ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 その日の夕方、宿屋の店主の声かけで集まった男たちは四人。どれも人相が悪く、街中にいたら避けて通りたくなるような体躯の男たちだ。力仕事になるだろうからと店主は言ったが、それだけが理由ではないように感じられる。
 夕食をとりながら顔合わせと報酬について話を擦り合わせたのだが、男たちはどこか落ち着かない様子で、今回の報酬額よりもレイモンドたちが街を出ていくときは水夫として雇ってくれと、そちらの方を念押ししてきた。
 一同は、翌朝早く森に向かう事にして、それぞれの部屋へ入ったのだが、レイモンドだけは自分の部屋ではなくリリアの部屋へと向かった。

「なによ。夜這い?」

 本気で思ってはいないだろう。ドアを背に立つ盗賊の男を気にした風もない。
 それはレイモンドも同じで、間男呼ばわりをまるっと無視して話始める。

「アナグマと名乗った男、見覚えがないか」

 紹介された男達は、四人が四人ともきれいに頭を丸めていたから、そう言われてもリリアにはどれが誰だかわからない。

「セイの館にいた」
「よく覚えているわね? 確かなの?」

 半ば呆れながらの問いに、レイモンドは肩をすくめた。

「仕事柄な」

 レイモンドの言うことが確かだとしても、リリアには「それが?」としか言いようがない。
 夕方、自分達の着替えや日用品を買いに街中に出たとき、噂話も拾ってきた。
 セイの館には様々な財宝が蓄えられていたとか、私腹を肥やしていた独裁者セイを打倒した若者たちは街の英雄だとか、セイは街外れの地下牢に入れられているとか。
 そんなセイに雇われていた男なら、街に居づらいに決まっている。

「噂、鵜呑みにしちゃいないだろう?」

 肩をすくめただけで、リリアは答えなかった。

「らしくないと、俺は思う。抵抗もしないで捕まってるってのも腑に落ちない」

 片腕だろうと、素人相手に引けをとるセイではないはずだ。

「だからお前、残って調べろよ」
「はああ?」

 ベビーサタンも泣いて逃げ出しそうな目付きで睨まれても、レイモンドは涼しい表情を崩さない。

「こっちはこっちで探りを入れておくから」

 と、そこでレイモンドは言葉を切った。なにか言いにくいことを言おうとしているらしい。

「それに、もしかしたらアレクシアが来ているかもしれないだろ?」

 表面上はいつも通り。リリアだって、毎日顔を付き合わせていなければ、気が付かなかった。レイモンドが気にしているのは、結局はそれなのだと。

「ふぅん?」

 にやにやと、意地悪く見詰めてやると、手練れの盗賊は「じゃあ、そういうことだから」と踵を返した。そそくさ、と表してもいいかもしれない。

「まぁ、いいけどね」

 レイモンドが居なくなった扉に向けて呟く。リリアとしても、セイのことは気になる。噂がどこまで本当なのか。四の五の考えていても埒があかない。本人か、親い人間に聞くしかないのだ。
 近い、といっても、セイの館で働いていた使用人たちが今どこで何をしているのかなんてわからないし、この街でのセイの交遊関係もわからない。セイをこの街に引っ張り込んだ張本人であるスーの老人の居所なら、訪ね歩けばわかるかもしれない。
 明日は一人で街中を歩き回ることになりそうだ。森の中、道なき道を歩かされるよりは遥かにましだが。
 だが、ひとりか。
 我知らずにため息を吐いていた。そうと決まった話ではないのだが、セイに会うかもしれない。それもリリア一人で。
 どんな顔で会えばいい? なんて声をかければいいだろう?
 そんなことを考えていたら、毛布にくるまって横になっても、なかなか睡魔が訪れず、リリアは翌朝おおいに寝坊することになる。



 昼も近くなってから、ようやく寝床から這い出してきた時にはレイモンド達は森に出掛けたあとで、宿屋の娘に呆れられながら遅い朝食だか早い昼食をゆっくりすませ、リリアは街外れの建物へやってきた。街の無法者を捕らえたり、酔っ払いを一時的に監禁するための建物で、今は男が一人、暇そうに入口の見張りに立っている。

「ここはあんたみたいなお嬢さんが来る所じゃないぜ」

 怪しまれないように面会をするにはどうすればよいか、頭をフル回転させる。

「極悪人のセイがここにいるって聞いたのよ。一言文句をいってやりたいんだけど、そこ、退いてくれない?」

 内心の動揺を悟らせまいと、殊更堂々と振る舞った。当然の権利とばかりに胸をそびやかし、牢番の男を冷ややかに見下ろす。
 男はやや気圧されながら、面倒臭そうに横に退いた。

「武器は持ってないだろうな」
「ないわ」

 男の発言は言い訳だろう。いやらしい目付きがリリアの胸から尻を往復する。舌打ちしたいのをこらえて武器を持っていないことを証明し、リリアはようやく鉄格子の前へやってきた。
 牢屋といっても、孤島の監獄よりは居住性はよさそうだ。天井から日の光は入るし、空気取りの窓もある。簡素な寝台に寝転んでいる男は、人の気配にゆっくりとこちらを見た。

「思ったより元気そうじゃない」
「リリア…」


 髪はぼさぼさ。顎は無精髭だらけ。上等な絹でしつらえた衣服は血や泥で汚れている上にぼろぼろで、顔にも大小いくつもの痣が残っている。ひどい有り様だろうと、男はおどけて笑った。

「ほんと。ひどい顔」

 笑い飛ばしてやりたいのに、声が震える。鉄格子の隙間から延ばした手を、セイはひとつきりの手で優しく包むと頬に当てた。

「なんで来た」

 掠れた囁き。
 こんな無様な格好は見せたくなかったと、冗談めかして言いながらも、その発言は半ば嘘であるように思える。この男は、待っていたのではあるまいか。自分が、仲間達がここに来るのを。

「…噂を聞いたわ」

 痛ましい傷跡に、自分にホイミが使えたらと悔やまれてならない。

「どんな?」

 くすりと苦笑して、静かな口調でセイが問う。

「録な噂じゃなかったろ?」
「そうね」

 嘘だと否定してほしくて、聞いた噂をいくつか披露すると、セイはあながち嘘でもないんだと、自嘲気味に頷いた。
 それから、ただ淡々と語られる告白は、リリアにとっては信じがたい、信じたくない内容だった。セイは巷で囁かれる噂のそのほとんどが、全くのデマではないと告白したのだ。

「…は?」

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