ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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37.太陽神の鏡

 サマンオサ城の南東、緑の森の奥、美しい湖に周囲を取り囲まれた孤島がある。そこにはサマンオサの守護神太陽神ラーを奉る神殿があり、その神殿の長にはサマンオサ王家と袂を同じくする神官一族がつくことになっていた。
 人が容易に立ち入ることが出来ないように、わざわざ神が神殿を険しい岩山の上に造ったような印象を与えるその島は、サマンオサ王国にとっての聖地であり、新王即位の折には欠くことの出来ない神器が奉納されている。立ち入りが困難な聖域から神器を持ち帰る事ではじめて、王は神の代理人として認められ、サマンオサ王国の主となるのだ。
 しかし神殿は太陽神信仰が禁じられた今は誰も足を踏み入れない魔の巣窟となっていた。本来は神殿であったそこに、何故神とは対極にある魔物が棲み着いたのかはわからない。ただ事実として、緑輝く森は暗く光を拒み、小鳥が囀ずる梢には赤く輝く瞳持つ獣達が息を潜め、美しかった湖は腐臭を放つ毒の沼と化した。

「ひどい匂い…」

 思いきり顔をしかめて、リリアはローブの袖で鼻と口を覆った。
 朽ちかけた橋を超えて島に渡る。かつては美しかったであろう神殿は、びっしりと棘のある蔦に表面を覆われ、周囲も同様の棘だらけの樹木に囲まれていた。不気味に捻れた毒々しい紫色をした木々。周囲を覆う沼の水を吸って育った為か、はたまたこの植物のせいで湖が毒の沼地と化したのか。何れにせよ、沼も木々も、死者の世界のものが現し世に溢れ出てきたかのようだった。
 周囲の観察を続けていたリリアを、男が手招いた。神殿の扉を封じていた頑丈な錠は、いつのまにか解錠されている。

「魔物が出た時は、助力を期待していいんだな?」
「まぁね。あんたたちこそ、手間かけさせないでよね」

 じろりと見やると、ベンはおどけたように肩をすくめた。

「荒事は俺達の本分じゃないんだがな」

 本分であろうが無かろうが、飛んでくる火の粉を払うくらいの能力はあると、そうリリアは踏んでいる。そうでなければ今の今までレジスタンスなんてやってこられなかっただろうし、リリア達同様サマンオサに侵入してくることも出来なかっただろうから。
 しん、と静まり返った神殿の内部は暗く、何処か空気も澱んでいるようだった。



 葬式の混乱で、アレクシア達とはぐれてから、二日経っていた。
 リリアがアレクシアとレイモンドの仲間だと知ってからの、ベン達の行動は早かった。8人の仲間のうち、5人とリリアが夜のうちに街を出、一日かけてこの孤島までやってきたのだ。もともとそういう手筈だったのだが、予定を一日早めての出発だという。早めたのは、勿論アレクシア達が入国しているというイレギュラーが生じた為だ。

「噂が本当なら、城の中は魔物の巣窟さ。無事ブツを手に入れたって、正直俺達だけじゃあ心許ない」

 道すがら、ベンがリリアに語った計画はこうだ。
 真実を映すという、太陽神ラーの鏡を用いて、王の化けの皮を剥ぐ。
 ラーの鏡と言えば、世界樹の葉の伝説同様、絵本の中にすら出てくるかどうか、神話も神話、語られることすら忘れられかけた伝説の代物だ。
 魔術師として、当然リリアはその存在を知っていたが、まさか実在するとは思っていなかった。その鏡を、サマンオサ王国は所持しているという。
 ホセ王家に変化の杖が伝わるように、神殿にはラーの鏡が伝わった。対となる、ふたつの神器が王家と神殿にそれぞれ分けて保管されたのは、互いを牽制し見張る意味があったのだろう。
 これらの情報は秘密中の秘密。特に変化の杖の存在などは、国の、否、世界規模の秘密だ。それを知り得るのは代々のサマンオサ王とそれに準ずる権威である神殿長。この二人以外にはいない。レイモンドのような例外もあるから、リリアはレイモンドの盗賊仲間だというベン達が、この情報を知っていることに、そこまでの違和感を感じはしなかった。
 ラーの鏡を手に入れ、人間の皮を被った城の人間達の化けの皮を剥ぐ。化け物どもと戦い、これを排除し、サマンオサに正統な人間の新王を戴くのだ。
 魔物の巣窟となった城にどうやって侵入し、そこからどうやって王の化けの皮を剥ぐのか、正体を表した王を倒す算段は、これからつけようとしていたのだという。敵がどれ程の戦力を有していて、味方はどれだけ頼りになるのか、それが全く解っていなかったという辺り、ベン達もサマンオサ市街に潜むゼケット達と似たようなものだ。もしかしたら、サマンオサ人というのは、そういう楽天的な人種なのかもしれない。

「レイモンドがどんな男なのか、俺はよくは知らないが」

 サマンオサにいた頃、ギルドマスターの秘蔵っ子が優秀な若者に有りがちな高慢な奴だという噂は聞いた。それと同時に、非情なまでに頭の切れる男だということも。

「あのお嬢ちゃんも一緒なら、何か騒ぎを起こしてくれそうじゃねぇか」

 そう言って、ベンは声をあげて笑った。
 この時まさに、その騒ぎが起きているとは流石に知るよしもないが、騒ぎ云々についてはリリアも否定はしない。着いて早々あんなことになったのだから。多少ばつの悪いものを感じて、リリアは無理矢理話を変えた。

「偽者にとって都合の悪い物を、どうして放っておいたのかしら」

 魔物が化けているという王も楽観主義者だというわけではあるまい。

「放っておいたわけじゃない。手に入れることができなかったんだ」

 リリアの問いに答えたのは、一癖も二癖もありそうな盗賊達の中で明らかに浮いた存在のサーディーだった。サーディーはことあるごとに竪琴をかき鳴らし、芝居かかった仕種でリリアを口説いてきたが、このときばかりは真面目な顔をしている。

「鏡は定められた方法でしか取り出せない。だから奴等はそれを知る人間を排除し、神殿に人が近寄れないようにした」

 神殿の周囲に毒をまき、棘で人の立ち入りを難しくした。

「定められた方法?」

 ここまでくれば聞かなくとも答えは見えたようなものだ。リリアは神殿を見詰める吟遊詩人の横顔を見詰めた。どことなく高貴な顔立ちをしている、といわれればそう見えなくもない。

「それを知るあなたは、オウジサマってわけ?」

 リリアを取り巻く男達の顔色が変わった。ウソをつくのが下手な盗賊もいたものだ。
 ばか正直に反応してしまった後で、ベンは取り繕おうと笑みを作り、やがてそれすら遅いと力を抜いた。男たちがそれとなくリリアを囲むように動く中、自身もいつでもダガーを抜ける姿勢で、ベンはリリアに笑いかけた。

「あちゃあ、マズったな。ばれちまったか」
「わからないわけないじゃない。自分で白状したようなもんなのに、口封じにあたしをどうこうしようなんて言うんじゃないでしょうね」
「いやぁ、まぁ、うーん」

 困ったな、と鼻をかくベンの出が霞む早さで動いた。同時にリリアも魔道士の杖を上げてルーンを紡いだ。爆発と、断末魔が上がったのが、殆ど同時だった。
 廊下の陰から、まさしく滲み出てきた影が同時にふたつ掻き消える。

「意外とやるじゃない」
「お嬢ちゃんもな」

 ベンとリリアが不敵に笑いあった時、戦いは既に始まっていた。
 沼を棲処としていたのだろうガメゴン、実態を持たぬ冥府の遣いシャドー、死を操るネクロマンサーといった魔物たちと、リリアとサーディーを挟んで男たちが戦っている。狭い屋内の利点を活かし、非戦闘要員である二人を守って戦う常套手段ではあるが、挟み撃ちにされたという見方も出来なくもない。
 盗賊たちは手練れだった。しかしそれは相手が人間だった場合のことで、まして要人を守りながらの戦いには不慣れであるように見えた。戦闘が長期化するにつれ、襲い来る魔物の数も多くなる。巨体にものを言わせて突っ込んでガメゴンに、男の一人が吹き飛ばされた。男の体は力なく宙を舞った後で、ぐしゃりと石の床に落ちた。手足は不自然な場所で折れ曲がり、赤い肉を突き破って白い骨が覗いている。呻き声が聞こえたから、辛うじて生きて入るらしいが、生憎気に止めている余裕がない。男の抜けた穴を魔物がすり抜けてくる。

「ヒャダルコ!」

 リリアの放った効果範囲を絞ったヒャダルコが、ガメゴンを氷付けのオブジェに変える。間髪入れずに、リリアは氷ごとガメゴンを打ち砕いた。

「ひぃっ」

 肉片混じりの赤い氷にサーディーが息を飲む。リリアにしがみついて来なかっただけマシかもしれない。それすら出来ないほどにすくんでしまっているだけかもしれないが。

「こっち!」
「えっ? うわぁっ」

 形だけ聖なるナイフを構えていたサーディーを引っ張って壁を背にする。情けない悲鳴が上がったが勿論無視だ。
 リリアは魔法使いだが、伊達に旅をしてきたのではない。魔法に頼らない戦い方も心得てはいた。少なくともサーディーよりはマシだ。追い縋ってきた死霊魔術師のダガーを、杖で弾いて押し返す。

(あんたがいないから!)

 思わずついた悪態は、ここにはいない男に向けてだ。
 恋人と呼ばれる男に教えられたのは、恋の甘さだけじゃない。武器の使い方は勿論、無理矢理に徒手空拳の護身術も仕込まれた。

(何が『オレが守ってやる』よ!)

「メラミ!!」

 火球がネクロマンサーを飲み込んだ。炎を纏って躍り狂うネクロマンサーの背中に、とどめのメラミを放つ。それきりネクロマンサーには目もくれず、リリアは戦場を観察した。
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