ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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37-3

 リリアがサーディらと共にラーの鏡を手に入れてから三日。
 案の定と言うべきか、王都では騒ぎが起きていた。

 隠れ家にしている空き家の、二階の窓から下を伺って、ベンはやれやれと溜め息を吐く。

「何かやらかしてくれると期待してはいたが」

 窓から離れて背後を振り返ると、ぶすくれたリリアが一脚しかない椅子を占領していた。

「ナニヨ」
「いや、期待以上だよ」

 嫌味のこもった物言いに、あたしのせいじゃないじゃない、と怒鳴りたいのを我慢して口の中で文句を言う。
 ベンが嫌味のひとつもいいたくなるのもわからないではないのだ。
 サマンオサ解放運動をしている地下組織のうち、神殿の捜索に割いた人員は、ベンとサーディを除いて全滅。リリアという戦力を新たに加えたとはいえ、手痛い損害だった。更に隠れ家に戻った彼等は、隠れ家が襲撃された事を知る。レジスタンスを名乗る何者かによって王城が襲撃され、サーディ達のアジトが衛兵達に襲われたのだ。街に残していた仲間も散り散りになってしまった。リリア達に襲撃の事を伝えた仲間も、逃亡劇の最中命を失った。リリア達はどうにか捜索の手を逃れてこの放置された館に身を潜めることができたが、それも食糧などの問題からあと数日が限度だった。この閉鎖された街で余所者がうろつくリスクは考えるまでもない。食糧調達が出来なければ籠城も何もあったものではないが、外から補給を受けられる状況になくなってしまったのだ。

「あんた達こそ、いい仲間をお持ちじゃないの」

 こちらも皮肉たっぷりに言い返してやる。死んだ仲間から聞いた話では、城を襲撃したレジスタンスの中にアレクシアとレイモンドが居たのは確かなようだ。だがしかし、彼等二人だけでそんなことをするわけがない。やむを得ない状況でレジスタンスに参加したと見るのが正しいだろう。

「それなんだが」

 ベンの回答は歯切れが悪い。

「だが、なによ」

 椅子に高々と足を組み、イライラと指を叩く様はまるで女王様だ。本当の王子様であるサーディは、彼女の足元にぺたりと座り込んでいる。

「仲間など居ない」

 顔をあげるのすら億劫らしく、床を見つめたままサーディは吐き捨てた。リリアはじっと台詞の続きを待ったが、それ以上説明するつもりはないらしい。リリアの無言の追求を受けて、苦笑しつつもベンが説明を引き継ぐ。

「ざっくりでいいな」
「勿論」

 盗賊ギルドが壊滅する以前から、ベン達は、閉鎖されたサマンオサに物資を運び入れていた。その手引きをしていたのが、ギルドと関係のある商家の数々だった。その商家も2年前のギルド粛清の時、ギルドと同じ運命を遂げている。ギルドの協力者、反王国派の運動家は、この時ほぼ壊滅した。国外にいたベン達は情報もない状態で孤立し、藁にもすがる思いで面識のないレイモンドにさえ協力を頼んだりもした。時間が経てば経つほどに、サーディ達レジスタンスの活動は苦しくなり、窮鼠猫を噛む心境で今回の侵入作戦に踏みたった。レイモンドが帰国していたのとタイミングを同じくしたのは全くの偶然で、ラーの鏡を手に入れられたのだって、今となっては奇跡に等しい。

「ちょっと待って、それじゃあ…」

 唖然とリリアが口を挟むのも仕方ない。

「ああ。協力者らしい協力者なんて居やしないんだ」

 自嘲気味にサーディが頷く。王子さまが聞いてあきれるだろうと、空になった水筒を放った。

「国内にレジスタンスがいるという情報は得ていたんだが、所詮は不満を抱えただけの烏合の衆だろう」
「それでも居ないよりはマシでしょ。なんで連携しないのよ」

 奇しくも連携をとったような結果にはなったのだが、その結果も逆にこちらの足を引っ張るものになった。

「繋ぎの女とも二ヶ月くらい前から連絡が付かなくなってな。それで今回の侵入に踏み切ったんだ」
「女?」

 何の気なしに繰り返す。

「ああ。ミアって言ってな。あんたと同じくらいかな」

 なんでもない風にベンは言った。それが余計に引っ掛かって、首をかしげるリリアに、サーディがぼそりと「ベンの死んだ妻の妹だ」と言った。サーディはリリアにだけ聞こえるように言ったつもりだろうが、ベンの耳にも届いていて、ベンは参ったと頭をかいた。

「妻なんて上等なもんじゃねぇよ」

 そういって笑う顔が、余計に切なくて、リリアは言葉を失ってしまう。滞在して数日だが、この街で連絡がとれなくなるというのがどう言うことか、リリアにも解る。下唇を噛み、ぐっと拳を固めるリリアに、ベンは「ま、こんな時代だからな」と鼻をすすった。



 リリアが身を潜めている頃、ディクトールは最初の騒ぎが起きた墓所にいた。正確には、墓所を管理する教会の阿舎(あずまや)だ。そこで怪我人の面倒を見ながら、アレクシアの行方を探している。
 三日前。レジスタンスが城を襲撃したあの日。ディクトールは地下通路でアレクシアとレイモンドが行動を共にしていたレジスタンスの生き残りを保護した。生きてディクトールの元に辿り着いた二人のうち、一人は阿舎に着いて暫くして息を引き取った。
 正気を取り戻したゼケットから事情を聞き、地下通路の惨状に怯える人々を宥め、叱咤しながらなんとか地下牢からは脱出したものの、そのお陰で誰よりも人々に頼りにされてしまったディクトールは、城にいるであろうアレクシアを追い掛けることが出来なかった。
 不本意だが、レイモンドが一緒ならば滅多なことはあるまいと安心していたのだ。しかし未だに消息が掴めないとなるとそうもいっていられない。

(それに…)

 ゼケットが持っていた例の小瓶は、今もディクトールが管理している。
 唯の水を聖水だとゼケットに渡した、ミアという女の消息も掴めていない。
 街全体を覆う大きな闇に惑わされて、影の存在を見落としている。そんな気がしてならない。
 街にはまだまだ衛兵の姿が目立つ。しかし彼等のすべてが敵ではないことは、この四日間ではっきりしている。否、例え国中が、街の全ての人間が敵対したとしても、アレクシアと再び見える為ならば問題ではない。
 魔法の法衣の上からぼろ布を纏い、ディクトールは阿舎を後にした。いつのまにか降りだした雨で、掘り返したばかりの地面はぬかるみ、ブーツの踵を呑み込もうとする。埋葬したばかりの憐れな街人が、寂しい冥府の道連れを、求めてでもいるかのように。
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