ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
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クーデターが起きてから4日目の朝早く、レイモンドは男たちと再び森へ入った。
朝霧漂う中出掛けた時は何かに怯えるように巨体をすくめていた男たちも、街から離れて森に入るにつれ、落ち着きを取り戻していった。
街から離れて落ち着きがなくなるというならわかる。森は人間の領分ではないし、どこから魔物が出てくるかわからないのだから。これでは、街に居られない、脛に傷持つ身ですと宣言しているようなものだ。
「なぁ、あんた」
森に入って一時間も歩いただろうか。世間話でも始めるかのような気楽さで、レイモンドは前を歩く男に声をかけた。
「前に会ったことあるよな?」
丸くて小さな目をした男は、分かりやすく慌てる素振りを見せた。意味ある言葉を返せずに目を白黒させるだけの男に、レイモンドはやはり気楽な様子で語りかける。
「前はこう、髪を結っていたろ。最近剃ったのか?」
足を止めた男たちの間に緊張が走る。
よそ者だと思っていたが、実は追っ手だったのか。この男は何を知っているのだろうか。
4対1だ。いざとなれば金を奪ってこのまま…
男たちが目配せを交わす。およそ考えていることは同じだろう。誰かがごくりと唾を飲み込んだ時
「勘違いしないでくれ」
やんわりと、但しその場の緊張を断ち切る鋭さで、レイモンドは男達を見渡した。
「俺は別にあんたたちを捕らえに来たとか、一戦やらかそうなんてつもりは毛頭ないんだ。宿屋で話したろ? 訳ありなのはお互い様さ。俺はただ、街で起きたことをなるべく正確に知っておきたいだけなんだ」
相手の警戒を解くためにも、ここは自分の手の内を見せてしまった方が得策だろうと、レイモンドは自分がアリアハンからきたセイの仲間だと打ち明けた。正確には、レイモンド自身はアリアハンから来たわけではないのだが。
「偏った街の噂だけ鵜呑みにするほどバカじゃない」
レイモンドはもう一度、男達の顔を、ひとりひとり順に見詰めた。
「何があったのか教えてほしい」
男達は顔を見合わせ、話してよいものか目配せをかわしているようだった。レイモンドはただじっと、男達が口を開くのを待っている。人が良さそうな丸い小さな目をした男を特にじっくり見詰めていたのは、勿論意図あってのことだ。やがて
「お…おら…」
レイモンドの意図した通りに、丸目の男が話始める。一人口を開けば、あとの三人もすらすらと話始めた。
経緯は多少違えど、彼ら四人はセイが雇った男達だった。体が大きいだけで気も弱く、荒事が苦手な者。見た目が恐ろしいという理由でまともな職に就けなかった者。借金の形に売られるところだった娘と駆け落ちしてきた者。他に行く宛がなくて、セイがただ立っているだけでいいと、館やカジノの警備に雇った男達だ。
カジノにいた踊り娘や、セイが囲っていたという噂がたった女達にしても、彼ら同様訳ありの身の上で、男達は口を揃えてセイは街で噂されるような人物ではないと言った。
「じゃあ何で、それを街のやつらに訴えない?」
「おらたちの言うことなんか、信じてもらえねぇ」
自分たちも悪事を働く側の人間だと思われているから、と力なく笑った。
「それに、金のことはおらにはわからねし」
「ああ。セイが公金を横領して私腹を肥やしてたって話」
「んだ」
話が長くなりそうだと、焚き火を囲んで食事をとった。つっかえながら、代わる代わる話す彼らの話を要約するとこうだ。
半年ほど前から街の建造と平行して、否それ以上の情熱をもって、セイが取り組み始めたのは貿易だった。特にエジンベアとの往き来が多くなり、バハラタ・ポルトガでの黒胡椒貿易での収益の殆どが、エジンベアでの貴族とのばか騒ぎに消えたらしい。危険な航海の末に得た報酬が貴族の袖の下に消えていくのだ。セイから満足の行く説明もなく。船乗り達の不満が募るのも、仕方のないことだった。
そんな折、セイはエジンベアの貴族から大きな宝石を買い付けた。不運としか言いようがないのだが、セイが宝石を手に入れた翌月にルザミから資材を届けて戻る途中の船が魔物に襲われ沈没した。船には、ルザミから移住する予定の女子供が乗っていた。本来これの護衛に当たるべき武装商船はサマンオサへ貿易に出ており、この時の収益は宝石購入の借金返済に充てられることが決まっていた。
街の住人は、その殆どがもとはルザミの海賊だ。ルザミの女子供が海に消えたことを悲しみ、本来護衛がつくべきだった航行に護衛船が付かなかったことに怒った。そして沈没した船と財産に対して街が、セイが支払うべき慰謝料が宝石購入のために不十分であることを知り、その怒りと不満はピークを迎えた。
街のものは当然、宝石を売って慰謝料の財源とすべしとセイに迫ったが、セイは首を縦には振らなかった。そして宝石は既に手元にはないと言ったのだ。
小規模ではあったが暴動が起きた。その暴動を、セイは力でもって制圧した。それから一月、街は静かだった。ただ静かだったのは表面上だけで、水面下では本格的なクーデターの準備が進んでいたのだ。
暴動のあと、男達は十分な退職金と共に解雇された。武装した街の男達に館を取り囲まれた時、セイは無抵抗で身柄を拘束された。屋敷にあった調度品は殆どが売られたあとで、家捜ししても僅かな金貨しか出てこなかった。
話を聞いて、レイモンドは掌に跡がつくほどに強く、拳を強く握りしめた。
セイがエジンベアから買い戻した宝石は、イエローオーブに違いない。
「…それで、オーブは…宝石は見つかったのか」
「知らねんだ。旦那は、おら達にはそういう話をしねかったから」
「そうか…。休憩が長くなっちまったな。行こう。日がくれる前に目的地に着かなくなる」
小さくなっていた焚き火に砂を掛けて、レイモンドは腰をあげた。男達も尻の埃を払って立ち上がり、それからディクトールと合流するまで無言で歩き続けた。宣言通り日暮れ前にディクトールの待つ船の座礁場所まで来たレイモンドは、憔悴しきったディクトールの様子に言葉を失った。
確かにここにあった船の残骸が無くなり、代わりに地面には焼け跡と炭が転がっている。レミーラをかけて辺りを照らすと、魔物の遺体らしきものが目についた。
「ディクトール?」
嫌な予感がする。マルロイはどうしただろう。船にいたはずだ。
何かいってくれと、救いを求めて神官の暗い瞳を見詰める。神官は緑かかった灰色の瞳を伏せて、何も言わずに首を振った。彼が指差した先には船の船首を飾っていた女神像を墓碑とした、真新しい墓があるのだった。