ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
52ページ/108ページ
38-5
夜を待って、ディクトールとリリアは城への潜入を開始した。
ディクトールが地下牢から逃げてきた時のルートをそのまま遡ったのだが、こちらの警戒が馬鹿らしくなるほど簡単に、城壁の内側に入り込めてしまった。
昼間は城の扉という扉の前にハルバードを構えた全身鎧の兵士が居たのに、夜になった今は誰も居ない。流石に正面には見張りがいるが、他の入口に兵士の姿は見えない。無警戒振りもここまでくると罠だと言わんばかりではないか。
城の勝手口から中へ入り、足音を殺して奥へと進むがやはり兵士を見掛けることはなかった。ひとが居ないのでは、という錯覚に陥るほど、誰も居ない。
念のためと各部屋の様子をうかがうと、悪夢に魘されながらも眠る人々の息遣いが聞こえた。
寝静まっているのだ。使用人も、罪人も、兵士までもが。
顔を見合わせたディクトールとリリアは、どちらともなく頷いた。二人とも、不安と不審を感じている。そしてその不安に、確信に近い感想も抱いている。
この城のどこかにいる、王の振りをした化け物は、人間の恐怖や不安を喰らっている。夢という形に加工して。
夢を食われた人間は、どうなるのだろう?
目の前でうなされている使用人も、昼間は普通に働いていたのだろうから、直ぐに影響が現れるわけではないのだろうが、なんにしても毎夜悪夢にうなされている人間が、健康であるわけがない。
「アルが心配だ。アルを探そう」
もとよりそのつもりで侵入したのだ。足を早めたディクトールの後を、リリアも急いで追いかけた。
あれだけ暴れまくった張本人だというのに、取り調べもなにもされず、アレクシアとレイモンドは地下の牢屋に放り込まれた。
武器も荷物もそのまま。しかも二人一緒の牢屋の中だ。
「なんのつもりかな」
問われてもレイモンドに解るわけがない。肩をすくめて外の様子を伺うだけだ。
牢の外には見張りすら居ない。
なんど暴れても結果は同じだと侮られているのだろうか。
なんにしても、ほうっておいてもらえるのは有り難い。レイモンドの体力はまだ本調子とは言い難く、少しでも休養が必要だった。
分厚いマントに包まってレイモンドが眠る隣で、アレクシアも目を閉じた。暫くは、レイモンドの眠りを見守ろうとしていたのだが、自身も疲労を感じていたのだ。
「……う…」
小さな呻きにアレクシアが顔を上げたのは、太陽が西の地平線に沈み、代わりに月が青く地平を照らし出す頃だった。
「…ぃや…。やめ…っ」
夢を見ているのだ。良くない夢だというのは直ぐにわかった。
「レイ?」
起こすか少し迷ったが、起こすことにした。あまり大きな声を上げて、兵士のいらない注意を引くのもごめんなので、最初は小声で呼び掛けた。
「……?」
旅暮らしの長いレイモンドだ。いつもなら少しの物音で目を覚ます。いくら疲労困憊していたとしても、はっきりとした呼び掛けに反応しないのはおかしい。
「おい。レイ」
一向に目覚める気配がないことに、アレクシアは改めて異変を感じた。もしかしたら、また『彼』の意識が介入しているのかもしれない。
「レイモンド!」
びっしりと額に汗を浮かべたレイモンドの体を揺さぶる。その体に触れた途端、指先にばしりと電気が走った。
「痛っ」
静電気なんて生易しいものではない。指先に伝わったのは、明らかな敵意を持った魔力だ。『彼』や『彼女』を感じるときとは魔力の質が異なる。
例えるならば、そう、この感じは…
「レイモンド!!」
思いきって両肩をつかみ揺さぶった。両手に伝わる痛みは先程の比ではない。それでも、放すわけにはいかなかった。放せば、ミアのようになってしまう気がして。
「!!」
レイモンドは息を飲んだ。のだと思う。
全身が心臓になったのではないかというくらい、ドキンドキンと脈打っている。吹き出した汗に貼り付いた髪が気持ち悪い。
「息を吐け」
言われて初めて、自分が呼吸をしていないことに気付いた。言われるままに息を吐いて、吐ききると、自然に空気が肺に入ってきた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ…」
返事をしてから、レイモンドは髪を撫でる指に気付く。自分が誰に抱えられているのかも。
「呼吸不全を起こしていたから、起こした」
そう言って離れていく温もりを、おしいと思っている、自分にも。
「…そうか。手間をかけたな」
顔をぬぐって、なんでもないように伸びをした。どうも頭がすっきりしないのは、夢を見ていたからだろう。どんな夢かは忘れてしまったが、録な夢でなかったのは確かだ。
差し出された水筒を受け取ったレイモンドは、迷った後に口を開いた。
「お前は、夢を見なかったか?」
「夢?」
どんな、とは聞かなかった。レイモンドがうなされていたこともわざわざ言うことではないだろう。首をかしげるアレクシアに、レイモンドはなんでもないのだと頭を振った。
「どのくらい眠ってた?」
装備を確認し、格子の外の様子をうかがいながら問う。地下牢には外に面した窓もないから、正確な時間はわからない。アレクシアは「さぁ?」と肩をすくめたが、大体の時間は腹具合から察しがついた。
「そろそろ日が沈む頃じゃないか」
「そんなもんだろうな」
鉄格子の向こう側は相変わらず静まり返っている。アレクシアとレイモンドは顔を見合わせ頷きあうと、行動を開始した。
鉄格子を斬ろうと剣に手を伸ばしたアレクシアを制して、レイモンドは鉄格子の内側から器用に鍵穴へと腕を伸ばす。針金一本で錠を外してしまったレイモンドの慣れた手付きに、アレクシアはこの男は盗賊だったのだと思いだし、笑ってしまった。
「なんだよ」
「別に」
レイモンドは文句を言いたそうにアレクシアを睨んだが、結局何も言わない。単に本調子ではないからかもしれないが、文句を言わないレイモンドというのは珍しい。
「行くのか」
どうするんだ、と空いた扉を前に問うレイモンドに、アレクシアは「当たり前だ」と力強く笑った。