ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
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大航海時代Wikipediaを見て最近気づいたのですが、キャラベル・ラティーナは三角帆なので、DQ3の帆船は外洋をいく長期航海用ですし、外見的にも四角帆のキャラベル・レドンダなんだと思いました。それから、さすがに乗組員があと10人は必要だったなぁと反省しております。今更だからこのまま行くけど…
40-2
アレクシア達の乗った小型帆船に、幽霊船はピタリと横付けしたまま動かない。アレクシアとしては認めたくはないことだが、いつ何時幽霊たちの気まぐれで船が動き出さないとも知れないので、一応渡し板を渡してロープで固定しているが、そもそも何もない空間からいきなり現れた船だ。船同士を固定しても気休めにもならない。
「目当てのものを見つけて戻ろうとしたら、何もなかったりしてな」
ところどころ腐っている甲板を踏み抜かないように注意しながら、レイモンドには軽口を叩く余裕がある。
「実はもう海の中で、俺たちも気づかないうちに幽霊の仲間入り…痛っ」
叩かれた頭をさすりながら、恨みがましく叩いた人物を見返るが、ディクトールは素知らぬ振りで隣のアレクシアを気遣っている。
「無理しなくていいんだよ。アル? 君はリリアと船で待ってても」
ディクトールのセリフを遮るように、アレクシアは勢いよく首を左右に振った。
幽霊船の探索と船の護衛とに分かれようといった時、当然アレクシアは留守番組に回ると思っていたのだが、探索組に立候補したのである。
「そんな無責任なことできない。何があるかわからないのに!」
覚悟は立派だが、お守りよろしく剣を鞘ごと抱きしめている様子を見ては苦笑するしかない。床のきしむ音を聞いてはびくりと首をすくめ、風にロープが揺らめけば小さく悲鳴を漏らす。その度こちらも何事かと緊張するわけで、一緒にいるレイモンドやディクトールもいらぬ神経を使わされて迷惑と言えば迷惑なのだが…
「ひゃあっ」
腐った板を踏み抜いたアレクシアが右手でディクトール、左手でレイモンドの背中に捕まった。抱きしめていた剣がごとりと足元に落ちた音にさえ驚いて、アレクシアはレイモンドの背中を引き寄せる。
「ばかっ!」
いきなり引っ張られてレイモンドはバランスを崩したが、それより襟が引っ張られて首が絞まることのほうが深刻だ。
「殺す気か!」
「ごめ…っ」
すがる手を乱暴に振り払いはしたが、日頃見せないアレクシアのこういった弱みを見るのも悪くない。年相応にかわいらしいところもあるではないかという感想を抱きかけ、レイモンドは慌てて頭を振った。
「ったく…」
ほらよ、と落ちた剣を拾ってやった時、にこにこ、というよりは弛んだ顔をしている聖職者と目が合った。レイモンドが浮かべている表情に、自分が今どんな顔をしているのか気づいたのだろう。ディクトールは咳払いひとつして表情を改めたが、さすがにばつが悪かったのか、あらぬ方を見つめている。
「あ…」
思わず指さした後で、ディクトールはしまったという顔をしたがもう遅い。甲板上をゆらゆらと動き回る青白いものを見て、アレクシアは声にならない悲鳴を上げた。その気になれば、幽霊船ごと浄化してしまうことだってアレクシアには出来るだろうに、それをしないのは単に気が動転しているのか、きちんと状況把握ができているためかはわからない。
分かっていてやっているのではあるまいかと、レイモンドが内心首を傾げたくらい、幽霊らしきものはまっすぐアレクシアの前にやってきて、恐怖で硬直する彼女の目と鼻の先で生前の姿を浮かび上がらせた。
『どんな嵐が来ようと、わしの船は沈まないのだ! わっはっは!』
船長らしきその幽体は雄々しくそう叫ぶと、アレクシアの体をすり抜けて艦橋の方に飛び去って行った。あっけにとられて見送るアレクシア達の耳を、音なき音がキィンと貫く。咄嗟にその場を飛び退いたのは、熟練の戦士の勘だろう。
「ちっ、よけたか」
今までアレクシア達のいた場所が燻っている。海水で湿った甲板は燃え上がりこそしなかったが、きな臭さと淀んだ海水の臭いが混じり合って、何ともいない嫌な臭いが立ち込める。
「ククク。幽霊船には屍が相応しかろう」
と言って現れたのは蝙蝠の羽を背中に持つ蛇腹の悪魔で、初手をかわした姿勢のまま体勢を立て直せないでいる三人に空中から三又の矛を繰り出してくる。しかしそれもどこか及び腰で、不自然な体勢からでも簡単に弾き返せてしまった。
「なんだこいつ?」
牽制で放ったレイモンドの大振りに、蛇腹の悪魔は必要以上に距離をとった。そして空の上から「3対1は卑怯だ」とかなんとかキーキー暴れているのだが、生憎距離が空きすぎて、何を言っているのかよくわからない。
小物感漂う魔物に、三人がどうしたものかと顔を見合せた時だ。耳慣れないルーンとともにぞわりと辺りに殺気が満ちた。
朽ちた甲板から、淀んだ海から、異臭漂う空間から、滲み出るように人影が現れる。生前の姿を留めているもの、半ば朽ちて爛れた腐肉から白い骨を覗かせたもの、海の生き物と所々同化してしまったものもいる。
「うっ!?」
強くなった臭気に息が詰まる。空気が震撼する。亡者の生への執着、生者への妄執、怨念が空気を震わせているのだ。
『俺たちゃ奴隷よ』『助けてくれぇ』『嵐が来る! 足枷を解いてくれぇ!』『死にたくねぇよぉ』『つれぇぇよぉぉ』『お母さん』『死ぬまで船を漕いだんだ! もう解放してくれ!』
「ち! 囲まれた!」
音に圧力があるならこれがそうだ。おおおお、と呪詛が重たくのしかかる。周囲を取り囲む「死」に、心の弱いものなら発狂するだろう。しかしアレクシア達は冷静だった。アレクシアは幽霊やお化けは苦手だが、子供だましの昔話に出てくるようなお化けが苦手なのであって、こうもはっきり目の前に現れてくれれば怖くもない。ただ、憐れなだけだ。
「できれば浄化してやりたい」
一体一体、物理的に破壊するのは時間も労力もかかりすぎる。ベギラマあたりで焼き払うのが妥当だろうが。
「そうだね」
もとは人間だった彼らに恨みなどないし、焼き払った後のことを考えると気が滅入る。どれだけ効果があるかわからないが、ここはニフラムで明道を開いてやるのが最善だと思われた。
アレクシアとディクトールがそれぞれニフラムの詠唱に入ると、レイモンドは自分たちの周囲に聖水を撒いた。と同時に、剣の届かぬ上空からこの様子を眺めている蛇腹の魔物に向けてメラミを唱える。次から次に亡者どもを召喚されたのではたまらないし、もしかしたら術者を倒せば亡者が消えるのではないかと思ったのだ。
「…甘いか」
蛇腹の魔物は羽を焼かれて甲板に落ちたところをレイモンドに切られて絶命したが、相変わらず周囲は亡者たちに囲まれている。
二人が立て続けに唱え続けるニフラムの光に包まれて、手前から亡者たちは浄化されていくが、浄化が間に合わずに接近してくる者に関しては切り払うしかない。
いくらか人であった時の形を留めている亡者が、足の重りを引きずりながら前に出てきた。まっすぐにニフラムを唱えるアレクシアに向かっている。亡者の接近に気付いて、アレクシアはニフラムの発動先を変えた。白い光がその亡者を包んだ。