ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
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39.氷海を往く
アレクシアは18歳の誕生日を、まだ雪残るサマンオサで迎えた。
いくつかの調査を条件に、サマンオサ王家から変化の杖の譲渡を取り付けたアレクシア逹だったが、魔方陣の再設置やラーの鏡の解析などに時間をとられているうちに標高の高いサマンオサには一足早い冬が来て、そのまま足止めされてしまったのである。
逗留するならば働けと、壊れた城や街の再建から人材の育成にまで、これでもかというほどにこき使われた。
ランシールでも一冬過ごしたが、あのときとは周囲の扱いがまるで違う。神か何かでも見るかのような、尊敬と期待に満ちた眼差しに、アレクシア達はすっかり嫌気がさしていたし、サマンオサ王家再興に名前を利用されるのも面白くない。個人的な旅だとはいえ、どこかの国一国に肩入れをし過ぎることが、望ましい結果にはならないだろうことくらいは、容易に想像がついたからだ。
出発するというアレクシア達を、サーディらはまだ海には氷が張っているのだから、もう少し暖かくなってからにしたらどうかと提案したが、不機嫌を絵に書いたようなリリアに一蹴された。
「氷なんかあたしが吹き飛ばしてやるわよ」
リリアならば本当にやりそうだ、というのはその場にいる全員の共通した認識である。大海原に向けてベギラゴンを唱えるリリアを想像して吹き出したレイモンドがリリアに睨まれている横で、アレクシアとディクトールがサーディに出発時期を遅らせることができない理由を説明していた。
「これは三日前に聞いた話だ」
サマンオサの鎖国が解かれ、ベンを初めとする元盗賊ギルドの面々が先頭に立って国外に物資の調達に出ていった。彼等の任務は世界中にサマンオサの鎖国が解かれたことを広め、20年前のような活気を取り戻すことだ。商人や旅人を呼び込む材料に、「勇者」の逗留が使われたことは言うまでもない。もの珍しげにアレクシアに面会を申し込んできた商人から、アレクシアは気になる話を聞いていた。以前行った時は森が広がっていた場所に、立派な補給港が出来ていたというのだ。
セイのいる、スーの開拓地に違いなかった。
「オーブを集めているという話は、以前にもしたと思います」
「ああ、聞いた。そのなんとかいう開拓地に、リリアの想い人がいるんだったな」
サーディ王の台詞の最後は悲鳴になった。リリアがサーディの脛を蹴りつけたからだ。
国王を蹴るのは感心しないと、やんわりディクトールがたしなめたけれど、その場にいる全員、サーディの側近ベンですら、本気でそうは思っていないのは明らかだ。レイモンドに至っては余計な事を言うなと反対側の脹ら脛を蹴りつけた位である。
「まだそのオーブが手に入ったという報告が入った訳じゃないんだろう?」
痛む足を擦りながら、軽く涙目のサーディに、アレクシアはその通りだと頷いた。
「だからといって、わたしたちがずっとここに居る理由にははらない。わたしは、バラモスを倒さねばならないのだから」
そうでなければ、何のために女であることを否定して生きてきたのか。
そうでなければ、何のために国を出、友は右腕を喪ったのか。
「随分ゆっくりさせてもらった。感謝しています」
頭を下げるアレクシアに、サーディもそれ以上を言うことが出来なかったのだろう。何か言おうとした気配はあったが、結局彼は立ち上がって、アレクシアの頭をあげさせた。
「頭を下げねばならぬのはこちらの方だ。勇者オルテガの子…。…―否、勇者アレクシア。サマンオサ王国は、そなたの尽力に深く感謝し、変わらぬ友情を約束しよう」
アレクシアとサーディは固く握手を交わし、それからサーディは順にディクトール、リリアとも握手を交わした。そして最後に
「都合のいい話だと、お前は笑うかもしれないが…」
レイモンドの手を両手に取り、この数ヵ月ですっかり民心を掌握してしまった翠色の瞳をじっと見詰める。
「レイモンド、いつでも戻ってきてほしい」
何度となく残留を勧めたが、レイモンドは一度として首を縦には振らなかった。それどころか、あまりにしつこく勧誘されるので「二度と来ない」と啖呵を切った程だ。
それでも尚、サーディとベンは、レイモンドをサマンオサに必要な人間だと思っているのである。
真摯な瞳に、レイモンドも感じ入るところはあった。一度は国を捨て逃げ出した自分を、こうも必要としてくれるとは正直思わなかった。ありがたいと、そう思う。しかし、そんな思いはおくびにも出さず、「気色悪ぃな!」とサーディの手を振りほどく。
「つれないな」
「当たり前だ」
払われた手で拳を作り、サーディとレイモンドは互いの拳を打ち付けあった。
「船の整備やら、助かった」
「なに。君達への礼としては安いものだ」
出立は? と問うサーディに、レイモンドはアレクシアへ視線を転じる。そのアレクシアも、マルロイとベンを見た。マルロイはベンと水や食糧といった積み荷の調達情況を確認すると、
「一週間後には」
と返答した。
「そうか、出来れば盛大に送り出してやりたかったが、スケジュール的に難しいな」
「いらねぇよ」
レイモンドどころかベンまでもが首を振ったので、サーディは残念そうを通り越して不満そうな顔になる。不貞腐れた国王が食い下がって、アレクシア達の出港には街中の人々が見送る、ということで落ち着いた。