ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 食うものもとりあえず、港街に辿り着いたレイモンドとリリアは、以前とは違う街の様子に眉をひそめた。

「なにか変だわ」

 身を寄せてリリアが声を潜めるのにレイモンドも頷く。
 街の主要施設が立ち並ぶ区画の入り口には厳つい門が造られ、左右を武装した衛兵が守っている。兵士の姿は道のそこここで見掛けられたが、皆一様にどこか怯えたように周囲を威圧している。当然ながら、以前レイモンド達が訪れた時には見掛けなかった光景だ。
 街に着いたら真っ直ぐセイを訪ねるつもりでいたが、道がこれではやめた方が良さそうだ。

「とりあえず、宿を探すぞ」

 不自然にならないように踵を返し、屋台を物色しながらもと来た道を戻っていく。
 この街で宿に泊まるのは初めてだが、メインストリートを歩いていればすぐに見付かるだろう。宿には酒場兼食堂が付き物だから、そこで情報は手に入る。
 二人は街の入り口と繁華街の丁度中間にある、ややくたびれた感のある店に宿をとった。

「半端な時間に悪いんだが、朝から禄すっぽ食ってないんだ」

 レイモンドが申し訳なさそうに店主に言うと、絶妙なタイミングでリリアの腹がくぅと鳴った。

「そうみたいだな。そこで待ってな」

 二人を食堂へ促すと、店主は笑って厨房の奥へと引っ込んだ。リリアは赤くなった頬を押さえながら席に着いたが、座った途端に向かいから、ぐるると獣の咆哮のごとき腹の虫が泣いたので、吹き出してしまった。
 朝どころか、2日ばかり満足な食事を取っていないのだから仕方ない。厨房から漂う香りに、二人の食欲は刺激されっぱなしだ。

「あんたたち、本当にお腹がすいているだねぇ」

 大したものは残っていないと言いながら、店主の好意で生野菜、スープにパン、炙り肉、チーズに果物まで出てきた。皿一杯のそれらをきれいに平らげた二人に、食器を下げに来た娘が目を丸くして笑う。

「ああ。実は酷い目に遭ってね」
「酷い目?」

 一応カウンターの奥をうかがってから、娘は興味津々身を乗り出した。客と、特に若い男と馴れ馴れしくしていると父親に叱られる。

「魔物に襲われて、昨日から歩き通しでここまで来たんだ。怪我をした仲間がまだ森にいる。助けを借りたいんだが、表は怖い顔した兵士ばかりだろ? どこのだれを頼ればいいのか」

 心底弱っているという表情で、レイモンドは娘を見た。食後のお茶を啜りながら、よくやるものだとリリアは内心呆れている。顔もいい。気も利く。手先も器用で腕もたつ。基本的に何でもできるのだ。この男は。

(嫌味よねぇ…)

「一年ほど前に来たときはこんなじゃなかったと思うんだが…」

 娘の様子を伺うように、レイモンドはそこで言葉を切った。

「なにかあったのか?」
「それがね」

 娘は二人の座るテーブルではなく、手近な椅子に腰掛けると、声をひそめて話始めた。酒場の娘だ。もともと話好きな質なのだろう。話すうちにだんだんと声は高くなっていったけれど。

 ほんの二日前だ。この街でクーデターが起こったのは。
 たった一人で森を切り開き、田畑を拡げ、家を建て、この地に大きな近代的な街を造りたいと願った老人がいた。
 老人は片腕の男を招き、片腕の男は近隣から人と船を集めて交易を始めた。どんな伝手があったのか、バハラタの黒胡椒をはじめとする香辛料やエジンベアの珍しい香料、ベルベット、フランネル。ポルトガのアーモンドや香り高い果実酒等々、ありとあらゆるものを取引し、世界の富は全て片腕の男のもとへ集まった。
 人々は男を慕い敬ったが、物と金が集まれば、自然と人も集まる。いつしかそこに嫉妬や妬みを抱くものが現れる。
 街が大きくなって、見知らぬ者、柄の悪い連中が増えてきた頃に、片腕の男も変わったのだと娘は語る。

「劇場の踊り子をお妾さんにしちゃったとか、船団のお金に手をつけて、おっきな宝石を買ったとか」

 片腕の男の取り巻きたちは目付きの悪い、厳つい連中が多く、悪いことをしているから、そういう連中に警護をさせていたに違いないとか、商船には向かない小型の帆船をポルトガで買い付けたのは、自分の逃走用に違いないとか。
 次々出てくる話に、レイモンドとリリアは顔を見合わせ眉を潜めた。

「それでついに街の若い男達が爆発しちゃったの」

 詳細を訊ねようとリリアが口を開いた時に、厨房から店主の怒鳴り声がした。いっけない! と舌を出し、厨房に向かって大きな声で返事をする。

「今、街中がピリピリしてるわ。お仲間の為に人手を割いている余裕はないかもしれない。父さんに聞いてみるけど、期待はしないで」

 口早にそう言うと、娘は器用に空いた皿を重ねて厨房に戻っていった。
 テーブルの上に沈黙が訪れる。リリアもレイモンドも、互いの顔を見ることもなく黙り込んでいる。黙っている理由は、それぞれ違うようだが。
 二人が見つめるテーブルに、やや乱暴に鍵が置かれた。視線を向ければ、不機嫌そうな店主の顔と行き当たる。

「怪我人がいるって?」
「ああ。医療の心得のあるやつが付いているんだが、早くちゃんとしたところで診てやらないと。場所は案内できる。担架とか、人手を貸してもらえるところはないか?」

 少しだけ考えて、店主は紹介しようと頷いた。

「ありがたい!」

 すぐにでも出ていきそうなレイモンドの肩を押さえて、

「その前にあんた、少し寝た方がいい。着替えもな」

 と苦笑した。
 街に入る前に水浴びはしたのだが、洗濯まではする余裕がなかった。自分ではそんなに気にならないが、ずいぶん汚れて異臭を放つのだろう。道理で娘が必要以上に近寄ってこないはずだ。
 疲労もピークに近い。人を手配出来たとしても、出掛けるまでには数時間かかるだろう。

「手の空いている奴等を集めておくから、あんたたちは上で休みな。準備ができたら起こしてやる」

 二階へ追い立てられながら、レイモンドは店主を振り返って笑う。

「あんたいい人だな」

 途端に店主の赤ら顔は余計に赤くなったのだが、もとから赤いのでよくわからない。

「ついでにもうひとつ、人を探している」
「注文が多い客だな」
「すまない。仲間が一人はぐれて、こちらに向かっているはずなんだ。黒髪で、男の成りをしているが女だ。もし見掛けたら、教えてくれ」

 手間賃だと、金貨を一枚放る。店主は金貨をつまんでしげしげと眺め、手間のかかる客を泊めちまったもんだと嘆息しながら戻っていった。
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