ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
80ページ/108ページ

43-10

「…は?」

 ふざけるなと、怒鳴り付けるのも馬鹿馬鹿しい。そんなわけないでしょうと、否定してくれと懇願すればよかったのだろうか。包み隠さず真実を語ってほしいと。
 水面下に怒りをたゆたらせるリリアに、セイは困ったなと苦笑した。

「そんな顔するな」
「無茶言わないで」

 伸ばされた手を拒むように、鉄格子からわずかに距離を置く。
 セイがもう一度ため息をはいた。

「あまり時間もないから、大切なことだけ話すぞ」

 牢番が何時なんどき不審に思って乱入してくるかわからない。急に真面目な雰囲気になったセイに、リリアは一瞬戸惑ったものの、すぐに思い直して鉄格子の側に耳を寄せた。

「いい子だ」

 ぽん、と頭を撫でられて、そんなことをするために近寄らせたのかと真っ赤になったが、リリアが文句を言うより早く、セイが本題に入る。

「イエローオーブを手に入れた。アレクに持たせたが、その様子だとまだ合流していないんだな。オルムじいさんを探せ。アレクも多分そこにいる」
「ちょ、ちょっと待ってよ」

 寝耳に水とはまさにこの事だ。イエローオーブを手に入れたというのにも驚いたが、アレクシアが自分達より先にこの街に着いていたとは思わなかった。

「詳しいことはジジイに聞いてくれ」

 オルムじいさんとはスーから一人でここに町を作ろうとやって来た開拓者の老人であり、町外れで隠居をしている。
 ここまで話して、セイは清々しい笑みを見せた。

「お前に会えて良かった。ありがとうな」

 意味を図りかねて、リリアはセイを見詰めた。瞳の中に、男の真意を覗こうとして。
 すべてをやり終えたとでもいうような、静かな瞳。まるで何十年と生きてきた老人の瞳のようだ。リリアの知っているセイという男の瞳とは違う。

「や…、やめてよ…!」

 礼なんか言われたくない。そんなものがほしくて一緒に旅をしてきたのではない。
 何もかもやり尽くしたような、満足を得た穏やかなあんたなんか知らない。

「そうよ。街もできたし、イエローオーブも買い戻したんなら、もういいじゃない。戻ってらっしゃいよ。アルも喜ぶわ」

 途中で何度か名前を呼ばれた。リリアを諭すように。けれど、だからこそリリアは話続けた。止めれば、聞きたくないことを聞かなくてはならないから。

「あんたがここで何をしてきたのかは聞かないわ。あたし、過去には拘らない女なの。ここでのあんたとあたし達と一緒にいるときのあんたが、同じだとは思わないし。多少バカでも信用してるのよ? 街での噂だって理由があってのことでしょ。後でゆっくり釈明してもらうわ。それで白黒あたしが決めて罰してあげる。だから」

 ―ーだから、生きていて―ー

「リリア」

 静かだけれど抗いがたい声。
 いつの間にかこぼれた涙がリリアの頬を濡らす。片方だけの手が、涙の筋を拭って撫でた。

「リリア。おれはいけないよ。もう一緒には戦えないから」

 言いたくない言葉。言わせたくない言葉。聞きたくない。

「こんなおれでも役に立てた。だからもういいんだ」
「勝手なこと…!」
「うん。ごめん。勝手ついでに言わせてくれよ」

 涙の跡に唇が触れる。

「おれを、捨ててくれ」
「…っ!」

 あくまで笑顔で、優しい笑みで、セイは残酷な一言を告げる。この土地に一人残ると決めたときから、彼はこの別れを決めていた。わかっていたのに、知っていたのに、リリアも、アレクシアも、諦めることができなかった。だからかもしれない。彼がこんな結末を選んだのは。
 リリアとアレクシアに、自分を諦めさせるために。
 セイは、シを選んだ。

「認めない」

 簡単に選んでほしくない。例えこれから先、二人の人生が交わることも、ぴたりと合わさるがなくても。
 リリアの閉じた瞼からは、後から後から涙が溢れてくる。その涙をセイは黙って拭ってやった。駄々っ子をなだめる兄のように、困ったような優しい笑みをたたえて。

「認めない!」

 まだ涙を流したままで、突然リリアは鉄格子から体を離した。呆気に取られるセイを睨み付け、ぐいと乱暴に涙を拭う。

「許さないから! 見てなさい!」

 そう啖呵を切るや、勢いよく出ていく。あまりの剣幕に、見張りは賄賂を取り損ねた。

 その剣幕のまま、足音も乱暴に町中を闊歩し、道を尋ねた人をも威圧しながらリリアが辿り着いたのは、郊外にある粗末な平屋の建物だった。

「入るわよ!」

 断りを入れるより先に踏み入って、広くもない室内を一睨みするや、呆気に取られている老人に詰め寄る。スーから一人でやってきたあの老人だ。見覚えがある。
 言葉が通じたかどうか怪しい。あまりよく覚えていないのは、それどころではなかったからだ。思い出すだに忌々しい。

「アルは? いるわよね?」

 まさに詰問。ほとんど断言する勢いで、リリアは老人の話も聞かずにずかずかと奥まで入り込み、止めようとする老人の手を振り払い仕切り布をはね除けた。

「アル!」

 布にしきられた向こうは寝室らしく、寝台らしきものに大人が一人寝かされていた。眠っているのか返事がない。さっきから老人が片言で「いけない」「やめる」と騒がしいが知ったことか。アレクシアに違いないと決めつけて、何を悠長に眠っているのかと苛立ちにまかせて寝具を剥ぐ。

「…なにこれ」

 掛け布を捲った姿勢のまま呟くリリアの手から掛け布をひったくり、老人はしっかりとそれを怪我人に被せるとリリアの背を押して寝室から追い出した。

「騒ぐ、傷に障る。あんた、うるさい!」

 リリアがセイと一緒にいたことを覚えていたのか、老人は今は病室と化している寝室からリリアを追い出しはしたものの、小屋事態から追い出しはしなかった。布の向こうを不安げに見つめるリリアを座らせて、お茶らしいものの入った碗を握らせる。

「なにがあったの…?」

 すすった茶の味も臭いもわからない。わからなくて幸いな程にリリアには経験のない味だったのだが。それを半分ほど飲んでから、ようやくリリアは静かに言った。
 寝台に寝かされていたのはアレクシアだった。離れて数日しか経っていないのに、ずいぶんとやつれて。眠っているというよりは昏睡だろう。衣服は血で汚れていた。誰の血かまではわからない。アレクシアのものでないことを祈るばかりだ。

「怪我をしているの?」

 だとすれば急ぎディクトールを連れてこなければ。回復魔法を使えない自分が歯痒い。
 老人が首を振る。ひとまず安心したが、アレクシアの様子からして何事もなかったはずはない。

「なにがなんだか、もう…」

 訳がわからない。
 溜め息を吐いたら涙が滲んできた。顔をおおって両目を擦り付けた時、仕切り布が揺れ、見慣れた顔がそこに立っていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ