ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 支流を遡るとスーの集落がある。
 近代文明という言葉とはかけ離れた素朴な集落に、それを持ち込んだのはエジンベアやロマリアからやってきた資産家達だった。
 老人は彼等の語る都市に憧れ、スーにエジンベアやロマリアのような街を造りたいと、集落を飛び出したのだ。
 集落の保守的な人々は、誰も彼に賛同することなく、老人は何年も一人で森を切り拓いてきたという。
 通貨、という文化も、資産家達から学んだ。
 街を造るためには資金が必要だということも。
 資金を得るには、対価が必要だった。エジンベアの資産家が金貨の山の代わりに欲したのは、老人が持つイエローオーブだったという。

 この世界の公用語を、たどたどしく話す老人と、それでもセイは持ち前の人懐っこさで和気藹々と話し、アレクシアでは引き出せなかったであろう情報を、午前中いっぱいかけて聞き出していた。
 すっかりセイを気に入ったらしい老人は、セイの肩を抱いて、あれやこれやと食を勧めてくる。小屋の前の広場に並んだのは、彼が今出来る精一杯の持て成しなのだろう見たこともない食材達だった。
 豚か猪か、獣臭い肉の薫製や、穀物らしきものの粥。何からどう作ったのかわからないが、とにかく酒である濁って沈殿した液体などだ。
 味付けなどはもちろん無い。セイは勧められるままに、笑顔でそれらを平らげては、ますます老人を喜ばせた。
 肉の臭さに辟易しつつも、よく噛まなければ飲み込めない。噛めば噛むほど鼻腔に抜ける獣の臭いに、軽く涙目になりながら、アレクシア達は食事を続けた。セイ以外の口数が少ないのは、なんども咀嚼せねば飲み込めない肉の固さに顎が悲鳴を上げているからだ。
 老人から得た情報をかいつまんで話ながら、セイは話の間に老人とも話す。アルコール度数の高い濁り酒を舐めるように飲みながら、アレクシアはそんなセイを「よくやるものだ」と器越しにチラ見する。因みに酒は両手で抱え持たねば持てないくらいの甕(かめ)に入っており、当然のように廻し飲みだ。
 アレクシアから甕を受け取ったリリアは、濁った中身を覗き込み、鼻を近付けて臭いを嗅いだ後、おそるおそる口をつけた。一口飲み込んで、喉の熱さに目を白黒させる。
 苦笑しながらリリアに水筒を差し出したアレクシアも、今しがた口をすすいだところだ。
 アレクシアが差し出した水筒を、奪うように受け取ったリリアの目許が赤い。酒のせいばかりではないだろう。
 笑いながら甕を受け取ったレイモンドの衣服には、シワがよっている。ダーマでの出来事が思い浮かび、ちらりとレイモンドとリリアの様子を伺ったアレクシアは、我知らず大きな溜め息をついていた。

「素直に返すかわからんが、なんにしたって金がいる」
「けどそんな大金、どうやって稼ぐっていうんだい?」
「伊達に商売人の息子を何年もやってないぜ。伝手もあるしな。なぁに、そんなに悲観するこたぁない」

 とん、と肩を叩かれて、アレクシアは我に返った。

「アル?」

 心配そうにディクトールが覗き込んでくる。セイは一瞬、物わかりのいい優しい笑みを浮かべたが、すぐに意地悪そうに歯を見せて笑った。

「寂しいからって泣くなよ」
「誰が泣くかっ」

 いつもの調子で言い返した後で、セイの台詞を頭の中で反芻する。え? と目を見開いたアレクシアの頭を、セイが乱暴に撫でる。

「聞いてなかったのか? オレはここに残ってじいさんの手伝いをする。しばらく別行動になるな」

 聞いていなかった。その時自分が考えていたことを思って、アレクシアの頭にカッと血が上る。

「だっ」

 だって。どうして。
 言いたいことが沢山ありすぎて、上手く喋れない。本当はわかっている。判っていた。目をそらして、考えないようにしてきただけだ。

「イエローオーブがいるんだろ。じいさんは街を造る担保に、オーブを手放しちまった。素直に返しちゃくれないだろうから、返したくなるような利子を付けて借金返してやるんだよ」

 アレクシアの頭を撫でたまま、妹に言い聞かせるように優しく静かにセイは話す。しかしそこには、否やを挟む余地はない。
 一度は飲み込んだ言葉を、アレクシアはもう一度口にした。最初は掠れていた声も、段々と力を増して行く。セイの腕をはね除け立ち上がり、力一杯セイを睨み付ける。

「訳を話して、譲ってもらえばいい!」
「そんな甘い道理が通じるもんか」
「話してわからないなら」
「力ずくで奪うのか? 折角結んだ海上協定を、お前自身でぶち壊すつもりかよ」

 流石に言葉に詰まった。けれどここで引いたら、それで仕舞いだ。
 セイを説得できる材料を探す。なんでもいい。どうにか引き留めて、考え直させる言葉を…

「オーブなんか無くたっていい!」
「アレク!」

 感情から出た言葉は、言い切る前に叱責に掻き消された。
 ぐっと下唇を噛み、震える拳を握り締めて、アレクシアは瞼を伏せた。俯いても、座っているセイには顔が丸見えだ。

「オレが残る。何年も待たせない。だから…」

 伏せた瞼の上に影が射したのがわかった。セイが立ち上がった気配。セイの手が、再びアレクシアの頭の上に乗った。

「お前は行けよ。行けるな?」

 ぽんぽんと優しく頭を撫でながら、大きな背を丸めてアレクシアの顔を覗き込んでいる。
 きっと笑っている。いつもと変わらぬ、優しい笑顔でアレクシアを見ている。灰色の瞳には、覆すことの出来ない意志が宿っているに違いない。
 わかっている。だから、見ない。
 きつく唇を噤んだまま、アレクシアはただこくりと、首を頷かせた。
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