ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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「アル!」

 ディクトールが叫んだ。為に詠唱が途切れ、ディクトールにも別の亡者が肉薄する。白骨化した手が、アレクシアに伸びたディクトールの手を捉える。

『俺は人を殺した。でも、エリックは無実の罪を着せられたんだ』

 別の亡者が、反対側からディクトールに取りすがる。

『恋人がいたのに、かわいそうに』

 ニフラムの光の中から、亡者が手を伸ばす。おののくアレクシアの手を取って、亡者は手にしていたペンダントを握らせた。

『オリビア、もう船が沈んでしまう。君にはもう、永遠に会えなくなるんだよ…。せめて君だけは、幸せに生きておくれ…!』
「エリック…?」

 アレクシアには、その亡者が微笑んだように見えた。次の瞬間、アレクシアとディクトールを巻き込んで、広範囲に発生した光が辺りの亡者たちを包み込み、エリックと思わしき亡者も今度こそ姿を消した。後に残ったのは、動かなくなった彼らの遺骨だけだ。

「レイ…。君が?」

 ニフラムというには強力すぎる浄化の光だった。レイモンドが様々な魔法を操ることは知っているが、神官である自分よりも浄化の法に長けているとはにわかに信じられず、ディクトールは愕然と盗賊を見た。

「あ? ああ…」

 レイモンドは膝に手を付き、肩で息をしながら、そんなことよりアレクシアを見ろとディクトールを促した。そこには意匠を凝らしたペンダントを手に、茫然と佇むアレクシアがいる。

「アル、それって…」
「うん…」

 ペンダントは、何年も海の中にあった筈なのにくすみひとつない。精緻な銀細工の台座には大きなエメラルドが嵌め込まれ、ペンダントを開くと、この小さな細工物のどこに仕掛けがあるのか、繊細な音楽が流れた。螺鈿細工と錦糸に縁どられた、美しい娘の姿絵が中に貼られている。ペンダントの底には「エリック&オリビア。永遠の愛を誓う」と記されていた。錦糸だと思ったものはどうやらオリビアの髪の毛であるらしい。おそらくはオリビアがエリックのために特別に作らせたものなのだろう。

「相当に価値のあるものだな」

 売ればいくらになるだろう。そんな勘定をレイモンドが始めた時だ。

『わしの船は沈まない! わしの宝はわしのものだ!』

 船長らしきあの亡霊が、ものすごい形相でアレクシアに掴みかかってきた。実体を持たないので害はないが、気持ちのいいものではない。

『誰にも渡さん! わしの船は沈まない! エルドラドを発見するのはこのわしだ! 宝も栄誉もわし一人のものだ!!』

 亡霊が吠えると幽霊船が揺れた。

『船の宝。誰にも渡さんんんん!!!』

 浄化されたはずの空間に、再び邪気が溢れ出す。千切れたロープや帆が、意思を持っているかのようにアレクシア達を襲った。寸でのところでそれらをかわし、自分たちの船へ戻ろうと、元来たほうを振り返ったアレクシア達だったが、そこにあるはずのものを見つけられずに愕然とした。ぐるりと周囲を見渡してみても、やはりどこにも自分たちの船が見当たらない。

「おいおい、冗談じゃないぜ」

 まさかアレクシアをからかう為に自分が言ったことが現実になるだなんて思いもしない。レイモンドの背中を嫌な汗が伝った。
 船の甲板構造物がありえない動きを見せて襲ってくる。それらはすべて、アレクシアを狙っているようだ。正確にはアレクシアの持っているペンダントを、だろう。

「お化けの呪いか? 何とかしてくれよ。勇者様」

 ものすごい勢いで飛んできた木片を剣の腹で払い落としたレイモンドが、冗談めかして言ったけれど、強がりなのは明らかだ。

「そっちこそ何とかならないのか?」

 三人が互いに背中合わせに立ち、四方八方から飛んでくる構造物に備えるが、埒があかない。ベギラゴンあたりで船ごと燃やす、ということも考えたが、空間の閉鎖が解かれなかった場合、逃げ場を失って蒸焼きになったアレクシア達は幽霊船の亡霊に仲間入りすることになる。

「ひとつ、心当たりがあるんだけど」

 打ち払った木片が、さらに砕けて空中で反転し、レイモンドの顔めがけて飛んでくる。首をのけぞらせて直撃は免れたが、顎と鼻の頭に一直線の切り傷ができた。打ち身や切り傷といった、かすり傷が時間に比例して増えていく。つもりつもれば大きなダメージとして体に蓄積されるだろうし、痛みに動きが鈍ることも考えられる。打開策が見つからずに長期化すれば、結局は幽霊船の仲間入りだろう。

「燃やすのは無しだぜ」

 滴る血をぺろりとなめとって言うレイモンドに、ディクトールはわかっているよと舌打ちをこらえつつ頷いて

「船長の亡霊を浄化すれば、結界もコレも消えると思うんだ」

 或はエリックとオリビアの愛の思い出を船に戻せば同様の結果が得られるかもしれないが、それではサマンオサからこちらの行動が何もかも無駄になるばかりか、結局は手詰まりだ。

「時間稼ぎを任せられるかい?」

 ディクトールの視線の動きを追ったレイモンドは、そこに上空で踊り狂う亡霊船長を認めた。踊っているように見えるが、おそらくは飛来物を操っているのだろう。
 アレクシアとレイモンドは同じタイミングで頷いた。

「頼んだ」
「当たり前だ」

 間髪入れず魔法詠唱を始めたディクトールを、自身の防御は顧みずにレイモンドとアレクシアがカバーに入る。

「至高なるミトラ。光輝ける御身の遍く天地において、祝福されざるものよ」

 詠唱の時間などほんの十数秒に過ぎない。たったそれだけの時間でも、大小さまざまな瓦礫の無秩序な攻撃にさらされたアレクシアとレイモンドは満身創痍となった。ホイミの一つも唱えたいところだが、そんな些細な魔法さえ、発動させるための精神集中が難しい状況だ。

「汝の拠るべき世界へ、疾く去れかし!」

 アレクシア達の献身の甲斐あって、ディクトールの呪文は完成した。亡霊船長の回りを光がぐるりと取り囲んだかと思うと、亡霊船長の霊体を吸引し始める。逃げ場を求めて右往左往してみても、どこにも逃げ場などありはしない。アレクシア達が乱れた呼吸を整えている間に亡霊船長の姿は消え、辺りを包んでいた邪気も消えた。と、同時に攻撃も止み、ほっと息をついたのもつかの間。

「なんっ!?」

 大きく足場が揺れた。
 船が波にぶつかった、とういう感じではない。
 みしみしと船体が大きくきしみ、真ん中から真っ二つに折れようとしているのだ。

「おいおいおい!」

 たまらず甲板に手をついたレイモンドの目の前で、アレクシアの手をつかんだディクトールがだっと甲板を蹴った。完全に甲板が90度に傾く前に、急いで船を離れる必要がある。折れた船は垂直に海面に突き立った後、周囲の水を引き込んで海底に沈んでいくのだ。

「わかってやがったな!」

 舌打ちしてレイモンドもディクトールの後を追う。流石に見捨てるつもりはなかったのか、走っている間にレイモンドにもピリオムがかかった。魔法の加護のおかげもあって、アレクシア達は船が沈み切る前に幽霊船を脱出し、呆気にとられているリリアとマルロイを急かして、その海域を離脱することができた。
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