ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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40.幽霊船

グリーンランドを発った一行の船旅は、概ね順調であった。
途中、空を飛ぶ魔物にちょっかいをかけられたり、船底に貼り付いたマリンスライムをこそげおとしている間にダイオウイカに襲われたりもしたが、彼らにしてみればそれら魔物の襲撃は日常の些末な出来事にすぎない。
何より一行を辟易させたのは、海の変わりやすい天候だった。
魔物は自分たちの努力でどうにかすることができるが、天候ばかりはどうしようもない。
遮るもののない大海原で、容赦なく照りつける太陽には、旅なれた彼らでさえも体力を奪われた。かと思えば急な大雨や嵐に見舞われて、雨や風に翻弄されながら帆を畳んだり甲板の荷物を船室に片付けたりと大わらわだ。
命からがら嵐の海を越えたあと、嘘のように風はぱたりと止んだ。帆をいっぱいに張っても、船は静かな波に揺られて左右に僅かに揺れるばかりで進まない。水も食料も、余分に積んでいるとはいえ、何時までも持つわけではない。二日も大海をプカプカと漂えば、嫌気もさせば、焦燥感も募る。
アレクシアたちは櫂を手に漕ぎ始めたが、ガレー船でもなければ漕ぎ手が揃って居るわけでもない。漕げども波に押されて満足に進むことはできなかった。
順調に行けば、ロマリア湾まで4〜5日の船程だろうと言うところでたどり着くまでに予定の三倍日程がかかっていた。このままではどんなに節約しても水はあと2日と持たないだろうと、アレクシアが船室で頭を抱えて居たときだ。どぉん!
と激しい衝撃が船体を襲った。

「何事だ!?」

余波でまだ大きく揺れている船の中を、ものともせずに船室を飛び出したアレクシアは、ちょうどアレクシアを呼びに来ようとしていたらしいリリアと階段でかち合った。こちらはアレクシア程しっかり立ってはいられずよろけるリリアに手を貸してやりながら、アレクシアは首をかしげた。

「また嵐なの?」

と問うたのは、リリアの全身がびっしょりと濡れていたからだ。リリアはそうじゃないと首を振り、見た方が早いとアレクシアを甲板に促した。

「雨は雨なんだけどね」
「取り敢えず水不足は解消か」
「それどころじゃないんだってば」

予備の帆布を使って雨水を集めるのは総出で行うが、そのために呼ばれたのではないのは明らかだ。先程の衝撃は海魔の類いに取り付かれたのだろうとアレクシアは剣を握り直した。のだが、

「な、ん…っ」

 思わず絶句したアレクシアが目にしたのは、視界を遮るほどの霧雨の向こうに半ば朽ちたガレアス船。

「アレク」

こっちだと手招くレイモンドに並び、その端正な横顔をちらりと見上げると、レイモンドはガレアスへと顎をしゃくった。

「突然沸いて出た」
「はぁ?」

 何を言い出したのだと思い切り眉をしかめるアレクシアに、事実そうなんだから仕方ないだろう、と、レイモンドも眉根を寄せる。

「結界の様なものに取り込まれたみたいだ」

 言い合いを始めそうな二人の間に割って入ったのは、見張り台から降りてきたディクトールで、やんわりと説明を引き継ぐ。
曰く、雲ひとつない、憎らしいほどの晴天で、相変わらず風も波も穏やかだったそうだ。それが不意に霧に包まれたかと思うと、突如霧雨の中から現れた船と衝突したのだという。今まで見えていた空も海原も見えなくなってしまった。この空間だけが、空気が違う。明らかに不自然だ。
 更に、不意に霧が湧いたとしても、これまで見通しの良かった海の上で、何対という櫂と4本の四角帆を持つ大型のガレアス船級の接近に気付かないわけがない。これが噂の幽霊船だと言わずして、なにを幽霊船だというのだろう。それが証拠に、これまでくるくると回っていた船乗りの骨も、ピタリと停止している。

「ええ〜…っと…」

アレクシアの「幽霊船かぁ」といういかにも気が進まないという呟きを聞いて、レイモンドは吹き出すように笑い出したし、ディクトールは仕方ないよと苦笑してアレクシアの肩を叩いた。
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