ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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どこかで獣の唸り声がする。低く唸っている。すぐ側だ。剣はどこだろう。この場を離れなければ。なのに足がうまく動かない。思うように走れない。

「痛!」

思いきり脚を蹴りあげようとして、アレクシアは自分が夢を見ていたのだと気がついた。獣の唸り声だと思っていたのは自分の唸り声で、どうやらうなされていたらしい。それもそのはずだ。アレクシアはどこかの森の低木の中に倒れていたのだから。

「最近こんなんばかりだな…」

と呟いてみても、応えるものはどこにもいない。
ゆっくりと身をお越し、怪我がないかと確認しながら辺りを見渡す。頭上の木の枝が折れて足下に散乱しているから、自分はここから落ちたのだろう。

「そうだ! 船…」

段々と記憶がはっきりしてくる。ルーラの失敗で自分だけ船から放り出されたのだろうか。だとすれば近くに仲間たちもいるはずだ。パッと見た所、それらしいものは見えない。森の中なのだから当たり前かと、アレクシアは真上にギラを飛ばした。花火のように中空で爆音と閃光がきらめく。近くに仲間たちがいるのならば気づくはずだ。
しかし、しばらくたっても何の応答もない。
深い溜め息を吐いて、アレクシアは歩きはじめた。目的地はセイのいる補給港だ。そこを目指せば、仲間たちにも会える。まずは、現在地の確認からだ。星や遭遇する魔物の種類から、大体の場所の把握は出来る。今までに来たことのある場所ならば、だが。
一瞬よぎった嫌な予感を振り払うように、アレクシアはふるりと頭を振った。振った拍子に目眩を覚えて、そういえば風邪を引いていたのだなと、情けなさに苦笑する。

「悪いことは重なるものだな…」

今さら気付いたが剣もない。これ以上なにも起きてくれるなよと、アレクシアは祈るように胸中に呟いた。



バキマを唱えた時だった。ディクトールは自分を取り巻く異常な魔力の流れに気づいた。だからといって何をどうしようもない。ガタガタと不自然に揺れ出した船体にしがみつき、近くで同様に慌てるリリアを見た。今一人の仲間の姿を求めて視界を巡らせるが見当たらない。とすればこれはレイモンドの仕業だろう。

「無茶な真似を!」

舌打ちするが、レイモンドの判断を否定もできない。緊急避難的にルーラを使用する例がないわけではないし、海のただ中に放り出されるよりはましだ。
体が引っ張られるような、高いところから落ちるような。通常のルーラというよりは旅の扉を使った時の感覚ににているだろうか。実際には本の一瞬の出来事だったのに違いないが、体感的には一時間位はたっぷり振り回された気分だ。軽い目眩を覚えつつ、揺れの収まった船内をディクトールは見渡した。見た限り動く魔物がいないことに安堵する。ルーラの影響ばかりだとは思わないが、船もぼろぼろだ。修理に何日かかるか想像するとため息が漏れた。

「ディ」
「やあ」

頭痛をこらえるように眉間にシワを寄せながらリリアがやって来る。甲板にいたのはディクトールとリリアの二人だったから、アレクシアは下に居るはずだ。船室に降りる階段も壊れてしまって、穴の中と言った方がいいような有り様だが。
怪我はないかと、互いの状況を確認しながら階段であった穴に向かうと、まさに飛び出してきたのはレイモンドだ。この男にしては珍しく余裕のない顔をして居る。それが故に事態の重大さが伺えた。

「あいつは?」
「なんだって?」

状況が飲み込めずにディクトールは問い返したがレイモンドは答えず、たったそれだけの短い問答さえも煩わしいとばかりに、レイモンドはディクトールを押し退けて瓦礫だらけの甲板に飛び出していった。瓦礫をどけてなにかを探している。
嫌な予感がした。

「おいっ」

何をしているのかと声を粗げたディクトールの切先は、リリアの悲鳴で制される。
見れば甲板下の暗がりにうずくまる、マルロイの姿がある。リリアの悲鳴に顔をあげたが、立ち上がることはできないでいる。
レイモンドのことは気になったが、優先されるのはマルロイだろう。 リリアに言われるまでもなく、ディクトールは階段だった穴へとひらりと降り立った。

「リリアは危ないから」

来なくてよいと言いながら、視線をレイモンドへと転じる。様子を見てきてほしいとの合図に、リリアはこくりと頷いて去った。

「大丈夫ですか?」

様子を改めると、怪我らしい怪我もない。転んだのか、額にちょっとした擦り傷と瘤があるくらいだ。念のためにホイミを唱えてみるが、マルロイは相変わらず顔をあげるのも辛いようだ。レイモンドにもホイミは唱えてもらったのだが、効果がなかったのだと言うマルロイに手を貸してやる。

「面目ねぇ。船乗りが酔うなんてよ」

ルーラで前後不覚になるのと船酔いはちょっと違うのではないかと苦笑しつつ、二日酔いにはキアリーが効果があるが、船酔いにはどうなのだろうと埒も無いことを考えていたディクトールは、マルロイの次の台詞に言葉をなくした。

「それで、お嬢はどちらで?」
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