ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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35.別離


 ダーマを混乱にもたらした後、アレクシア達は一路コリントを目指した。バハラタにも立ち寄らず、真っ直ぐ船を目指し、ようやくコリントの宿に落ち着いた五人を待ち構えていたのは、怖い顔をしたマルロイだった。

「な、なに?」

 たじろぎながら問うアレクシアを通りすぎ、マルロイはいきなりレイモンドの頭を手にしたもので思いきりはたいた。

「ってぇ〜。何しやがる糞爺ぃ!」
「おめぇこそ何しやがったんだ!」

 レイモンドをはたいたのは丸めた紙で、開いたそれをマルロイはレイモンドの前に突き出した。
 レイモンドの人相描き付の指名手配書が、出回っていると知ったのはこのときだ。
 似ても似つかない人相描きを一回り眺めたあとで、六人は酒場の隅で早めの夕食を採ることに決めた。

「船は?」
「準備万端整ってやす。それより、何があったのか教えてくだせぇ。事と次第によっちゃあ、わっしにも考えがありやす」
「おいおい。まさかあんたが、この程度の事で船を降りるとか言わねぇよな?」

 元海賊が、法に触れる事をした奴を許せない、とは片腹痛い。
 齧り掛けの骨付き肉でマルロイを指すレイモンドを、マルロイはギロリと睨んだ。

「おめぇが何をしようがわっしには関係ねぇ。しかしな、お嬢に迷惑がかかるなら話しは別だ」

 怖い怖いと肩をすくめて、レイモンドは再び肉を齧り始める。

「ごめん、マルロイ。わたしも当事者なんだ」

 膝に手を置き頭を下げたアレクシアに、マルロイは息を詰め、それから長く長く溜め息を吐いた。
 アレクシアとディクトールから訳を聞いて、マルロイは溜飲を下げたものの、陸路を使うこと、大きな街、特にダーマの勢力下にある神殿がある街には立ち寄らない方がよいだろうと意見を口にした。それはアレクシア達も理解しているから、バハラタを避けて真っ直ぐコリントまでやってきたのだ。

「この人相描きで、そこまで警戒する必要があるの?」

 ナイフとフォークで肉を骨から外しながら、ちまちま食事をしていたリリアが首を傾げる。

「特長が似てるってだけで、ゴタゴタに巻き込まれるやつもいるだろうな。哀れなこった」

 肩をすくめて、セイは人相描きを丸めて放った。鶏肉の脂がついたままの指で摘ままれていた人相描きは、べったりとセイの指のあとがついてしまい、そのあと誰も触れようとはせず、鳥の骨と一緒にゴミ箱行きが決定した。
 そのセイをマルロイは物言いたげに見ていたが、結局何もいわずに食事を再開した。

「無駄な騒ぎに巻き込まれないですむなら、それに越したことはないさ」

 固いパンをシチューにつけて柔らかくしながら、アレクシアが話をまとめる。

「どうせしばらくは海路になる。ただ、念の為、レイは当面お留守番ね」
「はあっ? 納得いかねぇ!」

 どんっと、エールのジョッキを乱暴に置いた音は酒場中に意外に大きく響き、一瞬周囲の客の目がアレクシアたちのテーブルに集まった。すかさずレイモンドの額をセイがはたいたて、すいませんと周りの客に愛想笑いを振りまく。
 叩かれた額を押さえながら、恨みがましい顔でレイモンドはセイを睨んだが、やおらニヤリと笑ったかと思うと、テーブルの下で足の踏み会いが始まり、幼稚な喧嘩に発展する。
 真横で始まったそれらをまるっと無視して、ディクトールは穏やかにアレクシアへと語りかけた。

「目的地、決まっているの?」
「うん。世界樹の森を迂回してオリビアの岬を目指す」

 さも当然のようにアレクシアは応じ、え? と言葉をなくすディクトールに、逆に視線を投げ掛けた。

「いや、てっきり僕は…」

 セイの腕を治す方法を探しにいくのだと思っていた。ネクロゴンドに渡るために、サイモンが持つ大地の剣が必要だという話は、以前ランシールで聞いた。しかし裏が取れていない。情報元がレイモンドだというのも、ディクトールが素直にその情報を信用できない要因のひとつだった。

「なに?」
「いや、いいんだ。君が決めたなら」

 にこりと笑って、ディクトールは食事を再開した。じっとディクトールを見詰めていたアレクシアも、やがて食事を再開する。
 テーブルの皿があらかた空になると、今度は世界地図と海図がテーブルの上に広げられた。絵図を指差しながら、話始めたのは勿論マルロイだ。

「わっしも、船乗り仲間に聞いてみたんですが、監獄へは、やはりオリビアの岬を通るしかないようです。お嬢は、オリビアの呪いをご存知でしたかな?」
「うん。聞いた。真実なの?」
「へい。下手くそな野郎が、難破の言い訳にでっち上げた与太話かとも思っていたんですが、あながちそうでもないようでして」
「なになに?」

 そうか、と腕を組むアレクシアに、リリアが興味津々尋ねる。
 身を乗り出すリリアの頭を押し戻して、朗々と詞を歌ったのはレイモンドである。オリビアとエリックの悲恋歌。それは岬の上で吟遊詩人が歌っていたものだ。一度聞いただけで覚えてしまうものかと、アレクシアは目を丸くした。
 歌い終えると、疎らに拍手が上がり。調子に載ったレイモンドは、椅子の上に立って舞台俳優のように優雅に礼をして見せた。
 つい、周りと一緒になって拍手をしてしまったアレクシアとリリアは、顔を見合わせ苦笑しながら、「伴奏がないのが残念」「ねー」と調子をあわせた。

「吟遊詩人で食っていけるんじゃねぇか?」
「ばーか」

 やってやれないことはないと思う。逆に自分が出来ないことを探す方が難しいと、自慢でも何でもなく、真面目にレイモンドは思っている。
 セイの軽口を笑って受け流し、レイモンドはサマンオサの生き残り、ベンが言っていたのと同じ内容で話を締めた。

「エリックの乗った船も幽霊船として海を彷徨ってるそうだ。恋人のエリックとの思い出の品でもささげれば、オリビアも成仏するかもしれねぇな、って話」

 どこまで信用する? と肩を竦めたレイモンドの後を引き取ったのは、意外にもセイだった。

「その幽霊船を呼び寄せる骨を、以前持っていた、って言ってなかったか?」

 問われたマルロイは、まさかセイが覚えているとは思わなかったのだろう。エールで喉を湿らせて、一呼吸置いてから頷いた。

「グリンランドに住む偏屈なじいさんにやっちまったんでさ」

 マルロイに偏屈爺と言わしめる老人を思うと、五人は複雑な顔にならざるを得ない。それには構わず、マルロイは地図上の右端を指差した。

「じゃあ、行き先は決まったな」

 地図を丸めて、マルロイと積み込む水や食料について打ち合わせを始めたアレクシアの手を、正面からセイが止めた。

「?」

 みなが何事かと見つめる中、リリアだけがスカートの裾をつかんで、じっと何かに耐えるように俯いている。

「な、なんだよ…」

 聞きたくない。
 本能的にそう感じた。
 無理矢理に地図を丸めて、話は終わりだと立ち上がろうとするアレクシアを、セイばかりかマルロイも止める。

「座ってくれ。アレク」
「お嬢」

 半ば腰を浮かせたまま、無理矢理にひきつった笑みを浮かべてアレクシアは仲間たちを見やる。見れば全員、重苦しい表情をしている。来るべき時が来たと、覚悟しているような。

「な、なんだよ。リリアまで…。や、やだな。妊娠したなんて言うんじゃないでしょうね」

 らしくない軽口を叩いてみるが、乾いた笑いは虚しいだけだ。

「アレク」

 座れ、とレイモンドが目で合図する。ディクトールも、同調するように頷いた。

「なんなんだよ…」

 左右から腕を引かれ、沈み込むようにアレクシアは着席した。これから何が始まるのか、わかっているから、聞きたくないのだ。

「アル」

 顔をあげなさい、と生徒を諭すようにディクトールがアレクシアの肩を揺するが、アレクシアは眉間にシワを寄せ、頑なに顔をあげようとはしなかった。

「ディ、いいよ」
「でも…」

 結局ディクトールは、逡巡しつつもセイに従った。
 セイは苦笑しながら、アレクシアが半ばまで丸めた地図を、左手で器用に伸ばし、それでも丸くなろうとするはしっこを右肘で押さえて、地図の一点を指差した。

「グリンランドに行く前に、オレをここに下ろしてくれ。通るか? 通るよな?」
「ああ。通る」

 頷いたマルロイに、そうか、とセイは安堵したように頷いた。

「何があるんだ?」
「さる情報筋から聞いた話なんだが、オーブがあるらしい」

 芝居ぶった物言いで、セイはそこに開拓者がおり、事業の後を継ぐものに、家宝の宝珠を譲るという話をした。すべて、マルロイから聞いた話だ。

「…っ、だったら!」

 アレクシアが勢い込んでセイを見る。晴れた夜空のような瞳が揺れているのは、必死に涙を堪えているからだろう。

「理由を話せば譲ってくれるかもしれないな」

 声が震えないように、笑顔がひきつらないように。首から上の筋肉を総動員して、アレクシアは明るく振る舞った。

「なんだ。妙な言い方しないでよ。びっくりするじゃない。やだな」

 話は終わりかと、アレクシアは問うた。

「ああ。悪かったな」

 セイは穏やかな笑みで、アレクシアの頭を撫でる。子供扱いするなと、いつもならば振り払う。

「…じゃ、終わりだ」

 椅子を引くアレクシアを、今度は誰も止めなかった。

「鎧、見てくる」
「ああ」

 掠れた声で告げたアレクシアが酒場を出ていくのを見送って、セイはちらりと隣のレイモンドを見た。レイモンドは「はいはい」と声に出さずに呟いて、続いて席を立つ。

「僕が…」

 腰を上げたディクトールの肩を、レイモンドが押さえた。きっ、と睨み付ける目を見下ろして、レイモンドは呆れたように溜め息を吐く。

「相変わらず過保護だな。不自然」

 軽く肩を叩いて、テーブルを離れるレイモンドの背を、ディクトールは唇を噛んで見送るしかない。武具を見る習慣はディクトールにはないし、このタイミングで後を追うのは確かに心配していますと大声で呼ばわるようなものだ。

「じゃ、ディはあたしとお買い物いきましょ」
「セイと行きなよ…」
「別れた男と仲良くする趣味はないわ」

 さらりと言われた為に反応が遅れた。聞き流しかけて、ぎょっと目を剥いたディクトールに、セイが苦笑いしている。

「別れたぁっ?」
「そうそう。だから妊娠とかしてな痛っ」
「あんたが言うな」

 丸めた地図でびしばし叩かれて、セイは頭を庇う。本気で痛がっていないのは、表情を見るまでもない。否、痛いのかもしれない。心が。

「若い娘が何を言っとるか。全く…」

 リリアの手から大事な地図を引っこ抜き、マルロイは呆れた顔で海図と地図を纏めた。
 小言に肩をすくめて、三人は顔を見合わせ苦笑する。

「積み荷の手配に行くが、お前さんらはどうする」
「じいさん、オレも行く」

 やれやれと溜め息を吐いたマルロイに、セイもゆっくり腰を上げた。

「じゃ、ディクトール、リリアを頼む。後でな」
「うん」

 酒場を出ていくセイの背中に、リリアは「あんたに頼まれるいわれはないわよ」と呟いた。
 残されたディクトールは、寂しそうなリリアの横顔に、気付かれないよう苦笑する。
 セイが芝居ぶって話す時は、辛いことを隠すときだ。10才の時、彼の母親が死んだ後も、弟妹やアレクシアに心配させまいと、あんな風に振る舞っていた。リリアの事はそこまで深く理解しているわけではない。それでも彼女が、二人が、まだ互いに気持ちを残していることは傍目に解った。
 バラモスなんてどうでもいい。どれ程人間が足掻いたところで、結局は神のシナリオ通りに違いない。ならば無駄な足掻きはせずに、個々人の幸せを追求すれば良いではないか。

「どうにかならないものかな」
「なに」

 思わず口に出していたディクトールを、リリアは怖い顔で見た。
 ディクトールは肩をすくめて、「なんにも」と首を振った。

「で? なにを買うって?」
「魔道書とか、魔道書とか、魔道書とか!」

 確かにそれなら、買い物の共にはディクトールがうってつけだろうが、おそらくリリアは買い物に、他人の意見を求めはしない。

「荷物持ちが欲しいだけなんだろう?」

 尋ねた事を、ディクトールは次の瞬間に後悔した。逃がすまいと腕を掴んだリリアの顔は、魔女も逃げ出す程の見事な笑みで彩られていた。
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