ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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44.ガイア

 甲板上では忙しく、水夫達が動き回っている。それを他人事のように眺めながら、アレクシアはくくりつけられたボートの上に行儀悪く胡座をかいていた。
 行儀の悪さを叱られることも、さぼるなと怒鳴る声も聞こえてこない。
 船を動かすのは水夫達の仕事で、人手は足りていた。もう船を動かすのに、あくせく甲板を走り回る必要もないのだ。

「暇そうだな」

 声に振り向けば、こちらも暇をもて余しているらしいレイモンドが海を眺めている。

「具合はもういいのか?」

 らしくもない問い掛けに、わずかに笑みが漏れた。

「いつの話だ」
「…だな」

 アレクシアが熱を出して倒れたのは、もう一月も前の話だ。
 アレクシアが寝込んでいる間にディクトールはルザミ総督カテリーナから、この船と水夫達を借り受け、レイモンドは混乱する港街に手を廻してセイの処刑を見送らせ、資金と物資の援助まで取り付けた。
 枕から頭が離れるようになると、アレクシアは嫌がるリリアを伴って、何度となく獄中のセイを見舞ったが、なんと言葉を尽くしても、セイを連れ出すことが出来なかった。
 また共に旅をしようという、提案というよりは懇願に、「街に損害を出してしまった償いを、まだしていないから」とセイは頑として首を縦に振らなかったのだ。
 出発の準備が済んでしまうと、いつまでも船を港に留め置いておくわけにもいかず、アレクシアは後ろ髪を引かれながらも、セイに別れを告げて港を出た。必ず迎えに来ると約束して。
 荷をいっぱいに積んで、船は南に進路をとった。アイスランドで買い付けた毛皮やサマンオサ沖で捕った一角鯨の角をアッサラームで売る予定だ。アレクシア達の旅の助けに船を出した、と言うよりは、遠洋貿易の用心棒にアレクシア達が雇われたと見る方が正しい。一応アレクシア達の意向は汲んで貰えるようだが、あくまで貿易が主体の船旅である。
 港街セイバークで先述の通りに日を費やすうち、レイモンドはセイの下でオーブについての調査をしていたという男に出会った。この男も他の雇われ男達同様セイに大恩があるらしく、自身の身の危険も省みずに変装して街の宿屋に身を潜めていたのである。
 レイモンドが色々と動き回っているのを怪しんで近づいて来たのだが、話すうちに同じくセイの身の潔白を主張し、減刑を働き掛けていくつもりだと語った。その話の中に、シルバーオーブについての情報があったのである。ネクロゴンド王国には代々不思議な宝玉が伝えられ、王国が滅びに瀕した時、最後の王妃と共に神官団に守られ国を出たが、身重の王妃はネクロゴンド連峰の険しい山を越えることができず、神官団は王妃の墓所に碑を建て今も菩提と宝玉を守っているという。
 ネクロゴンド王国が滅びて久しく、情報というよりはおとぎ話のようなものだ。どれ程の信憑性があるのか疑わしい上に、ネクロゴンド連峰と一括りにされても広い。あまりに漠然としすぎていた。
 それでも他に当てがない以上、藁をも掴む思いで船は最終的にネクロゴンド連峰につける予定だ。直接乗り込むのはあまりに無謀なので、商用目的地でもあるアッサラームを中継地にする予定である。アッサラームからは西のホルム海峡を渡り、ネクロゴンド王国の玄関口でもあったカッタルーダ港跡に向かう。

「もうすぐ終わるんだな」

 感慨深く呟いたアレクシアに、レイモンドは首をかしげた。

「そうか?」

 てっきり同意を得られると思っていたアレクシアはレイモンドを見上げて不本意そうに口をどがらせた。

「オーブはあとひとつだし、オーブが揃えばラーミアが蘇る。そしたらあとはバラモスのいる城まではひとっとびだろ」
「そのあとひとつはどこにあるんだ? アッサラームに行くんだって半年がかりだ」

 またランシール辺りで冬を越すことになれば、アッサラームに着くのは来年の夏になる。

「その事だけど」

 急に割って入ってきた声に二人同時に振り向くと、いつの間に甲板に上がってきたのか、意味ありげにニヤニヤしているリリアと不機嫌そうなディクトールが立っていた。

「お邪魔して悪いわね」
「そんなんじゃない」

 レイモンドはむっとして言ったが、むきになって否定してもリリアを喜ばせるだけだとアレクシアは学習している。ボートの上に座り直して、リリアの言う「その事」の先を促した。

「船ごとルーラでアッサラーム沖に移動させてみようと思うの」
「船ごと?」

 アレクシアが顰めっ面になるのも仕方ない。つい先日、海上でルーラを使って大変な目に遇ったばかりだ。
 アレクシアの様子にリリアは苦笑して、ディクトールが詳しい説明を引き継いだ。

「あれは特殊なケースよ」
「ルーラとバシルーラが同時に作用したし、ルーラのコントロールが杜撰だったからね」

 杜撰と言われてレイモンドが苦い顔をする。

「そんな余裕なかったろ」

 言い換えれば、きちんと手順を踏んで座標を指定してやれば、船をルーラで運ぶことができるということだ。

「今の僕らになら、船ごとルーラで安全に移動させることが可能だ。これで移動時間は大幅に短縮される」

 ルーラで運べる総体積、距離、早さなどは、術者の技量に左右される。特に体積などは諸に魔力の影響を受けた。座標のコントロールはディクトールが担当し、魔力供給はリリアが担当する。密かに小船を沖から港まで動かす実験をしていたそうで、結果には自信があるとリリアは薄い胸を張った。船長まで納得済みであるらしい。

「ただやっぱり初めての試みだからね。魔物の邪魔が入らないように、アルにはトヘロスを張ってもらいたいんだ」
「それは構わないけど…」

 半信半疑という表情ではあったが、アレクシアは言われた通りに船の周囲にトヘロスの結界を巡らせる。事情を聞いていたのだろう。船長始め船員達が、作業の手を休めて甲板に集まってきた。

「じゃあ、始めるわね」

 念のため術者以外はその場にて衝撃に備える。
 リリアの魔力が船全体を包み込む。魔力の波動をとらえることができたなら、それは細い糸のように感じられただろう。その糸を、ディクトールが編み込んでいく。

「…なるほどね」
「え? わかるの?」
「わからないのかよ」

 レイモンドの小バカにした問いにアレクシアがぐっと言葉に詰まった瞬間、ディクトールの呪文が完成した。
 ふわりと浮いた感覚はいつものルーラとかわりない。反射的にぎゅっと瞑った目を開いた時には内海特有の穏やかな波の上に船はいた。この熱く乾いた風には覚えがある。穏やかでいられなかったのは港にいたアッサラームの人々の方だ。突然現れた船に軍隊まで動員しようかと言う騒ぎである。

「次からはもう少し陸から離れた場所に出た方がよさそうだね」

 ふむ、と独り言ちるディクトールを興奮した船員達が取り巻いた。

「すげえなあんた!」
「さすが賢者様だ!」

 ひとしきりディクトールを褒め称え、もみくちゃにしたあとで、船員達は船長の号令一下、蜘蛛の子を散らしたように下船準備の為に居なくなる。後に残されたディクトールはひどく疲れた表情で「僕らも行こうか」と乱れた着衣を整えた。
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