ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
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アレクシア達を乗せたキャラベル・ラティーナは、風に恵まれ、ジパングを越えて外洋に出ると走るように南東へ進んだ。途中、何度か海洋生物や上空からの魔物の襲撃を受けたものの、難なくこれを退けている。間接的な攻撃が有効な船上での戦いにおいて、魔法使いの手数が増えたことが一番の原因だろう。
ダーマやコリントで手に入れた魔道書を、リリアは貪るように読み耽り、次々と新しい呪文を習得していった。賢者としてディクトールの助言があったことも大きい。そのディクトールも、リリアから苦手な攻撃呪文のレクチャーを受け、レイモンドが操る程度の攻撃呪文を習得していた。
船を目掛けて襲ってくる魔物達は、覚えたての呪文の実地試験に、発見されるや接舷する暇もなく、これ幸いとばかりに狙い撃ちにされた。或は氷付けにされ、或は消し炭となって、彼等は文字通り海の藻屑となったのだった。
外洋に出てしまえば、しばらくは補給港もない。アリアハンの北海岸に、小さな漁村がある程度だ。ちょこちょこ寄港していた昨年までの航海とは違い、今度の船旅は長いものになった。大型の海洋生物や嵐に見舞われなかったことは奇跡に等しい。
南メリア大陸をぐるりと迂回し、ルザミ海賊団の隠れ家に立ち寄って補給と休憩を兼ねた情報交換を行った後、船は再び北上を開始する。
カテリーナ達から正確な位置を聞いた開拓者の集落へたどり着いた時、季節は盛夏を迎えていた。
海岸から森へ分け入ってしばし、そこにあると知らなければ気付かず通り過ぎてしまうだろう。集落というにはお粗末過ぎる。しかしこれをこの老人が一人でやったのかと思うと、頭の下がる思いがした。
森を切り拓き、その木々で作った小屋に、その老人は住んでいた。
「あ、あのぅ…」
人を見るのも、話をする事も、久しくなかったのだろう。
老人はアレクシア達を見てほとんど反射的に喜んで、それから我に返って胡散臭そうに彼らを見た。
見るからに異人種。言葉が通じるかどうかも疑わしい。実物を見せた方が早いだろうと、アレクシアは肩掛け鞄から赤い宝珠を取り出した。
「あのっ、これと同じ珠、持っていませんか?」
老人は、しげしげとアレクシアとレッドオーブを眺め、アレクシア達が焦れるのに充分な間を置いて、ようやくこくりと頷いた。
一先ず言葉は通じるらしい。ほっと肩の力を抜いたところで、まだ本題にすら入っていないのだと気持ちを引き締めた。
「訳あって、譲って頂きたいのです」
勢い込んで言うアレクシアに、老人はまた黙り込む。固唾を飲んで待つアレクシア達を順に見やり、老人はついてこいと目で促した。それきり振り返らずに、粗末な小屋の中に入っていく。
どうしたものかと顔を見合わせていると、「行くしかないだろ」とセイがアレクシアの背中を押した。
外から見て解っていたことだが、小屋は狭く、とてもではないが大人6人が入れるスペースなどない。小屋の中にはアレクシアが入った。あとの5人は戸口から中の様子を伺う。
無言で勧められたのは、背もたれのない木の椅子で、いかにもバランスが悪そうだ。案の定、そうっと座るとガタリと傾く。それでもアレクシアは背筋を伸ばして居住まいを正すと、老人を正面から見詰めた。
「わたしは、アリアハンのオルテガ・ランネスの子、アレクシアです」
アリアハンから遠く離れたジャングルに住む老人に、オルテガの事を話しても判らないかもしれない。それでも、自分という人間を語る時、オルテガの名は常に付いて回った。オルテガの付属品のようで、気に入らないと思ったこともある。それでも、オルテガの子供。そう言えば、大抵の人間が納得したから、便利な肩書きであったのは確かだ。
老人からは特に反応はない。やはり知らないのかと、半ば落胆し、半ば安堵する。偉大な父を知らない老人に、本の少しだけ、腹がたった。
「バラモスを倒す旅をしています。その旅に、あなたが持っているイエローオーブが必要なんです」
真摯な瞳で老人を見詰める。話が非現実的過ぎて、いきなりこんな話をされても信用しないだろう。だからアレクシアは、精一杯瞳に思いを込めた。
しかし老人は、ゆっくりと首を横に振った。
「信用していただけないかもしれませんが、わたしは−−」
「ない」
「−−え…」
言葉を失うアレクシアに、老人は再度、無いと繰り返した。
「でもっ、さっきは持っているって」
「嘘でない。持ている。ただ、今無い」
要領を得ない。訳がわからず困惑するアレクシアに、老人は逆に問うてきた。
「お前たち、ここ手伝うないか。わし、街を造りたい。人手いる。たくさん。住む人。たくさん」
瞳を輝かせている老人に、なんとも答える事ができず、アレクシアは助けを求めるように戸口を見た。
「やれやれ、仕方ねぇなぁ」という顔で、セイが戸口から身を剥がす。しかしアレクシアは、セイが完全にモーションを起こす前に、ぐりんと老人に向き直った。
「無いって、どういうことです?」
切っ先を制され、情けない表情で立ち尽くすセイの肩を、苦笑しながらレイモンドが叩く。叩きながら、レイモンドはアレクシアを見た。老人に必死に食い下がっているアレクシアの気持ちは、たぶん仲間達全員に共通する気持ちだ。
セイは旅を抜けるつもりだろう。その気持ちもわかる。勿論、セイの決断を尊重したいと思う。簡単に出した答えじゃない事くらい、考えるまでもないのだから。
けれど、寂しいのだ。辛いのだ。認めたくないのだ。
アレクシアと老人の交渉は全く噛み合わない。
出来の悪い漫才を見ているようだ。
先程以上に途方にくれた表情で、アレクシアは仲間達を振り返る。先程のセイと同じ顔で、中に入ろうとするレイモンドを、セイが止めた。
滅多に見ない、真面目な表情。自然、レイモンドの表情も引き締まる。
「ここらが、潮時だろ」
何が? とは聞かない。男の決断を、覆そうとは思わない。同じ男であるからこそ、彼のプライドを守りたい。
レイモンドは何も言わず、頷く代わりに瞳を伏せて、セイの肩を軽く叩いた。それが合図だったように、セイはいつものおどけた顔で、狭い室内へと踏み込んでいく。
セイとは反対に室内から背を向けたレイモンドが見たのは、泣きそうな顔で笑うリリアと、室内を傷ましげに見詰めるディクトールの姿だった。
振り返らなくてもわかる。アレクシアもきっと、泣きそうな顔をしているのだろう。それを誤魔化すように、彼女は思いきり不機嫌な顔をしているに違いない。
(泣いちまえよ)
どんなに取り繕っても、ここには誤魔化されるような奴はいない。どうせばれているのだ。だったら我慢せずに、素直に泣いて喚いて、精一杯の駄々をこねればいいのだ。
「お前もな」
リリアの反応を待たずに、レイモンドはリリアの頭を抱き寄せて、小屋には声の届かない場所へと歩き始めた。