ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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43.イエローオーブ

祠の牢獄をあとにしたアレクシアたちの船は、オリビアの岬を北上し、グリーンランド上に見ながらスー大陸の東沖へ進んだ。
オリビアの岬の呪いを解き、祠の牢獄へ向かうという一先ずの旅の目的を達成してしまった今、今後の見通しが甚だぼやけてしまったということもあるが、それも含めてセイを迎えにいく頃合いだとアレクシアが主張したためでもある。
セイからは、イエローオーブを買い戻す手筈が着いたら連絡を寄越すと言われていたが、それらしい報告ははいっていない。セイと最後に顔を合わせてからひとつ季節は進んだが、立ち寄る港で耳にするのは、スー大陸の東に出来た新しい港町のことばかりで、イエローオーブのことはさっぱり耳に入ってこない。
スーが近くなるにつれ、入る噂が大袈裟になっていくことがアレクシアたちの心に僅かなさざ波をたてている。
専制君主が納める港。人買い。暴利。闇市。
そんなわけない。あのセイが、アレクシアたちのよく知るセイが、そんなことするはずない、と。思ってはいても、信じてはいても、引っ掛かるのだ。別れ際の、セイの言葉と表情が。

(心配のしすぎ、なんだろうな)

だからあんな意味のわからない夢を見たのだと、アレクシアは鼻をすすった。夢見が悪かったからだろうか、なんだか体が重く感じる。

「ちょっと大丈夫?」
「へ?」
「へ? じゃないわよ」

呆れ顔を通り越して、困り顔のリリアと目が合う。リリアの冷たい手が額に触れて、気持ちいいなんて感想を抱く間もなく、アレクシアは再び枕の上に頭を押し戻された。

「あ〜、もうっ! ディ! ディクトール!」

何をそんなに慌てているのかと、体を起こそうとしたアレクシアは、この時始めて自身の体調異常に気がついた。体が起こせない。

(あれ?)

ぼんやりと天井を見上げていると、額に優しく掌が押し当てられた。

「風邪かな。アル、食欲は? 薬は飲めそうかい?」

ディクトールだろう。聞かれるままに頷いて、素直に口を開く。

「苦い」
「はは。薬だからね」

この後、節々が痛んで熱が上がるかもしれないが、それは体の防衛反応なので心配はいらない。汗をかくだろうから水を豆に飲むこと。汗をかいたら着替えること。
冷たいタオルをアレクシアの額に乗せながら、細かく指示をするディクトールに、返事をするのも億劫で、アレクシアは時おり頷いたり、まばたきをして返した。
ディクトールは苦笑したようだが、最後に

「今日は1日寝ていることだね」

と言い置いて、アレクシアの枕元から立ち上がった。入れ替わりにリリアがやって来て、先ほどアレクシアがされたのと同じ説明をディクトールから受ける。

「風邪ね」
「風邪だね」
「あんた昨日の夜どこほっつき歩いてたのよ?」

スープは飲めるかと世話を焼きながら、リリアは心底呆れた様にためいきをはく。
「ほっつき歩いてないよ。ちょっと素振りをしに行っただけだもん」
「そんなことしてるから風邪を引くのよ! ほら、あーん」

自分で食べられる、という主張は通りそうにない。叱られながら雛鳥のようにスープを食べていると、ひょっこりと金色の頭が覗いた。

「交代が来ないと思ったら」

広くもない船室に、大人四人が入りきれるわけもなく、レイモンドは扉に背を預けた姿勢で腕を組んだ。呆れ顔で三人を順に眺めると、こういうわけか、と諦めたように呟いた。

「バカだな、お前」

これはアレクシアに向けられた台詞。スプーンをくわえたままムッとするアレクシアにはそれ以上構わずに、レイモンドはディクトールに向き直る。

「少し寝る。三時間したら上がるから、それまで頼む」
「わかった」

見張りの事だ。本来ならば、この時間の見張り台にはアレクシアがついていなくてはならない。事務的にそれだけ告げて、レイモンドは自分の船室に向かい、ディクトールは「じゃあね」とアレクシアの髪を一撫でして出ていった。
リリアは一瞬、意味ありげにレイモンドの背中を見詰めたが、なんでもないようにアレクシアの口元にスープを運んだ。アレクシアは小さな子供のようだと嫌がったのだが、病人が何をいっているのかと改めて叱られた。

「なれたもんよ」

ふふ、とリリアは笑ったが、その笑みはすぐに自嘲の笑みに変わった。セイの事を、気に病むなと言う方が無理だ。

「もう少し食べる?」
「ん、もういい」

皿の中を半分ほど残して、アレクシアは再び横になった。

「水、ここに置くわね」
「ん」
「何かしてほしいことがあったら呼ぶのよ?」
「うん」

まるで子供だと、アレクシアは苦笑した。

「リリアはいいお母さんになるね」
「なっ」

アレクシアにしてみれば、なにか深い意味があった訳でもない。熱でぼうっとしていたし、言われてリリアが狼狽するとか考えもしない。
リリアはひとり、口をパクパクさせていたのだが

「リリア、ありがとう」

と無垢な微笑みを向けられては、もうなにも言うことはない。

「寝なさい。後でまた来るから」

濡れタオルの下からは、すぐに寝息が聞こえ始めた。
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