ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 地下廊から出て、人目を避け城壁の中に設けられた階段を登っていたアレクシアは、突如頭痛に襲われ壁に手をついた。

「…レイ?」

 なぜそう思ったのかは解らない。痛みと共に脳裏を掠めた、金髪の仲間の姿に、アレクシアは一気に狭い階段を駆け上がった。その間もずっと、不安が胸をざわめかせる。
 もどかしく城壁から飛び出したアレクシアの耳朶を、明らかな争いの音が打った。混乱という音の嵐の中から、辛うじて聞き取れたのは「侵入者」という単語だけ。けれど、それだけで十分だった。

「あのバカ」

 ゼケット達以外にレジスタンスがいるとは考えづらい。彼等の侵入が露呈したとして、彼ら自身が城の兵士と戦闘状態に入るわけがない。となれば答えは明らかだ。
 舌打ちして走り出すアレクシアの脳裏に別れ際の会話が蘇る。

『捕まるなよ。最悪こちらで騒ぎを起こす』

 確かに、アレクシアは捕まったかもしれない。
 けれどこんな騒ぎを起こされなければならないような、危機的な状況には陥っていない。陥っているとすれば、それはレイモンドの方ではないのか。
 より音の大きな方へ、騒ぎの中心へと走る。途中兵士に見咎められたがもちろん無視した。振り切れない時は実力行使も辞さなかった。
 アレクシア自身も追われる身となりながら、中二階の広間に走り出る。あと一枚、扉を抜ければ謁見の間だ。その広間の真ん中に、満身創痍のレイモンドがいた。十重二十重に兵士に囲まれ、彼我の間には兵士がうめき声を上げて倒れている。

「レイ!!」

 呼んでみたが反応がない。
 振り返ったのは、レイモンドを囲んでいた兵士の方だ。その中に、城門でアレクシアに逃げろと言った兵士がいた。一瞬だけ目が合う。それだけで充分だ。
 追手が追い付いた瞬間に、アレクシアは自分を中心にラリホーを発動させた。ばたばたと衛兵達が倒れていく。そのタイミングにあわせて、門兵が囲みの内側に倒れ込んだ。囲みが崩れる。僅かに開いたその隙間に向かって、アレクシアは床を蹴った。

「レイ!」

 人垣を突っ切って、レイモンドと背中合わせに立つ。鋭く短く名を呼んでも、レイモンドからは反応がない。じりじりと包囲の輪を狭めてくる兵士達を睨み付けつつ、アレクシアはレイモンドの腕を掴んだ。

「レイ、逃げるぞ」

 否、つかんだと思った。振り払われたというよりは、弾かれた手に軽いしびれが残っている。信じられないものを見るように見上げたのは、背筋が凍るほどの冷たい眼差し。翡翠の瞳に暗い炎が踊る。狂気と言う名の暗い炎が。

 これは誰だ?

 問うまでもない。アレクシアは知っていた。
 レイモンドでないのなら、これは彼だ。

 アレクシアなど見えていないように、金髪の若者は聞き慣れない言葉を吟いながら兵士に向かって長剣をつき出す。切っ先から生まれた見えない波動が兵士を蹴散らし、反動のようにレイモンドの体が傾いだ。血の気を失った頬の白さにぞっとする。周囲を囲まれている状況など忘れて、アレクシアはレイモンドに組み付いた。

「ロト! やめて!」

 うるさげに振り払おうとする若者の肩に、必死に取り縋って尚もわめき続ける。

「ロト!!」

 二人の異常さに衛兵達の攻撃の手が緩んだ。もとより、彼らが守るべき王はここになく、彼らはただ、彼等自身と仲間と家族の為に、侵入者を排除しようとしているに過ぎない。
 アレクシア達の様子を伺いながら、倒れた仲間を助け起こして後方に庇う。衛兵達の方でも、体制を建て直す時間が必要だった。
 女の登場で男の抵抗は明らかに弱まった。女は男の攻撃を止めようとしている。囲みに穴をあけてやれば、これ以上の被害を出さずに逃げてくれるのではないのか?
 門兵の目配せに気付いた衛兵達の間にそんな雰囲気が広がる。ゆっくりと再展開を始めた衛兵達の包囲網は、自然、庭に面した窓側を避けて展開される。
 勿論アレクシアも気付いた。しかしレイモンドが言うことを聞かない。ここまでどれだけの無茶をしてきたのか知らないが、相当疲弊している。にもかかわらず、未だアレクシアはレイモンドの動きを御し得ないでいる。もし彼が万全であったなら、アレクシアはレイモンドに敵わないだろう。

「いい加減に…っ!」

 包囲の輪が狭まる。階下から別の気配が迫りつつあった。人間ではない。例の気配だ。

「しろ!!」

 背中に組み付いたアレクシアを投げ跳ばそうとしていたレイモンドから一度手を離し、アレクシアはレイモンドの横っ腹に強烈な肘打ちを叩き込んだ。筋肉に鎧われないそこは、大地の鎧越しでも十分に衝撃を内臓に伝える。たまらず体をくの字に曲げたレイモンドの顎に、下から掌底を叩き込む。白目を向いて崩れたレイモンドが、完全に膝をつく前に、アレクシアは意識のないレイモンドの体の下に潜り込んだ。
 意識のない人間がこんなにも重たいとは知らなかった。背骨が軋んで息をするのも辛い。それでもここでアレクシアが膝を付くわけにはいかない。奥歯に力を込めて上体を起こす。様子を伺いつつ包囲の輪を縮めてくる衛兵に向けて、アレクシアはベギラマを放った。続けて二発。牽制になればいい。
 爆煙で白く煙る通路を突っ切って、窓枠に向かって走った。飛び降りるには、肩に担いだ荷物が勝ちすぎる。

「ルーラ!」

 術式も詠唱もすっ飛ばし、移動先のイメージも決めないまま術を発動する。ルーラの光に包まれたアレクシアとレイモンドは、高価な嵌め込みガラスごと窓枠を砕いて空中に飛び出した。硝子の破片がきらきらと光を跳ね返す中、二人の姿は虚空に消えた。
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