ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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⒋1.オリビアの岬

 エリックを乗せた幽霊船は、船長の亡霊が消えるとともに船ごと海に沈んでいった。危うく巻き込まれかけたアレクシア達はマルロイの操船技術に救われて何とかその海域を離れた後で、僅かにあぶくを浮かばせる海に鎮魂の祈りをささげた。

「やっぱり幽霊がでたの?」

 マルロイともどもただ待っていただけのリリアは、興味津々幽霊船での出来事を聞きたがった。待っている間に、海の七不思議について話していたらしく、幽霊船についても色々と空想していたらしい。

「でっかいヤドカリが沈没船に住み着いたとか」
「そんなヤドカリ聞いたことねぇ」

 なぁ? と話を振られて、アレクシアも曖昧に頷いた。海の七不思議ならばマルロイに聞いたほうが早い。

「まあ、あんだけでかい烏賊がいるんだ。でかいヤドカリがいても不思議はないか…」
「きゃあ!?」

 のんびり構えているレイモンドの視界の前方には、もはや見慣れたといってもいい巨大な烏賊の足があり、台詞を言い終わるより先に船体が大きく傾いだ。揺れる甲板に大股を開いて立ち、腕を組んだ尊大な姿勢でレイモンドは、不恰好に両手両足で踏ん張っているリリアににやりと意味ありげな笑みを見せた。

「暇を持て余していたんだろう? あれはお前に任せる」
「はあ?」
「幽霊の相手で疲れてんだよ。な、アレク?」

 ぎっ、とリリアがアレクシアを見る。アレクシアは頬を掻きつつ苦笑して、這いつくばるリリアに手を差し伸べた。

「えーと、すぐ片付くよ」

 差し出された手を両手ですがるように掴んで、リリアは瞳を輝かせた。そうこうしているうちに大王烏賊は船体に取り付き、マルロイが何事かわめいている。たぶん、というか間違いなく、遊んでねぇで追っ払わねぇか!  とかなんとか叫んでいるに違いない。ディクトールが烏賊の足に槍の穂先を突き立てているが、果たしてどれほどの効果があるのか。

「ほら、いくぞ」
「へいへい」

 片腕にリリアをぶら下げたアレクシアに促されて、気乗りしなさそうにレイモンドも武器を抜く。疲れているのなんのと文句を言っていた割に、大王烏賊の足を4本切り飛ばし、一番戦闘に貢献したのはレイモンドだった。



 補給が受けられる一番近い港というとロマリアだが、ロマリアに寄港するのは、なんとなく躊躇われた。王位を譲るだの、姫を嫁に貰えだの、一々面倒なことを王が言い出すからだ。
 とは言え、水も食料もポルトガまでの航行には耐えないし、嵐と戦闘で破損した船の修理も必要だ。修理についてはポルトガのほうが専門だろうが、ロマリアだとて遜色はない。
 船を港に入れて、補給と修理を受けようとなれば、どうしたって国王に勇者一行の到着はばれる。城まで目と鼻の距離に来ているのに挨拶をしないというのはあまりに不義理だし、アリアハンとロマリアとの国際問題に発展しないとも言い切れない。港に入るなりアレクシア達はしぶしぶながら、ロマリア国王への謁見を申込み、船の補給と修理を約束させた代わりとばかりに慣れない宴に引っ張り出され、酒の肴を務めることになった。
 国王が一番驚いたのは、2年のうちにすっかり女らしく成長したアレクシアの変わりようで、開口一番アレクシアは国王を謀っていたことを詫びさせられた。二言目には「ワシの妾妃にならんか?」とまんざら冗談でもなさそうな申し出を受けたのだが、これは予想していたことだったので魔王討伐の旅を理由にきっぱりと断った。
 懇願されてアレクシアがロマリア王と約束したのは、逗留中、国王の客として城に留まることと、その間に第一王子に剣の稽古をつけることだった。
 このアレクシアの安請け合いを、レイモンドとディクトールはそれぞれ違う表情で咎めたのだが、剣の稽古を快諾したときの王の親ばかそのままのうれしそうな表情と、後になってその第一王子が5歳になったばかりの幼児であることを知って、二人はばつの悪い思いをするのだった。



 幽霊船と遭遇してから2か月余り。アレクシア達を乗せた船はロマリアを出発した。
 ロマリア湾を出てポルトガ湾、大灯台を北上し北海へ出て、途中エジンベアで補給を受けてノアニール海を陸沿いに東へ、ノアニール港で補給を受けた後は大きな港もない。ポルトガ、エジンベアで購入した物資はすべて売り払い、水と食料と修理用の木材をいっぱいに積み込んでひたすらにオリビアの岬を目指した。周囲の景色が白く煙、吐く息も白くなってきた頃、目指すオリビアの岬への入り口であるカナーン半島が見えてくる。この半島を南に見て、河口をさかのぼれば白海。海水と淡水が入り混じるがゆえに水中の温度が安定せずに複雑な水の流れを持つ海だ。暗礁も多く、岩場を通る風が冥界からの呼び声に聞こえることから昔から嫌な噂が絶えない。

「噂とばかり思っておりやしたが、オリビアの歌声だったんですな」

 とマルロイがつぶやいたように、風の中に確かに、女の悲しげな歌声が聞こえる。暗礁を避けて狭い海峡に近づくにつれ、その音は大きくなり、はっきりとした女の呪詛が心を締め付ける。耳をふさいでも、その歌声は直接心を揺さぶった。

「気が変になりそうだ」

 頭痛をこらえるように顔をしかめるマルロイに、神の加護を祈りながらディクトールが触れる。

「すまねぇ」

 オリビアの呪いで船が沈むのだと噂は語るが、正確にはオリビアの呪いで船員が発狂して操船を誤り船が沈むのだろう。

「マルロイ! もう少し近づけるか?」

 こちらも頭痛をこらえつつ、アレクシアが声を張り上げる。アレクシアとリリアには見えていた。海峡の一番狭くなっている岩場に立つ女の姿が。長い髪を海風に振り乱し、血走った眼で船を見上げている。愛する男を奪っていった、憎い船の姿を。

「アル、あれが…?」
「うん。きっとそうだ」

 エリックとの思い出の品をささげれば、愛する男を返してやれば、オリビアも天に召されるだろう。真実はやってみなければわからない。ペンダントを手に、アレクシアは船の舳先へ走った。小さなペンダントだ。見えるだろうか? 届くだろうか? オリビアに、エリックの思いは。

「おい! 危ないぞ!」

 安全柵を乗り越えたアレクシアに、当然全員が声を上げた。駆け寄ったレイモンドに一瞬目をくれただけで、アレクシアは構わず海峡へと腕を差し伸べた。

「っと!」

 風に傾ぐ体を、策のこちら側からしっかりと腰に両腕をまわして支える。思いのほか細い腰に、うなじから立ち上る香気に、レイモンドの心臓はどきりと鳴った。

「オリビア!」

 いっぱいに腕を伸ばし、その手の中のペンダントを海に向ける。波と風にかき消されてしまいそうな繊細なオルゴールの音。瞬間、すべての音が止んだ。そして次の瞬間、オルゴールの音楽に合わせてワルツを踊る、一組の男女が空中に浮かび上がった。

『ああ、エリック!私の愛しい人! あなたをずっと待っていたわ!』
『オリビア。僕のオリビア!もう君を離さない!』

 抱きあう恋人たちが、天へと昇っていく。消え去り際に二人は、にこりとアレクシアとレイモンドに微笑みかけた。幻影か、亡霊か。光となってエリックとオリビアが天へと消えていった後、あんなにも激しかった波と風は嘘のように止んだ。

「解けた、のか?」

 穏やかな海風に髪をなびかせながら、アレクシアはぽつりとつぶやく。手の中のペンダントは、年月を思い出したかのようにぼろりと崩れて海にきえた。
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