ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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42.祠の牢獄


オリビアの岬は、同じ岬かと疑いたくなるほどに静な海に変わった。
これならば、岬の宿屋から対岸に橋を架けることも、小舟を渡すこともできるだろう。
アレクシア達はと言うと、小型船の足回りを活かして器用に岩を避けて海峡内に入り込み、ようやく目的の孤島へと辿り着いた。
長年波風に侵食された孤島の岸壁はゴツゴツと切り立ち、一刻とかからず一周できるほどに小さな島には大小様々な瓦礫が転がるばかり。お情け程度に生える低木も、固い棘にびっしりと表面を覆っている。なにもない。まるで地獄の入口のような寂れたこの島こそが監獄島だ。
島の中央には風雨にも耐えた石造りの建物が偉容を放っている。
建物の外壁に掘られているのはサマンオサ王国の紋章と、罪人を表す頭文字。
孤島に上陸してから、険しい顔をしているレイモンドに、他の三人の視線は集まった。サマンオサに初めて足を踏み入れた時もそうだ。この場所にたいしての主導権は、レイモンドにある。いわばアレクシア達は部外者なのだから。
レイモンドは仲間たちの気遣うような視線に気付いていた。有難い、と思う反面呆れる。

(ったく、甘ちゃんどもめ)

 有無を言わせず、何も気にせず入ればいいのだ。理由はどうあれやっていることは遺跡荒らしどもと大差ないのだから。レイモンドだとて、目的のものが手に入りさえすればいいのだ。アレクシアがホテ王家に取り付けた約束なんて、二次的三次的なものだ。遺骨の回収も埋葬もどうだっていい。死んでしまったものが蘇るわけじゃなし、自分たちが世界を救うことができなければ、それすらすべて無駄になってしまうのだから。

(世界を救う)

 自分で抱いた感想に、レイモンドは自嘲にも似た笑みをこぼした。自分はいつの間にか、随分と大層なことを考えるようになったものだ。それもこれも、彼女たちのせいに違いない。

「行こう」

 ランタンを掲げたレイモンドに、アレクシア達は静かにうなずき後に続いた。


 長年の風雨に晒されて尚、朽ちることのなかった石造りの祠はせまく、鐘楼と地下に続く階段があるばかりで、暗く狭い階段を降りるとそこは、黴臭い空気が充満していた。
何年ぶりに外気が入り込んだのだろう。そこかしこにうっすらと堆積した埃が、開け放った扉から流れてくる風で舞う。アレクシア達は口と鼻を覆って、何とか息をしているが、できることならすぐにでもここから飛び出して、外の空気を胸いっぱいに吸い込みたいところだ。なるべく息をしたくないので、自然と四人は無口になる。
 鼻と口は布で覆えても、目だけはそうもいかないので、小さな埃に目を真っ赤に充血させながら、一行は祠の探索を開始した。
 壁には松明を掛ける金具があるが、掛けるべき松明は見当たらない。随分前に燃え尽きてしまったのだろう。松明は持ってきていなかったので、予備のランタンを一つ、入り口にかけておくことにする。
このランタンの明かりにディクトールの影が長く伸びて揺らめく。その頭の辺りが突き当りだ。5〜6歩も歩けば壁に当たる。この狭い通路の左右に鉄格子が嵌っている。独房は3つ。階段手前のスペースは看守部屋だろうか。鉄格子派は嵌っていない。
なんにせよ、ひとつひとつつぶさに調べたとしても、そう時間はかからないだろう。
大人が両手を広げたほどの広さしかない独房には、粗末なベットと排泄用と思しき甕があるだけだ。ベットの上、あるいは部屋の隅に、それぞれ白骨化した遺体が転がっていた。このうちのどれかがサイモンだとして、どれがサイモンなのかは分からない。
 じっ、とレイモンドに視線が集中する。マスク越しにシュゴーシュゴーと呼吸音がするのもイラつくが、物言いたげにただ見つめられるのも相当にイラつく。

「分かるわけねぇだろ!」

 記憶にすらない父親の、死んで十数年たっているであろう遺体を見分けろなんて無理難題もいいところだ。第一見つけたいのはガイアの剣であって、父親の遺体はそのついでである。

「剣はさすがに朽ちていないだろうから剣を探そう」

 レイモンドの言い分を入れて、というよりは他に手がない。アレクシアの一言で四人はそれぞれに地下牢の探索を始めた。そもそも罪人として囚われたサイモンが、なぜ国宝ともいうべき魔法の剣を帯びたまま投獄されたのかの疑問は残るが。

「その剣って、あれじゃないかしら?」

 とリリアが指差したのは、入り口から一番遠い独房のベットの下だ。粗末なベットには白骨化した遺体。その下にきらりと金属特有の鈍い輝きが見えた。四人全員が入るには無理があるので、代表してレイモンドが遺骸の下から棒状の金属片を取り出した。

「これが?」

 ガイアの剣、大地の剣、というからにはレイモンドがランシールの神殿で手に入れた大地の鎧と同じ金属で出来ている長大な剣であろうと想像していた。しかしこれは…
 いぶかしく思いながらもガイアの剣らしき金属片を仲間達に見せると、全員がレイモンドと同じ、否それ以上に奇妙な顔をした。
 鈍色に光る、やや黄みを帯びた棒。よく言っても矛か鐸だ。

「剣、じゃあないな」

 手に取ってしげしげと眺めた後に、アレクシアは苦笑してそれをレイモンドの手に戻した。

「それでもただの金属じゃないみたいだしさ。一応持っていろよ」

 こんな場所にこんな環境で20年近く放置されていたなら、鉄や銅なら腐食するだろう。腐食はしていないようだから、ミスリルやそれに類するかあるいは何らかの魔法を付与された金属だろう。

「もう少し探してみて…」

 言いかけたリリアがひっと息を飲んだ。何事かと振り返ったアレクシアは声にならない声を上げて反射的に近くにあったものにしがみつく。

「なにす…」

 内心の動揺を悟られまいとぶっきらぼうにアレクシアを押しのけようとしたレイモンドもまた言葉をなくす。壁の隙間から青白い光がにじみ出たかと思うと、それが人の形をとったのだから。亡霊ならば何度か見たことがあるし、ただの亡霊ならレイモンドはこんなに驚きはしない。不意に鏡が現れたのかと思った。それほどに、その男は自分に似ていた。

「…」

 肩に食い込む指にアレクシアは少しだけ顔をしかめたが、瞬きも忘れて青ざめた顔を亡霊に向けるレイモンドを見て、何も言わずに震える手に己が手をそっと添えた。

『私は、サマンオサのサイモン・コリドラス』

「喋った!」

 すっとんきょうな声を上げたリリアをディクトールがたしなめたが、その表情が険しいのは決してリリアが叫んだせいではないだろう。
 リリアの言葉などなかったように、サイモンの亡霊は語り続ける。もしかしたらこちらの声など、彼の魂にはもう届かないのかもしれない。

『旅人よ、挑む者よ。ガイアの剣を望むならば持っていくがいい』

 す、と亡霊の腕が動いて、件の白骨死体を指さす。

『私の躯(むくろ)を調べよ』

亡霊の顔と、遺骸を見比べて、レイモンドが小さくつぶやく。

「それじゃあ、これがサイモン…」

 物心つくころにはもう居なくなっていた父親の遺骸を前にして、素直に「父さん」なんて呼べるわけがない。それからレイモンドは手の中の金属片を見、

「これがガイアの?」
「ああ。そうらしい」

 と答えた後で、右掌の下に感じる柔らかなぬくもりに初めて気づいた。

「!」

 パッと音がしそうな勢いで手を放し、アレクシアから距離をとる。

「なーに赤くなってんだか」

 肘でうりうりとちょっかいをかけてくるリリアは無視しして、咳払いを一つするとアレクシアは表情を改めてサイモンの霊に向き直る。ディクトールの冷ややかな視線を意図的に無視して、レイモンドもまたサイモンを見た。
 やはりサイモンには見えていないのだ。目の前の陳腐なやり取りなどなかったように、彼は語り続けている。

『私はサイモン。魔王討伐の任を帯びた旅の途中、無実の罪で投獄されて死んだ。旅の人よ、我が盟友、アリアハンのオルテガ殿に伝えてくれ。サイモンは往けぬと。そしてガイアの剣をオルテガ殿に届けてほしい』

 アレクシアとレイモンドは顔を見合わせた。オルテガは死んだと、あなたの持つガイアの剣が間に合わずに火山の火口に落ちたのだなどど、どうして伝えることができるだろう。

「お約束します。英雄サイモンの霊よ」

 戸惑うレイモンドの腕ごと掴んで、アレクシアはサイモンの霊にガイアの剣を掲げて見せた。

 おお、と感嘆する霊の輪郭がゆがむ。

『もし、サマンオサに行くことがあれば、妻と子に、すまない、と…』

 言っている間にもサイモンの輪郭は薄れていく。
アレクシアの手の中でレイモンドの腕が震えている。アレクシアは隣の青年を見上げて、掴んだ腕を霊の方に引っ張った。
 予測だにしなかったのだろうレイモンドは、一歩つんのめって冷たい壁に腕をついた。父子の抱擁など叶うわけもない。それでも、消えゆく間際、間近に見た父の顔はどこか穏やかで優しい笑顔を浮かべていたように思う。

「……さん!」

 壁に向かって呟いた言葉を、仲間たちは聞こえなかったというだろう。一粒こぼれた涙の筋も。


独房の遺骨一体一体に弔いの祈りをささげた後で、アレクシア達は孤島を後にした。あれほど荒れていた海は、嘘のように穏やかで、夕日を照り返す海面は幻想的な美しさで船乗りを深い海の底へと誘うのだろう。
結局レイモンドは、祠の牢獄からガイアの剣以外の何物も持ち出さなかった。
茜色の空を背負って浮かび上がる廃墟。祠の牢獄。それが、サマンオサの英雄、サイモンの墓標にふさわしかろうと。
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