ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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38ー4

 市内が騒がしいとベンが言い出したのは、昼前に降りだした雨が強くなりだした頃だった。
 雨の音じゃないのかと問うリリアに、ベンは首を振ると窓の外を見るように促してきた。
 窓に近付き外を伺う。成程、確かに騒ぎは起きていた。城の衛士が二人の男女に縄を打って連行していくのを、街の人々が遠巻きにしながらついていくのが見える。

「例の侵入者じゃねぇかな」

 十中八九そうだろう。だとすれば嫌な予感がする。

「近くで見てくる」

 言うが早いか、リリアは外套を羽織って部屋を飛び出した。ベンとサーディは制止しようとしたものの、顔を見合わせると直ぐにリリアの後に続く。
 人垣に阻まれて立ち往生しているリリアには、すぐに追い付いた。ちらりと視線をくれるリリアに、ベンは騒ぎに乗じて食料を手にいれてくると囁いて、そっとその場を離れていった。リリアの横にはサーディが残る。覇気もなければ役にも立たないオウジサマに、リリアは面倒臭そうに眉をしかめたが、何も言わずに連行されていく男女を伺う。

「顔が見えないわ」

 城を襲撃した者がいるという噂を聞いた時から、リリアは襲撃者を確信している。彼等ならばやりかねない、という思い込みだけを根拠に。助けにいくのは容易いが、街を民衆を戦いに巻き込むような事態は避けたい。
 せめて人物の特定を出来ないかと身を乗り出すうちに、リリアは人垣の随分前の方まで出てきてしまっていた。その肩を、ぐい、と何者かに掴まれた。

「!」

 声を上げこそしなかったものの、周りの人間が異常に気付くくらいははっきりとした反応をしてしまった。勿論、一応ついてきていたサーディもリリアの異変に気付く。懐に忍ばせていた武器に伸ばしたサーディの手を止めたのは、リリアの肩を引いた細身の男だった。

「こんなところで。やめておけ」

 優しい、とさえ聞こえそうな声だが、低く囁いたた声には威圧感があった。
 リリアには、その声に覚えがある。ありすぎるほどに。

「ディ…」

 いかにも気が抜けたという風に名を呟くリリアに、ディクトールは「にこり」と音がしそうな完璧な笑顔を見せた。



 街の人々が見守る中、男女は城に連れていかれてしまった。正門前に集まって様子を伺う人々は、暫くすると衛兵に追い立てられて各々の家路につく。集会は禁じられていた。葬式でもなければ、何人かで集まって話もできない。
 ディクトールはリリアとサーディを教会へ連れていった。途中でベンも合流し、4人は遅い昼食に匙を落としている。

「どちらから話そうか」

 粗末な食事をあっという間に胃袋に収めてしまうと、ディクトールはテーブルの上に手を組んで穏やかに言った。どちらから、と口では言っていても、その目はベンとサーディに「お前たちは誰だ」と冷めた問いを発している。

「なんだ。嬢ちゃんのツレか」

 あからさまな態度に苦笑して、ベンは意味ありげに親指を一本立てて見せた。

「そんなんじゃないわよ」

 こんな恐ろしい男と付き合うなんて冗談じゃないと、リリアは即座に否定した。ディクトールが顔色ひとつ変えずに死の魔法を行使するのは、何度見ても、相手が例え魔物であろうと、気持ちのいいものじゃない。

「仲間だけどね」

 大体の事情は説明してあったので、それだけでベンとサーディは納得したようだ。

「じゃあ、レイモンドともお友達ってわけだ」

 お友達、という単語に、ディクトールは嫌そうにわずかばかり眉を動かしたが、何も言わずに差し出された手を取った。
 お互い簡単に自己紹介をして、サーディとも同様に握手を交わした。

「これでもこちら、王子サマよ。偽の王を成敗しにいらしたの」
「からかわないでくれ」
「あら、本当のことでしょう」

 からかってはいない。皮肉のつもりだ。
 いずれにしても、サーディは鼻に皺を寄せ、不愉快だとばかりに椅子の背に体を凭れさせる。

「方法は見付けたわ。力がないだけ」

 真面目な表情に戻って、リリアはディクトールを見詰める。

「アルは?」

 ディクトールはリリアの視線を受け止めはしたものの、すぐに口を開かない。一緒ではないのは確かだが、問題はいつから彼女達の動向を見失っていたか、である。

「無事なの?」

 これにはディクトールはすぐに頷いた。

「さっき君も見たろ。二人は無事だよ。少なくともまだ、ね」

 含んだ物言いに目を細めたリリアに、ディクトールは

「気付かないかい? ここに来たときより、明らかに邪気が濃くなってる」

 言われて意識を集中してみれば、確かにそんな気がする。魔法使いでも何でもないベンたちには、さっぱりわからないのだが。

「僕もさっき気付いた。初めからこの街は、街全体がうっすらと黒いもので覆われているようだったけど、初日より今日の方が、それが強い。なぜだと思う?」

 首をかしげるリリアに、ディクトールはついてこいと席を立った。向かったのは教会の墓地で、真新しい順にディクトールは日にちを読み上げる。

「7日置きなんだ。偶然にしちゃ出来すぎだろ?」

 一行がサマンオサについた日、葬儀が行われていたのが5日前。この流れでいくと、次に葬式をするのは二日後ということになる。

「偶然じゃないの…?」

 自分の言葉がこれほど薄っぺらく感じたことはない。寒気を感じて、リリアは自分を抱き締めるように腕を組んだ。

「僕はそうは思わない」

 傲るでもなく、怯えるでもなく、至極自然にそう言ったディクトールは、墓標に祈りを捧げると、再び三人に教会に入るように促した。外にいては人目に触れる。疑われるような行動を取るべきではなかった。リリア達もディクトールに倣い、墓参りを装っている。

「アルとレイモンドだけど、僕の考えではあと二日は処刑されない。加えて、今牢には他に囚人はいないから、この二日間に別の死体が出来ることもないはずだ」
「囚人が増えなければ、か」

 と言うベンにディクトールは頷いたが、リリアは納得が行かない。

「だからって、それまで二人を放っておこうってわけ? あんたらしくもないわね?」

 仮に殺されなくたって、無事でいるとは限らない。レイモンドならまだしも、アレクシア大事のディクトールが二日も猶予期間をもうけるとは意外に過ぎた。
 リリアの責めるような口調に、ディクトールはさも心外だと眉間にシワを寄せる。

「無計画に敵の懐に入り込んで、レイモンドの二の舞になるのはごめんだからね」

 僕は僕なりに調べていたんだと、古い紙の束を取り出した。余程注意して取り扱わなければ、触れた所からぼろぼろと崩れてしまうだろう。

「どうせ乗り込むなら、この国の呪縛を取り払う。アルならそう言う筈だ。だったら僕は、アルの思う通りに事を進めたい。時間はあまりないんだよ」

 茶色く変色した紙の一点を指差し、ディクトールは流暢にルーンを発音した。「ラー・エ・スペクルム」と、そう聞こえる。意味は解らないが、古文書に描かれたものには見覚えがあった。

「太陽神ラーの鏡」

 独り言のように呟いたサーディに、ディクトールははっきりと驚いた顔をした。むっと、ディクトールを睨むサーディが口を開く前に、リリアが二人の間に腕を入れる。

「方法は見付けたっていったでしょ。あんたも解っているなら話が早いわ。それならもう持ってる」
「…なんだって?」
「だから、もう持ってるのよ。手に入れてきたの!」

 サーディが下げている楽器入れのずだ袋の中だ。

「…見せてもらっても?」

 サーディはベンとリリアを順に見て、二人がうなずくと、首から袈裟懸けに下げていた袋を卓上に置いた。ごとりと、重たい音がする。
 中を改めるなり、ディクトールは再びルーンを唱えた。鏡を縁取る文字が光る。サーディとベンが食い入るように見守るなか、リリアだけが鏡から顔を背けていた。

「うん」

 満足そうに頷いて、ディクトールは再び鏡を袋にしまい口を閉じた。当然返ってくるものと手を伸ばしたサーディに、にこりと微笑んで、

「手間が省けた。ありがとう。これでアルを助けに行ける」
「おいっ?」

 椅子から尻を上げて抗議するサーディから袋を遠ざけて、ディクトールはリリアに言った。

「今夜にでも決行だ。いいかい?」
「構わないわ」

 驚いたのはベンだ。

「これだけの人数でか? そりゃあ無茶だ」
「いや。人手は少ない方がいい。敵に気取られる。だからこれは、僕らが預かります」

 にこり。有無を言わせぬ完璧な笑み。微笑みがこれほどはっきりとした拒絶を表せることを、ベンとサーディははじめて知った。
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