ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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「買い忘れた物はない?」

 メモを片手に大量の買い物袋を指差し確認するリリアに、よくもここまで買うものがあったなと仲間達は呆れを通り越して感心する。
 薬草の類いや包帯、着替え、日用品、傷んだ武具を買い換えて、水に食料も。船に積み込むとはいえ、荷車を借りなくては運べそうにない。

「大丈夫ね。さて!」

 揉み手をする店主に荷物を船に届けてもらうよう手配を済ませると、リリアはパチンと手を叩いた。

「せっかくだからベリーダンス見ていきましょうよ」
「は?」

 宿を決めようかと辺りを見渡していたアレクシアの背を押して、リリアがはしゃいだ声をあげる。

「ちょっといいお酒も飲みたいわ。ねぇ、ディクトール。いいでしょ? 夕飯奮発して」
「うん。そのくらいなら」

 ルーラの分コストがかからなかったからと、船長から小遣いを弾んでもらったので懐は暖かい。
 やった! とリリアはアレクシアの背中から首に抱き付くが、アレクシアはディクトールまで何を言い出したのかと、ますます訳がわからない。

「ちょっと待ってよ。明日に備えて鋭気を養おうって言ってなかった?」
「そうよ? だから思い切り遊ぶんじゃないの」
「はああ?」

 早く宿を決めて風呂に浸かって体をほぐし、早めに寝るものだと思っていた。しかしそう思っていたのはアレクシアだけだったようで、あれよあれよと劇場へ連れていかれ、アッサラーム名物ベリーダンスのワンステージが終わるといつもならば行かないようなバーでアルコールと夕食を取った。

「あ〜るぅ」
「ちょっ? 誰だこんな強い酒飲ませたの!」

 くてんとアレクシアにしなだれかかり、鼻にかかった甘えた声を出すリリアが抱え込んでいるのはアレクシアですら飲まないような琥珀色のブランデー。
 一人素面でいるのもバカらしく、アレクシアも文句をいっていたわりに人並みにアルコールを摂取したのだが、リリアがあっさりつぶれたので酔っ払うどころではない。気づけば男どもは船員達に連れられて河岸を変えたらしく姿が見えない。あえて行き先を詮索はしないが、これで明日出発出来るのだろうか?

「失礼、レディ。一杯ご馳走させてくれないか」
「間に合ってます!」

「その可愛らしい瞳を今夜はボクに独占させてくれないか」
「悪いけど先約があるから!」

 誰彼構わず愛想を振り撒くリリアには、次から次へとナンパ男が近付いてくる。それらをいちいち追い払って、アレクシアは逃げるように部屋をとった。足元もおぼつかないリリアを横抱きに抱えた時、周りーー特に女性から悲鳴にも似た歓声が上がったが気にしていられない。
 案内されたのは予定外に良い部屋で、出費を考えると頭が痛いが、暫くまともな宿にも泊まれないことを思えば悪くはないかと、アレクシアはふかふかのベッドにリリアを横たえた。

「うふふ〜。ふっかふかぁ。いいにおーい♪」
「よかったね。ほら、靴脱いで!」

 ぐにゃぐにゃにへにへのリリアから、靴も服も遠慮なくひっぺがし、きつく絞った濡れタオルで顔や手指をぬぐってやる。
 その度リリアからはきゃーだの冷たいだのと文句らしき悲鳴が上がったが、勿論アレクシアは取り合わない。
 一通り終えて、肌着一枚のリリアを毛布にくるんだ頃には、なんだかぐったりしてしまった。
 自身も同じように旅装束を脱いでお湯を使うのだが、のろのろとどうにもおざなりになってしまう。終いに面倒くさくなって、リリアの隣のベッドに潜り込み、ごそごそと収まりのいい形を探して丸くなる。

「…リリア」
「んー」

 控え目にかけた声に答えたのは、もうほとんど寝言のようだった。

「セイと一緒に残らなくてよかったの?」

 囁くような問い掛けに応えたのは深い寝息で、アレクシア自身寝顔だからこそこんなことを言える。素面では言えない言葉、聞けない話だ。
 カーテンの隙間から月明かりが覗く。遥か北西、砂漠の向こうに険しいネクロゴンド連峰に閉ざされた城に、魔王バラモスがいる。

「ネクロゴンド…」

 旅を始めた頃は夢物語のようだった。魔王討伐など雲をつかむより曖昧な話だと思った。それがもうすぐ現実となる。
 魔王などというのだから、そこらの魔物などとは桁違いに強いのだろうし、人の想像を越えた存在なのだろう。それでも夢物語だったものにもうすぐ手が届く。届く距離まできている。果てのない旅の終わりが見えているのだ。そう思うと体が震えた。
 バラモスさえ倒せばセイにかけられた誤解も晴らすことが出来る。リリアはセイと幸せになれる。ディクトールは賢者としてダーマでもアリアハンでも望むまま、相応しい地位を得るだろう。彼の努力と能力にみあった地位に。レイモンドはサマンオサに帰るのだろうか。自分はどうだろう? 祖父と母の待つ家に帰って、父の菩提を弔いながら、いつか誰かの妻になり、母になり、「昔お母さんは強かったのよ」なんて膝に抱いた子に語りかけるのだろうか。
 子供の頃からずっと、父のような立派な戦士になって、大きくなったら魔王討伐の旅に出ることだけを思ってきた。普通の女の子のような暮らしをちらりとも夢見なかったとは言わないが、それが全てだったのだ。今もあまり変わっていない。だから旅が終わることなど考えもつかないし、実感が沸かない。
 それこそ夢だと小さく笑って、アレクシアは睡魔に身を委ねた。

 翌日。二日酔いの頭を抱えたリリアは昼過ぎまで床を離れることができず、羽目を外して遊びに出ていた男たちも昼まで戻ることはなく、アレクシア自身もしっかり朝寝坊をしたことから、アッサラームを出るのは更に翌日の朝へと延期された。
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