ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
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「ごめん」
その一言に、どれだけの思いが込められているのか。どんな思いでその結論を出したのか。セイの無念が理解できるからこそ、引き止めることもなじることも、着いて行くと言い出すことも出来なかった。
リリアに出来たのは、ただ歯を食いしばって嗚咽を堪えることだけ。
「アルには、話したの…?」
抱き締められたまま、泣き声にならないように、声をひそめて問うリリアに、セイもまた、言葉は出さずに首を振った。
「リリア、アレクシアを頼む。本当は泣き虫なんだ。オレのかわりに、あいつを見ててやってくれ。お前にしか頼めない」
「勝手なことばっか言って!!」
叩いた胸は逞しく、びくとも動かない。それなのに彼は、もう一線級の戦士ではいられないのだ。
「だから、ごめんて」
「ばか!!」
「泣くなよ」
「泣いてないわよ!」
「泣くなったら」
もう一度、今度は壊れ物を扱うように抱き締められた。リリアはもう、嗚咽を我慢しなかった。泣ける自分は、たぶん狡いのだ。
泣いて、泣いて。そうしたら、もう吹っ切れる。恋も、愛も。
「…おれ、お前みたいに頭はよくないけど、商売には向いてるって、言われてたんだ」
リリアの髪に頬寄せて、ぽつり、ぽつりとセイは言葉を紡ぐ。
「武器ばっかり振り回してたけど、目利きだけは親父に仕込まれたお陰で出来るつもりだしさ」
リリアに話しているというよりは、自分に言い聞かせているのかもしれない。
「人付き合いは得意な方だし」
だから大丈夫。ひとりになったって、やっていける。心配なのは、残して行くお前たちの方だ、と。
「それにほら、おれって案外モテるし…イテ」
横っ腹に一撃入れて、リリアは涙に濡れた顔を上げて笑った。
「知ってる。こんないい女に惚れられたんだ、って自慢していいわ」
「ああ。そうする」
精一杯背伸びをして、それでも足りなくて、拗ねたように唇を尖らせるリリアに、セイは優しく笑って腰を屈めた。触れるだけの、優しいキス。
「さよなら」
「ああ」
涙を拭って、リリアは離れた。離れた距離は、仲間としての距離感。もうあの胸に、身を委ねることはない。
「で? アルにはいつ話すのよ?」
さっきまでの涙はどこへいったのか。手伝ってあげないわよ? と、挑発的に腕を組んで見上げてくる。
「そうだなぁ…」
こういったリリアの切り替えの早さには、つくづく関心する。自分には真似できない。別れは決めていたけれど、今も彼女を愛していることに変わりはないからだ。
困ったように苦笑して、頭を掻く。
なんだかんだ言って、アレクシアに話すのが実は一番気力がいるのだ。
兄弟のように育って来た分、離れたことがないから、別れを想定してこなかった。女なら振れる。けれどアレクシアは女じゃあない。
「外堀から埋めるかな」
レイモンドは半ば気づいているだろう。ディクトールも反対はしないはずだ。
次の行き先は、自分から提案する。その時には、言わねばならない。その時しか、言えそうにない。
「意気地無しね」
「犬捨てらんないのと一緒」
笑うセイに、リリアはよくわからないという顔をした。
「でも、まぁ」
大丈夫だろうと思っている。今のアレクシアの隣には、レイモンドがいるから。今は背中合わせでも、二人が支え合っていることに変わりはない。
背中を預ける相手が、兄貴分から変わるだけのことだ。
(今度の相手は兄貴じゃないぜ)
彼らの行く末を見守ることが出来ないのは残念ではある。
それも含めて、リリアが引き継いでくれるだろう。
「よろしく頼むわ」
「なによ。今更」
だから訳がわからないと、ますますリリアの眉間のシワが深くなる。
「信頼してるってことだよ」
わはは、とリリアの肩を叩く。もちろん加減はしていただろうが、リリアは痛そうに顔をしかめた。
「で、アレクはどこいったんだ?」
「知らない。血相変えて出ていった」
「ふぅん」
時間も遅い。行き先も告げずに長時間不在にするような奴ではないはずなんだがな、とセイは首を傾げた。
「まぁ、子供じゃないしな。お前も戸締まりちゃんとして寝ろよ」
それこそ、子供ではないのだから大きなお世話だ。
「はいはい。じゃあね」
いいから早く出ていきなさいよと、猫でも追い払うようにリリアはしっし、と手を振った。
冬からこちらの蜜月が嘘のようなあっさりとした別れだ。苦笑しながら、セイは背中を丸めて退散する。
真っ直ぐ自室に帰って眠る気にもならず、振られ男のやけ酒でも呑もうと一階に降りて酒場を覗いた。明日の仕込みをしていたらしき店主を拝み倒して、なんとか酒瓶を手に入れる。摘まみはないが、贅沢は言わない。部屋にいるはずの色男に、愚痴を聞かせがてら、からかってやろう。酒の肴にはそれで充分だ。
「おーい、レイ。ちょっと付き合…」
抵抗なく開いた扉の中に人気はなく、開きっぱなしの窓からは、冷たい夜風が吹き込んでいた。
「おいおい…」
いつかもこんなことがあったなと、開きっぱなしの窓から外の様子を伺う。いくら目を凝らしても、夜の街に明るい金髪は見当たらない。
それこそ子供ではないのだから、レイモンドが夜中に行方をくらましたところで気にもならない。ならないが、財布も持たずに窓から出掛けるというのは、いくらなんでも不自然だ。
ランシールでのことがある。あの二人が揃って居ないことが、余計に不安を増長させた。
(いや…、考えすぎだよな)
頭を一振りして、脳裏を過る嫌な予感を追い払う。木戸を閉めようと腕を伸ばしたとき、ダーマ神殿の方で単色の花火のような閃光が見えた。
「!?」
やけ酒なんぞを煽っている状況ではなさそうだ。
アレクシアとレイモンドの不在。そして今の火花。
これらを結びつけて考えるのは、材料が足らなすぎるかも知れない。けれど、警鐘が鳴り止まぬのだ。
「リリア!」
いまさっき出てきたばかりの向かいの部屋を、今度はノックもせずに思いきり押し開けた。
こちらも眠れずにいたらしいリリアが、慌ててベットから飛び起きる。拭う目許が赤いのを見ると、どうやら泣いていたらしい。先程のやりとりがあまりにあっさりしていたから、少しだけほっとしてしまう。やりきれないのは、リリアも同じなのだと。
「ナニヨ」
ベットに腰掛け、仏頂面を壁に向ける。平素ならば、可愛い仕草にからかいたくなるところだが、いまはそれどころではない。
ベットのリリアは通り越して、木戸を開いてダーマを指差す。今またひとつ、赤い光が見えた。風にのせて、爆音も届く。異常に気づいたらしい人々が、窓から様子を伺う様も確認できた。
「今の…」
セイの巨体を押し退けて、光を確認したリリアは、さっと表情を強張らせた。リリアには、光が魔法の光だとすぐにわかった。
ダーマで戦闘が行われている。それも片方はリリア並の使い手だ。
セイとリリアは顔を見合わせた。互いに、今ここに居ない仲間の事を考えている。
「どう思う?」
「わからない。けど、可能性は高いわ」
なんらかのトラブルに巻き込まれている可能性は極めて高い。ダーマになら、イオラやメラミを使える魔法使いがいてもおかしくはない。しかし街中で、それもダーマ神殿の真裏で、魔法戦をやらかすバカはそう居ない。
勘違いならそれで構わない。問題は、予想が的中した場合だ。
ダーマの中枢には賢者としてそれなりの影響力を持つディクトールがいる。よしんばアレクシア達が捕まったとしてもある程度の融通が利くだろう。拘束されて一日。あるいは自力で逃げ出してくる。
大人しく拘束され、解放されてくるならいい。セイ達はここで待っていればいいだけの話だ。
問題は、ダーマで彼等が罪人として認定された場合。特に可能性が高いのが、一度問題を起こしているレイモンドだ。レイモンドが解放されないのなら、アレクシアも黙ってはいないだろうから、自力で無理矢理脱出を謀るに決まっている。
その場合、セイ達も仲間としてしょっぴかれる可能性が非常に高い。宿に兵士がなだれ込んでくる前に、荷物をまとめて出ていくべきだ。
セイとリリアは示し会わせたように動いた。リリアは自分とアレクシアの荷物を纏め始め、セイも荷造りに部屋へと戻った。大体の荷物は船に残してあるので、荷造りはすぐにすんだ。アレクシアの鎧だけは持ち出すことができず、諦めた。決して安価な訳ではないが、宿代替わりに置いていくことにする。
「ちょっと、けっこう高いんだけど…」
窓から下を見下ろして、リリアは難色を示した。
「だーいじょうぶ。二階から落ちたって死にやしねーよ」
体に荷袋をくくりつけ、お先に、とセイは窓から身を踊らせた。
窓枠から身を乗り出して、飛び降りることを躊躇しているリリアに、いいから来い、と合図を送る。
本当は抱き締めて、颯爽と飛び降りる、なんてことが出来ればいいのだろうが、荷物もあるし、現実的ではない。地面で降りてくるのを抱き止める、というのもナンセンスだ。
「は・や・く」
結局リリアは荷物を胸に、意を決して飛び降り、とても優雅とは言えない状況で着地した。
「…った〜」
「良くできました」
尻餅をついたリリアに手を差し伸べて、引っ張り起こしたセイは、笑っていたのがばれ、引っ張り起こした途端に足を踏まれて悲鳴を飲み込んだ。