ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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36-7

 男たちと共に解放作戦に加わるというアレクシアに、ミアは正気かと目を見張った。

「うん。昨日ゼケットさんにも話したんだけど、正面から訪ねることにした。陽動になると思うんだ。だからこれ、折角だけど」

 昨日借りた衣装は全て畳んである。洗濯までは出来なかったが、下手に洗うと複雑な刺繍を駄目にしてしまいそうだったから、逆にそれでよかったかもしれない。
 アレクシアは今、やって来た時と同じ、旅装束に身を包んでいる。

「ずるい…」
「え?」

 受け取った衣装に視線を落として、ミアがポツリと呟いた。

「昨日だって、レイとどこかいっちゃって。今日だって、一緒に行くんだ…」
「何? ミア。よく聞こえない」

 ミアの顔を覗き込んだアレクシアは、彼女の浮かべている表情に思わず息を飲んだ。しかし次の瞬間には、ミアは顔をあげてにこりと微笑んでいる。

「気を付けてね。無事を祈っているから」
「あ、うん。ありがとう」
「じゃあ、あたし行くね」

 にこり。衣装を抱えて部屋を出ていくミアの後ろ姿を目で追って、アレクシアはさっきのは見間違いに違いないと、無理矢理に自分を納得させた。
 初めて感じた。自分に向けられた悪意という得体の知れない人間の感情。魔物に囲まれたって、こんな気分にはならない。

(おさまれ)

 心臓はどきどきと胸を叩き、指先は冷たく色を失っている。

「アレク!」

 階段下でレイモンドが呼んでいる。何度か深呼吸を繰り返してから、アレクシアは「今行く」と踵を返した。


 アレクシアが正面から王城を訪ね、王に謁見を申し込む。歓待されるか、捕まるか。いずれにせよ、注意がアレクシアに行くことは間違いない。
 その間にゼケット達は内通者の手引きで地下牢に幽閉されている人々を逃がすという計画だ。レイモンドはゼケット達と行動を共にする。途中で変化の杖の所在を調べるために単独行動を取るつもりではいるが。

「杜撰だな」

 作戦というのも烏滸がましい行動計画だ。地下牢の警備は厳重ではないらしいし、うまく運べば簡単な作戦なのだろう。だが、訓練された部隊がやるから簡単なのであって、ここの連中では捕縛者を増やすだけの結果に終わりそうで恐ろしい。

「最悪こっちで騒ぎを起こす。捕まるなよ」
「どっちが」

 軽く拳を打ち付けあって、二人は別れた。
 王城までは一本道。ここからはアレクシア一人で行く。

(ずいぶん昔のことみたいだ)

 あれからまだ、2年も経っていない。
 16歳になった朝も、こうして城に向かう道を一人歩いていた。
 あの時は旅立ちの為に。ただ旅に出る。少し先のことすら考えられなかった。それだけが目的だったから。
 今は違う。
 城に行った後の事、そこから先のことまで考えることができる。朧ながら思い描くことも。

「止まれ!」

 ガシャンと儀仗槍が行く手を遮る。

「なにものだ!」

 アレクシアは臆することなく、真っ直ぐ顔を上げていた。

「アリアハンのオルテガが子、アレクシア。サマンオサ王にご挨拶差し上げたい」

 門兵は顔を見合わせて、ここで待てと一人が詰所へ走っていった。

「アリアハンのアレクシア殿。武器をお預かりする」
「お願いする」

 鋼の剣を鞘ごと渡す。兵士は受け取り様、

「なぜ来た。早く逃げろ」

 と囁いた。驚き見上げるアレクシアから目をそらし、なかなか剣を引き取ろうとしない。アレクシアは息を吐くように笑うと、自ら鋼の剣を兵士の腕に押し付けた。

「助けに来た。任せろ」

 不敵に笑う少女に、今度は兵士が目を見張る。そうこうしている間に武装した兵士の一団が城の中から現れ、門兵はもうどうしようもないと、目を伏せた。

「国王陛下がお会いになる」

 集団の先頭にいた騎士がそう告げた時には、もうアレクシアは周囲を兵士に取り囲まれていた。


 先導する騎士も、謁見の間で玉座の左右に控えていた騎士も、人間ではないと直感的に悟った。
 勿論、玉座の主その人も。

「アリアハンの勇者だと?」

 玉座からの視線に体がすくむ。
 動物としての本能が、逃げ出したいと叫ぶのを、アレクシアは意思の力で抑え込んだ。瞳に精一杯の力を込めて、玉座を睨み付ける。

「バカなことを。アリアハンのような遠方から、こんな小娘がやってこれる訳がない」

 羽虫でも追い払うような仕草で、王はアレクシアをせせら笑った。

「わたくしは、アリアハン国王アンリ21世陛下より、バラモス討伐の命を受けております。国王陛下、どうか勇名高きホス家のお力をお貸しください」

 とんだ茶番だ。

「どこの馬の骨とも解らん輩が王の使者を騙るとは! 衛兵! その娘を捕らえよ」

 左右から、厳つい男達がアレクシアの腕を掴む。

「お静かに」

 唇をほとんど動かさずに囁かれた言葉に、こちらもほんのわずかに顎を頷かせるだけで応じた。
 アレクシアは玉座の間を出て回廊を大きく迂回して、地下へ続く石段へとつれていかれた。衛兵から牢番へ、アレクシアの身柄が引き渡される。
 腕を縛られることも、猿轡を咬まされることもなく、アレクシアは牢の一室に幽閉された。鉄格子を閉めた牢番は、これ見よがしに鍵をアレクシアの手が届く場所に置いた。鍵からも、アレクシアからも背を向けて立つ。そしてやおら語り始めた。

「これは独り言だが、地下に抜け道がある。わたしは居眠りする癖があるので、罪人が居なくなっても気付かないだろう」

 その割りに、地下にはアレクシアの他に何人もの人間が幽閉されていた。

「王が偽者だということは城詰めの者なら皆知っている。しかしどうしようもないのだ。城から逃げても、街からは逃げられない」

 城から逃げ出しても、城壁の外には魔物がうろついている。街の外は魔の領域だ。

「逃げなくてもいい世界を、取り戻そうとは思わないの」

 牢の内側から器用に鍵を外しながら、アレクシアは言った。その声は、地下牢全体に響いた。

「魔物になんて、勝てるわけがない」

 諦めきった弱々しい声が、どこからともなく聞こえた。

「じゃあこのまま、嬲り殺されてもいいと?」
「歯向かって殺されるよりはマシよ! 今はまだ生きているもの!」

 向かいの牢で、若い女がヒステリックに叫んだ。

「しかしこのままでは確実に死ぬ。皆殺しだ」

 演説慣れした、しっかりした声。
 地下牢を見渡して、アレクシアは数人の男達が収監されている牢へ歩み寄った。

「手向かっても手向かわなくても死ぬのなら、せめて意味のある死を選びませんか。未来を子供たちに残すために」

 大きくはない。けれどよく通る、響く声。
 ディクトールの呼び掛けに、牢の中からぽつりぽつりと賛同の声が上がる。次第にその声は大きくなり、鉄格子を揺らすほどの大きな歓声に変わった。
 アレクシアが鍵を開けて、その鍵を解放された男達が受け取って、次々と牢を解放していく。

「ディ。煽動者(アジテーター)になれるよ」
「君がきっかけを作ってくれたからだよ」

 否定はしないらしい。肩を竦めて応じてから、ディクトールとアレクシアは再会の握手を交わした。

「痩せた」
「まさか」

 ディクトールは笑ったが、その笑みさえ疲れているように見える。毛布すらない石牢で一晩過ごしたのだ。やつれもするだろう。

「アル。無事でよかった」

 自分が心配されていることなど棚ごとどこかに放り投げて、ディクトールはアレクシアを抱き寄せた。抗議の声ごと胸に抱きしめる。

「君一人かい? 昨夜はどうしてたの? どこか怪我は?」

 矢継ぎ早の質問に答えようにも呼吸さえ儘ならない。アレクシアはむーむーと意味を成さない抗議の声を上げて、意外に逞しい胸をばしばしと叩いた。

「あ、ごめん」

 微かに頬を染めて、照れ隠しのように苦笑するディクトールに、アレクシアもつられたように頬を赤くした。それを誤魔化そうと、殊更事務的に、離れていた間に起きた事を口早に伝えた。
 レイモンドと一緒だったことを聞いたディクトールは僅かに表情をしかめたが、口には出さず、リリアの安否を気遣った。

「まぁ、大丈夫だろうとは思うけど」
「うん…」

 心配なのは確かだ。しかし居ない者の事を気にかけている余裕は、今はない。
 アレクシアは牢番を振り返り、ここの他に地下廊はないのかと問うた。答えたのは牢番ではなく、捕らえられていた男で、元は王宮付の騎士だったというその男が言うには、サマンオサ城にはここの他には地下牢はないということだった。
 となれば、レジスタンスが目指してくるのはここだ。ゼケットはアレクシアより先に出発したのだから、もう到着していなくてはおかしい。アレクシアは顎に手を当てて、少し考え込んだ後、ディクトールに人々を地下の隠し通路から脱出させるように告げた。

「アルはどうするの?」
「少し気になることがある」

 言いながら、目立つマントと肩当てを外してマントに包むと、ディクトールに持っていってと手渡した。その手を、ディクトールが掴む。

「アル」

 咎めるような、諌めるような、苦い表情。無茶をするアレクシアやセイを、常に止めてきたディクトールの顔だ。

「大丈夫。無茶はしないよ」

 その言葉を信用できたら、ディクトールはこんな風にアレクシアを諌めたりはしない。実動レベルで、アレクシアよりもっと無茶をするセイをアレクシアが止めてきた。アレクシアが無茶をする時は、セイがそれを止めてきた。そのセイがいない今、実動レベルでアレクシアをどう止めていいのか、ディクトールには解らない。

「隠し通路でレジスタンスと合流できるはずなんだけど、心許なくてね」

 後半は声を潜めて、アレクシアは心配ないと微笑んで見せた。そっと手首を離させる。無理矢理に解かれた訳ではないのに、ディクトールは抗えなかった。
 じゃあ、と短く告げて、アレクシアは地下牢を駆け出した。
 追い掛けて、隣に並べればいい。そうしたら、無茶をしそうになる彼女を止めてやることも出来ただろうに。

「………」

 いつになっても、背中を見送るだけの自分に、ディクトールは唇を噛んだ。
 置いていかれた訳ではない。事後を託されたのだ。
 それでも、彼女の横を走る金色の残像が脳裏にちらつく限り、この胸に嫉妬の炎が消えることはないのだろう。
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