ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 荷をたたみ、簡単に食事を済ませると、二人は再びレイモンドの呪文で方向を確認して歩き始めた。 
 これまでの経験を踏まえて、範囲を狭めたトヘロスもかけておく。これで魔物と遭遇する確率はぐんと減ったはずだ。
 雪に足を取られ、木々に行く手を阻まれるため、相変わらず進行速度は遅いが、それでも戦闘に次ぐ戦闘をしながら進むよりは各段に早い。
 彼らの行く手に、石造りの物見の塔が現れたのはそれからすぐのことだった。

 古い塔だった。けれど人の気配がする。誰かが生活しているのだ。
 一階部分は倉庫として使っているのか、食糧や補修用の木材など雑多なものが置かれていた。あとは螺旋階段があるだけで、めぼしいものは見当たらない。
 顔を見合せ階段をのぼりはじめたアレクシアとレイモンドは突然上から駆け降りてきた猫にうわっと悲鳴を上げた。

「誰かおるのか?」

 ゆったりとした誰何の声に、そろりと階段上に顔を出す。一階部分と同じだけの広さの部屋が一つ。必要最低限のものだけ置かれた空間に、背の低い鬚もじゃの男が立っていた。アッサラームとバハラダの山道を塞いでいたホビットのノルドによく似ている。この男も、ホビットなのだろう。
 ホビットは、現れた二人をゆっくりと観察した後で、何も言わずに暖炉にかけていたヤカンをとり、熱い茶をカップに注いだ。

「あいにくひとつしかないが、お飲み。温まる」

 同じヤカンから端の欠けた椀に茶を注ぎ、自分も飲み始める。それを見て、まずアレクシアがカップに口をつけた。色は濁っていて、薬草のような香りがしたが、味は思ったほど悪くない。何の乳か分からないが蜂蜜と乳で割ってあるようだ。

「大丈夫かよ」

 小声で囁くレイモンドに黙ってカップを渡す。恐ろしげに中身を覗いているレイモンドに、アレクシアはくすりと笑った。

「いくじなし」

 むっとアレクシアを睨み、意を決してレイモンドはカップに口をつけたが、甘すぎたのか眉をしかめてすぐにアレクシアにカップを突き返した。
 ホビットは、そんなやり取りを気にも留めない様子で、窓の外を眺めている。

「旅の人とは珍しい。わしも昔はオルテガという勇者様のお供をして冒険したものじゃ。オルテガさまは火山の火口に落ちて亡くなったそうじゃが、わしには信じられぬ」

 そう呟いて、首を振る。ホビットの呟きに、二人は驚いて顔を見合わせた。

「オルテガを知っているんですか!?」

 落としそうになったカップをあわてて持ち直し、意気込んで尋ねるアレクシアに、ホビットはおやと顔の半分をふさぐ眉を持ち上げた。

「知っておるよ。あの方は病気の我子のために世界樹の葉を求めておられた。もう何年も前の話じゃ」

 遠くを見つめるように話すホビットの、眉に埋もれた眼はどこを見ているのだろう。

「わたしは! オルテガの子です」

 父が、自分を助けるためにこの森に来たことがあるというのだろうか?
 アレクシアの胸に熱いものがこみあげて、今にも溢れそうになった時、ホビットがほっほと笑い声を立てた。

「面白いことをいうお嬢さんじゃ。オルテガさまのお子は男の子。それにお前さんより、もうすこし大きくなっておいでのはずじゃよ」
「え・・・?」

 すぅっと胸が冷えて行く。アリアハンの母の子ではなく、オルテガの子でもないのなら、では、自分は何だというのだろう?
 生まれなど関係ないと言ってみたところで、全く気にするなというのは無理な話だ。
 信じていたものが、足元から崩れていく。エジンベアで感じた衝撃の比ではない。オルテガの、勇者の子ではないのなら、何故自分は女であることを隠し生きて来たのか。わずか16歳で旅に出なければならなかったのか。
 否、それはいい。自分のことだ。自分で選び、自分で決めた。それよりも、問題なのは――

(セイ!!)

 目の前が真っ暗になる。膝に力が入らない。

「オルテガのこと、きかせてもらえないか」

 よろけたアレクシアを支えながら、レイモンドはホビットに問うた。いつの間に戻ってきたのか、猫を抱き上げながら、ホビットは尚もどこか遠くを見つめたまま言った。問いに答えたというよりは独り言に近い。

「生きておられたら、立派な勇者におなりだったろうに。可哀そうなことじゃ」
「生きていればって…。それじゃあ」

 聞くのが怖い。けれど聞かぬままにしておくことも出来ない。
 尋ねたアレクシアの声はか細く震え、顔色は血の気を失って青白い。
 背を支えるレイモンドの手に力が入る。アレクシアの震えを止めようとするかのように。レイモンドがいなければ、アレクシアはとっくに逃げ出すか倒れるかしていただろう。

「亡くなられた」

 まるで抱き上げた猫がその子供であるかのように、ホビットは愛おしそうに猫を撫でる。

「世界樹の葉は間にあわなんだ。魂がまだそこにあれば、呼び戻すことも出来る。しかし遅すぎた。あるいは幼過ぎたのかも知れぬ」

 ゆるゆると首を振るホビットの腕から、目に見えぬ魂を追うように猫は飛び降りた。にゃあ、と鳴いてアレクシアの足に柔らかな体を擦り寄せる。

「オルテガの妻はアンナマリ。子は、アレクシス…?」

 問い、というよりは確認。呟いたアレクシアをホビットは驚いて見た。

「よくご存知じゃな」
「――はっ」

 顔を半分覆い、溜息とも嘲笑ともとれる息を吐く。肩を抱くレイモンドには、アレクシアの体が細かく震えているのが伝わっていた。その振動が、先程までのものと異なる振動であることも。

「アレク…」

 眉をひそめ諌めようとするレイモンドの言葉を封じるように、アレクシアは肩に置かれたレイモンドの手に手を添えた。それから挑むようにひたとホビットを見据え言った。

「息子を失ったオルテガは、旅の連れに手を付けた。そして生まれた赤ん坊を、死んだ息子の身代わりにしたというわけか!」

 怒鳴ったわけではないが、たたき付けるような、吐き捨てるような物言いだった。常人であれば縮み上がり、腰を抜かしてもおかしくはない。けれどホビットは眉を少し動かしただけで、髭をしごきながら首をわずかに傾げただけ。

「はてさて。オルテガ様に他に子があるとは知らぬ」

 毒気を抜かれ、勢いをなくしながらも、アレクシアは尚も食い下がった。たんに、このホビットが知らないだけかもしれない。
 しかしホビットは再び首を左右に振り、穏やかながらもきっぱりとそれを否定した。

「わしはお二人ほど仲睦まじい夫婦を見たことがない。人間のおまえさんに言うても信じないかもしれないが、お二人には強い魂の絆が見えた。そう、おまえさんがたのようにな」

 つい、と太くて短い指がアレクシアとレイモンドを指差した。眉と髭でほとんど埋もれている顔が楽しそうに笑っているような気がする。
 アレクシアとレイモンドは顔を見合わせ、わざとらしいほどに勢いよく離れた。
 それすらも好ましいと、ホビットはほっほと笑っている。
 赤く染まった顔をごまかすようにいくつか咳ばらいをした後で、アレクシアはホビットを見た。ふと思いつき、躊躇った後に口を開く。

「おじいさんはルイーダを知っていますか」

 記憶を探るように髭を扱くホビットに、アレクシアはルイーダについての情報をいくつか並べた。必死に言い募るアレクシアを、レイモンドが不審そうに見ていたが、アレクシアには説明している心の余裕がない。
 いくつか単語を並べるうちに、ホビットはああと髭を揺らした。しかし

「ムオルで入れ違いになった娘じゃな」

 彼が抜けた後に行動を共にしたらしく、詳しくは知らないという。
 結局のところこのホビットは、オルテガが世界樹の葉を手にするまでの短い期間、行動を共にしたに過ぎないらしい。

「オルテガ様の一の共はポカパマズじゃよ。あれも、どこでなにをしているのやら…」
「ポカパマズ…」

 聞いたことのある名に記憶を反芻する。

「何者です?」

 勢い込んで尋ねるアレクシアに、ホビットは首を傾げ、ただダーマの出であるらしいことだけ教えてくれた。
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