ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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揺れているのは、船が揺れているからではないらしい。

「お嬢っ!」

耳元で何事かわめきながら、マルロイがアレクシアを揺さぶっている。それがどれ程不自然な事かを理解するのに、アレクシアはたっぷり三呼吸分の時間を必要とした。

「魔物の襲撃を受けていやす! 支度してください。このままではまずい!」

まだぼんやりしているアレクシアに、事情を説明しながらマルロイはアレクシアに上衣を羽織らせ、ブーツの紐をきつく結んだ。

「魔物…? まずいって…?」

必要最低限のものが詰まった鞄を背負わされる。返答の代わりにすっぽりとマントが頭から被せられた。
マルロイは右手にアレクシアを、左脇にアレクシアの鋼の長剣を抱えて船室を駆け出した。甲板が抜けたのだろう。船室の廊下から直に空が見えた。

「なん…っ」

アレクシアは息を飲んだ。航海を始めて2年。こんなにも船が被害を受けたのは始めてだ。
甲板上構造物は全壊している。メインマストが折れて艦橋に突き刺さっていた。帆は焼けたのか見当たらない。大して広くもない甲板には怪鳥や魔物の死骸が転がり、それを海に引きずり込もうと海中からは魚人どもが飛び出してくる。甲板に上がった魚人を、今度は空から怪鳥が狙う。
魔物にしてみれば、相手が魚人であれ怪鳥であれ、人間であれ、獲物であることに違いはない。数の上でも圧倒的に人間側が不利だ。

「レイ!」

甲板の下から怒鳴るように呼びかけられて、ようやくアレクシアたちに気づいたらしい。魚人から奪ったトライデントで魔女を箒から叩き落としたレイモンドは、アレクシアの顔を見るなり舌打ちした。

「じじい! さっさとそのバカをつれて逃げろっつっただろが!」

叫んだ瞬間、巨大な魚の尾がレイモンドを横凪ぎに叩きつけた。甲板を跳ねて、レイモンドの体は瓦礫と一緒に階段を転げ落ちる。海に落ちなかったのは幸運だったと思うべきなのだろうが、あばらの一本位は折れたかも知れない。
一瞬止まった呼吸に体を丸めて喘ぐレイモンドに駆け寄ったアレクシアがベホイミを唱える。その間も魔物たちは船とディクトール達を執拗に攻撃し続けた。
「じいさん、陸はどっちだ?」

レイモンドの問いに無言で指差すマルロイに頷いて、レイモンドはおもむろにルーラを唱え始めた。驚いたのはアレクシアだ。船ごとルーラするのも、こんな戦闘中にルーラするのも例がない。

「こんな状況で!?」

がくがくと肩を揺さぶられて詠唱が途切れる。舌打ちしてアレクシアを振り払ったレイモンドは、こんな状況だからだと、再度詠唱に入った。

「だけど…」

船に残った魔物ごとルーラは発動されるだろう。ディクトールやリリアはルーラされることを知らない。魔力の発動に気づきはするだろうが、ルーラの魔力が発動された中で別の魔法が行使されたらどうなるか? ダメージを受けた船体はルーラでの移動に耐えうるのだろうか?

「……」

不安な面持ちでレイモンドを見つめるしかないアレクシアは、不意に影をさした頭上を見上げた。そしてそこに鷲鼻の魔法使いの嫌らしい笑みを見る。
魔法使いが何事か唱えた。ルーラに似ているが初めて耳にするルーンだ。なんにしても嫌な予感しかしない。咄嗟に投げつけたのは左手に生まれた雷の矢だった。それでも魔法使いの魔法が完成するのがわずかに早かった。アレクシアの放った雷の矢に魔法使いが腹を貫かれたのと同じ瞬間、アレクシアはどうしょうもない目眩と吐き気に襲われ意識を失った。
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