ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 頭の中を色々な景色が流れては消えていく。
 小さな頃、男女とバカにせず、他の男の子たちと分け隔てなく遊びの輪の中に入れてくれたセイ。それでも他の男の子に馬鹿にされ、乱暴されてやり返せずに、泣いている自分を背中に庇って、石を投げられた額から血を流しながら、大丈夫だと歯を見せて笑うセイ。
 喧嘩ばかりしていた。原因はきっと、アレクシアにあることも多かったはずだ。
 肩を並べて、他の地区の子供とやりあったこともある。そんなときも、セイは必ず一番危険な役割を買って出た。それでいて、ここぞと言う場面ではアレクシアに華を持たせようとする。

 柄じゃないから。

 いつもの笑顔で、セイはアレクシアの後を着いてきた。振り返ればいつもそこに居た。
 いつだって、支えてくれたのはセイだ。アレクシアは、一人でやって来たような顔をして、その実寄り掛かってきたに過ぎない。
 邪険に扱うことが多かったが、それも何を言っても彼が、笑顔で許してくれると、受け入れてくれるという甘えがあったからだ。さっきだってそうだ。あんな態度、セイが相手じゃなければ、きっとしない。

 もし、セイが本当に旅を降りると言い出したら?

 自分の思考にどきりと血の気が引く。手にしていた盾から手が離れて、ガシャンと盛大な金属音が響いた。武具屋の店主が、迷惑そうにアレクシアを睨む。

「あ…。ごめんなさ…」

 大振りの鉄の盾だ。アレクシアが片手で振り回すのには重すぎる。元通り立て掛けようと手をかけるが、起こすのだけでも一苦労だ。

「売り物を傷物にされたんじゃ、たまりませんや」
「申し訳ない」

 アレクシアはダーマでなくした白鋼の鎧の代わりを買いに来たのだが、あれはロマリアの職人に頼んだ特注品である。代わりなんてそうそう見付かるものではない。もとより、鎧は個人の体格にあわせて調節が必要だから、調整に時間がかかる。特に金属鎧は一日二日でどうにかなるものではない。
 コリントでは、間に合わせの革鎧を購入する予定だった。店側にしてみれば、大した利益にはならない筈だ。盾に傷が付いたと、小言のひとつも言いたくなるだろう。
 畏まるアレクシアに、助け船は予想外の所から来た。

「じゃあ、その傷物。俺が買おう。片手剣も鞘と剣帯、一揃え貰うから、負けてくれるよな?」
「勿論でございます。何を差し上げましょう?」

 現れた金髪の剣士に、店主はにこやかに手揉みして向き直る。見れば、見事な鎧を身に付けた立派な剣士だ。アレクシアには、小一時間したら、鎧を取りに来るようにとメモを渡して、目もくれない。
 目を見張るアレクシアに、レイモンドは黙っていろと目配せして、店主と値切り交渉を始めた。
 結局、アレクシアが鎧を受取に来る時まで、レイモンドと店主の交渉は続いていて、鎧職人から鎧を受け取ったアレクシアの横で、レイモンドの勘定も終わったようだ。

「アレク、100G貸せ」
「寄越せの間違いだろ」

 このやり取りに、店主はしまったと顔をしかめたが、切ってしまった伝票はどうしようもない。仲間だと解っていれば、応じなかった値引きだ。
 レイモンドは真新しい鋼の長剣を真新しい剣帯に差し込んで、してやったりと得意満面だ。

「んじゃ、行くか」

 ぽん、と肩を叩かれて、アレクシアは反動で歩き出す。
 じたんだを踏む店主を気の毒そうに振り返った後で、アレクシアは上機嫌の隣を見上げた。

「なんだよ?」
「宗旨変えか?」
「ああ。一々お前のを借りてるのも面倒だからな」

 八又之大蛇。トロル。今後も、ダガーでは分の悪い敵が相手になることは充分考えられる。セイに変わって、レイモンドが前線を支えることにもなるだろう。となれば、武器の選択はおのずと変わる。

「一々折られたんじゃ、堪らないからな」

 うんうん、と頷くアレクシアの額を小突く。トロル戦で借りた長剣は、ジパング滞在中に刀鍛冶がアレクシア用にと鍛えた逸品だ。八又之大蛇戦で折れた剣のように、簡単に折れはしないだろう。
 ともあれ、これでレイモンドの腰には、アサシンダガー、チェーンクロス、ロングソード、と三種類の武器がぶら下がることになる。

「収集家みたい」

 くすりと笑ったアレクシアの笑みは、そこから連想された友の顔を思い起こして曇る。

『売る人間が、使い方を知らずにどうするんだよ』

 力一辺倒かと思われがちだが、あれで器用に様々な武器を使いこなすのだ。

「………」

 押し黙るアレクシアに、レイモンドも表情を改めた。

「お前はさ」

 セイの事が好きなのか? そんな言葉が続きそうで、自分でも奇妙な気がして口を閉じる。不自然な間を誤魔化すように、レイモンドは怪訝そうに見上げてくるアレクシアの背中を、音がするほど強く叩いた。

「ブラコン」
「だっ」

 叩かれ、好き勝手に言われて、大人しく引き下がるアレクシアではない。

「誰がブラコンだ!」

 レイモンドのふくらはぎを強かに蹴りつける。さすがに転びはしなかったが、レイモンドはバランスを崩して数歩多田羅を踏んだ。

「てめっ!」

 報復される前にアレクシアは駆け出す。バランスを崩していたお陰で、レイモンドは反応が遅れた。それでも、痛む足を庇いながらもムキになってアレクシアを追い掛ける。

 その日コリントでは、いい大人二人が、罵声を上げながら、町中を全力疾走するという光景が見られた。
 そして数刻後、二人はマルロイに、こってり絞られることになる。
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