ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
56ページ/108ページ

38-9

 人を掻き分けてなんとか仲間四人連携の取れる位置に動こうとするが、なかなかうまくいかない。
 手をこまねいているうちに、目の前で二人目の犠牲者が出た。

「きゃあああ!!」

 悲鳴をあげながら掴み上げられた女の目が、すがるようにアレクシアを見る。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、助けてと声も出せずに叫んで、女はボストロールの体に取り込まれた。

「くそっ!」

 瘴気を取り込んでも、他人の肉体を取り込んでも、どちらでもボストロールの肉体を癒すことに繋がることが確認できた。今までもこうやって、処刑した人々を糧にしてきたのだろう。
 三人目が捕まる。食われる前に、飛びかかってトロルの腕ごと切り捨ててやろうとアレクシアが膝に力を込めたとき、真横で魔力が発生した。

「バギマ」

 真空の刃がトロルを襲う。ディクトールの放った魔法は、トロルに捕まった犠牲者ごとトロルの腕を吹き飛ばした。
 リリアが息を飲む。アレクシアは愕然と、気弱な幼馴染みの神官を見た。

「どうせ助からない」
「だからって!」

 ボストロールの握力で掴まれたら、鍛えていない一般人などあっさり内臓を潰されてしまうだろう。それでも、助からないと決めて殺してしまってよいわけがない。
 もしかしたら助かったかもしれない。しかしそれをここで論議している暇はなかった。回復していくボストロールに対して、防戦一方のレイモンドは消耗するばかりだ。
 何度目になるかわからない舌打ちをして、アレクシアはディクトールからボストロールへ視線を引き戻した。

「リリア。壊していい。全員外へ!」
「了解!」

 壊すのならば大の得意だ。任せておいてと、リリアは壁にベギラマを放った。廊下の壁もぶち抜いて、中庭まで見通せる穴を空ける。

「ディ、手伝って」
「…わかった」

 見えている範囲に移動するのはルーラの基礎だ。リリアとディクトールの二人でなら、対象が何人いようと、魔法に無抵抗の人間を中庭に翔ばすのは容易い。
 リリアとディクトールが場内の人々を避難と言う名の強制撤去に取りかかるや、アレクシアは剣を構えて床を蹴った。
 ぶぅんと振るわれたボストロールの腕に飛び乗り、更に高くジャンプして、天井に突き刺さったままのレイモンドの剣に手を掛ける。柄を掴むと、あっさり剣は抜けた。

「レイ!」

 アレクシアを叩き落とそうとするボストロールの拳と、アレクシアが投げた剣、レイモンドが放ったメラミが空中で交差した。

「ぎゃあっ」

 肉の焼ける嫌な臭いと黒煙が、中庭からの風に吹き流される。煙が完全に晴れると、そこには脳天と心臓に剣を突き立てられたボストロールの姿があった。

「まだ生きてる」

 柄まで押し込んだ剣を引き抜く事を諦めて、剣から手を放したレイモンドが掠れた声で呟く。
 さすがに動きはしなかったが、ボストロールにはまだ息があった。
 放っておけば、また元通り復活するのではなかろうか。その生命力と再生能力にはうすら寒いものを感じる。

「ああ。こういうのをほんとのバケモノっていうんだな」

 こちらも剣をトロルの脳天に残したまま、肩から飛び下りたアレクシアだ。レイモンドの横に並んで、トロルを見上げる。

「どうする? こいつがやって来たことを吐かせるか?」

 ゾーマ信仰とはなんなのか。何が目的で国をひとつ支配しようとしていたのか。
 少なくともサマンオサ人であるレイモンドには、聞く権利のある話だろう。
 ちらりと隣を伺うと、疲労を色濃く浮かべた顔で、レイモンドは首を左右に振った。

「真相を話すとも思えん」

 それに、とレイモンドは瞼を閉じた。長く息を吐き出して、隣のアレクシアにだけ聞こえるか聞こえないかの小声で呟く。

「こっちがぶっ倒れそうだ」

 まさかレイモンドが弱音を吐くとは思わない。アレクシアは驚いて隣の男の顔を見つめた。見られていることを意に介せず、あるいはそんな余裕もないのか、レイモンドは右手を差し上げ炎の魔法の印を切った。
 メラミの火球がふたつ出現し、ボストロールに炸裂した。火に包まれた魔物が断末魔の咆哮を上げる。普通なら、目標物に当たって消えてしまう炎の球を、レイモンドはボストロールの体が燃え尽きるまで維持し続けた。
 地の底から響くような咆哮は、その夜サマンオサ中で聞こえたそうだ。
 国を呪うかのような恐ろしい咆哮が消えた後には、原型を留めないほどに赤く焼けた二振りの剣だけが残された。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ