの他愛のない話が続いている。

「バニラに胡椒はちょっと無理」
「そう? わたしは好きだけど」
「それなら、キナコの方があたしは好きだな」
「キナコ?」
「ほら、ジパングでもらったじゃない。炒った豆を粉にしたやつ」
「あー。うんうん」
「そのキナコをね、バニラのアイスクリームにかけて食べたの! 美味しかった〜」

 味覚を反芻して幸せそうなリリアを見ても、アレクシアにはその感覚が理解できない。そもそもそんなものどこで見ただろう。
 真横の平和なやり取りに毒気を抜かれて、大人しく食事を平らげた男二人ははっとしてアレクシアを見た。次に彼女が口にするであろう言葉と、それにより引き起こされる現象が容易に想像できたからだ。

「覚えてない。どこだっけ?」
「セイのとこ」
「…あー」
「………」

 バカ、と声に出さずレイモンドがアレクシアを肘で小突き、ディクトールも困った顔で火が消えたようなリリアとあからさまにしまったという顔のアレクシアを交互に見やる。
 それからリリアは黙々と、アレクシアは急いで皿の中身を片付けた。

「じゃあ、行くか」

 ざっと食器類を片付けて、気まずい雰囲気を払拭したのはレイモンドで、〈鷹の目〉を唱えて仲間たちに行く手を示す。
 大して歩かないうちに、足元は石灰質の土とごろごろとした岩だらけになり、斜面もきつくなってきた。

「きゃ!?」
「おっと」

 足をとられて倒れかけたリリアをレイモンドが支える。

「気を付けろ」
「ありがと」

 いつの間にか先頭をアレクシア。すぐ後ろにディクトール。少し離れてリリアとレイモンド、と隊列が延びてしまった。

「大丈夫?」

 リリアの悲鳴にはっとなって後ろを確かめたアレクシアは、大丈夫だと手をあげる照れ笑いのリリアとしかめっ面のレイモンドに、ばつの悪さを覚えた。大丈夫だと笑いながらも、リリアの表情はつらそうだ。あまりの悪路に自分が落ちないことで精一杯で、リリアを思いやることを忘れていたが、本来ならばレイモンドではなく、アレクシアが全員の無事を気遣い、リリアを支えてやるべきなのだ。

「ごめん。ちょっと休もうか」

 リリアの身長ほどの段差を引っ張りあげてやったところで、アレクシアは膝をついて息を整えているリリアにそう声をかけた。

「やだ。なんで謝るのよ? 平気よ!」

 と、リリアは強気な物言いをするが、無理をしているのは明らかだ。その横で、どうにか一人で段差を這い上がったディクトールが

「僕はそうしてもらえると助かるな」

 こちらも手足を突いた姿勢で長く息を吐く。体力のないリリアに引け目を感じさせない為の気遣い半分、本音半分といったところだろうか。

「こんな足場の悪いところでもたもたしていられないぜ」

 リリアを下から押し上げてやったあと、自らはひらりと段差を乗り越えたレイモンドが、憎まれ口を叩きつつも真っ先に水筒を外して休憩のポーズだ。

「わかってるよ」

 リリアに背中を貸し、互いに凭れるように座りながら、アレクシアも軽い調子で返す。

「レイは意地悪よね」
「ねー」
「やかましい」

 レイモンドの憎まれ口は仲間を思いやっての事だとわかっている。それを証拠にレイモンドの目は、油断なく周囲を警戒している。

「ついでだ。〈鷹の目〉を使う」
「わかった」

 レイモンドの横でアレクシアもトヘロスを唱え始める。僅かな時間だが、呪文集中に入った術者は無防備だ。トヘロスが掛かるまで、ディクトールとリリアが周囲を見張った。

「あれ」

 リリアの指差す方向に鳥のような物が見える。

「ヘルコンドルかな」

 トヘロスといっても万能ではない。いくら気配を殺しても、バッチリ目が合ってしまえばもとも子もない。

「あ…」
「なに?」

 リリアがひきつった笑みをディクトールに向けた時には、ディクトールも事態を悟っていた。

「目があっちゃった!」

 リリアが雷の杖を構えてヒャダルコの詠唱を始める。ヘルコンドルなら炎の魔法を操る。ヒャダルコにしてもベギラマにしても有効射程距離は変わらない。相手にぶつけるというよりは、相殺させるための準備だ。
 ヘルコンドルの羽ばたきが風を巻き起こしてリリアの髪やローブを乱す。リリアなど簡単に噛み潰してしまいそうな大きな嘴が開いて、魔力の輝きが産まれた瞬間。

「ザキ」

 力を失った巨体がどさりと岩場に落ち、そのまま斜面を滑り落ちていく。完成していたヒャダルコを虚空に放つ羽目になったリリアは、唖然と横を振り返る。

「ディクトール、あんた怖いわ」
「みんな怪我がなくて何よりじゃない」

 賢者が見せた笑みは、リリアにはどこかうすら寒く感じられた。
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