ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
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召し使い、と称してよいのだろうか。それこそどこかの宮廷で給仕をしていそうな見目のよい若い女が、手際よく酒と食事の準備を整えてくれる。
にこやかに礼を告げられた給仕は頬を染めて去っていく。じと目で見詰めるリリアに気付いているのかいないのか、セイは準備が整った食卓に一同を招いた。
久しぶり、と歓迎の抱擁で一行を出迎えたのは、確かに半年と少し前に別れた片腕の戦友だった。けれどやはりどこか違う。
だらしなくあちこちにはねていた髪は短く整えられ、不精髭だらけだった顎もつるりとしている。日に焼けた肌は以前のままだが、身に付けた衣服のせいだろうか、粗野な戦士は洗練された紳士に変貌していた。
この変化に、女達は正直戸惑いしか覚えなかったが、男達は違った。友の成功を称え、これまでの苦労を労う。
レイモンドとディクトールに、背中や頭を叩かれ、もみくちゃにされた後で、セイは目を丸くするリリアに片目をつむった。
「別れたこと、後悔してる?」
「ばっかじゃないの」
顔を真っ赤にして眉を吊り上げるリリアに、セイは楽しそうに喉で笑った。
これがどこかの町のどこにでもある宿屋での出来事なら、アレクシアにとっては日常だ。切なくも懐かしい、二度と戻らない情景。
胸を押し潰しそうな感傷を吹き飛ばそうと、アレクシアは敢えて軽口を叩いた。
「案外こっちの方があってたりしてな。随分、羽振りがいいみたいじゃないか」
屋敷の調度品、あっという間に卓に並んだ食器、料理、酒、氷菓子。どれをとっても高価なものばかり。とてもこんな密林でお目にかかれるものではない。ロマリアの王宮でさえ、硝子や氷は貴重だろう。
嫌み半分、そう口にすると、セイは満面の笑みを浮かべて胸を叩いた。
「才能はあると思ってたけど、まさかここまでとはオレも思わなかった」
次は街に劇場を作るのだという。
「衣食住を満たしてやれば、次は酒と娯楽だろ」
これからもっとこの街は繁栄していくだろうと、力強く語るセイの瞳には、共に旅をしていた頃とは違う輝きがあった。
友と語らい、豪華な食事に舌鼓を打っているというのに、アレクシアの胸は一向に踊らない。セイの熱がこもった話を聞けば聞くほどに、アレクシアの胸は冷えていく。
この男は、まさかこの街に骨を埋めるつもりなのではあるまいか?
(冗談じゃないぞ)
段々と無口になっていくアレクシアに反して、男たちは酒で滑らかになった舌を動かし続けている。
「劇場って、なにをやるんだい?」
「アッサラームのベリーダンスなんかどうかと思ってる。踊り子も実はもう手配してるんだ」
「わざわざ呼ぶのか?」
「ああ。カテリーナが協力してくれて助かった。流石のオレも、外洋船を一から作るなんて無理だしさ」
どん!
小さからぬ音を立てたのはアレクシアの拳で、卓の上で拳を握りしめるアレクシアに4人の視線が集まった。
「…アル?」
気遣うようにそっとアレクシアの顔を覗き込んだのはリリアで、あとの3人はただ黙ってアレクシアを見詰めている。
「じゃあ、もう大丈夫だね」
「なにが」
前後を省略した問い掛けに、セイは無表情ともとれるような静かな表情で応じた。
「街の経営もうまくいっているみたいだし、もうセイがここに残らなくても、大丈夫でしょう?」
強ばった笑み。無理矢理な明るい口調。
セイは頷かない。誰も何も言わない。リリアだけが、何か言いたげにアレクシアを見詰めているが、口にすべき言葉を見出だせずにいる。彼女にしては珍しいことだが、結局リリアは発言を諦めて小さく息を吐いた。
時間にしてみたら、数十秒に過ぎなかった。けれどそれさえも沈黙は耐え難く、いつかの酒場でもそうしたように、うわべだけ明るさを装って、アレクシアは結論を急ぐ。そうしなくては、望まない最悪の結果を迎えそうで、怖い。
「いつ戻ってくる? わたしたちで手伝えることがあれば手伝うし、なんなら…」
「アレク」
アレクシアの早口に、セイはやんわりと、ただし否やを言わせぬ調子で口をはさんだ。
「な、なんだよ」
「オレは、戻らないよ」
「…何を言って…」
怒り、悲しみ、納得。様々な感情がアレクシアの青い瞳を横切った。
ぐっ、と唇を引き結んだアレクシアに、セイは淡々とこれまでのこととこれからのことを語った。
街を作るには人を集める必要があり、この立地で人を集めようとすれば港がいる。港を大きくして補給港としての位置を確かにすれば、人はますます増えるだろう。
人が増えればその口を養わねばならず、当然、小さな井戸だけでは生活用水を賄えなくなる。真水は密林にある。それを街まで引き、その過程で森を切り開き、田畑を広げて食を得てきた。
森を切り開いた時、魔物との戦いで失われた命もある。その犠牲があるからこそ、セイはもうこの街を途中で放り出すことなど出来ない。目的のイエローオーブだって、まだ取り戻していないのだ。
「まだまだオレが必要なんだって」
おどけて言う片手の男に、アレクシアは文句を言いたかった。
(わたしたちだって…)
お前が必要だと、言いたかった。言ってやればよかったのかもしれない。しかしこの時は言葉を飲み込んだ。アレクシアの矜持がそうさせたのか、他の仲間たちの目を気にしたのか、アレクシアは奥歯に力を入れて、その言葉を押し戻した。
「イエローオーブを買い戻す手筈がついたら連絡する」
アリアハンにいた頃よくそうしたように、セイはアレクシアの頭をぽんぽんと撫でた。
あの頃と違うのは、その手が左手であると言うこと。僅かに顔を歪めたアレクシアには気付かずに、セイはレイモンドに向き直る。
「オーブはどのくらい集まってる?」
「赤、青、緑、紫」
指折り数えるレイモンドに、セイは「進展ねぇな」と苦笑した。数えながらレイモンドも「そういうなよ」と苦笑する。
「とはいえ、ここまで集まれば、あとは自ずと引かれあうと、僕は思う」
というディクトールに頷いて、セイは小さく「急がないとな」と呟いた。聞き咎めてディクトールが問い返す前に、
「で、お前らこれからどうすんの?」
なんでもない風に問い掛ける。
セイの視線はぐるりと一同を巡り、アレクシアのところで止まった。他の三人も、同様にアレクシアを見る。アレクシアはひとつ息を吐いて
「グリーンランドに行く」
きっぱりと言い切った。