ドラクエ3
□明けぬ空を背負って(本編3)
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聞くまでもなくわかっていたが、それでも、説明を聞き終えるや、レイモンドは「そうか」と長く息を吐いた。
「ああ」
テーブルを挟んで向き合う彼らの間には、湯気をあげるティーカップが置いてあったが、どちらもカップに手を伸ばす様子はない。
短く答える戦士をちらりと見た後、レイモンドは再びテーブルに視線を落とした。
いつも通り、否いつも以上に、淡々としたセイの表情。
アレクシアとリリアはそうではなかったようだが、レイモンドは、おそらくセイ自身も、失われた右腕の再生など無理だと、初めから期待はしていなかった。
期待してしまうと、叶わなかった時がつらい。
だからこそ、初めから期待などしない。そういう風に生きてきた。
(でも、こいつは…)
期待していない。してはいけない。そう思っていても、頭の片隅で、願っていたはずだ。心のどこかで、「もしかしたら」と淡い希望を抱いていたはずだ。
一度は諦めたとしても、可能性を模索し、提示してしまったのはアレクシアとレイモンドで、セイを二度同じ絶望に、否、一度目以上のどん底の闇に突き落としたことになる。
レイモンドでさえきついのだ。それが付き合いの長いアレクシアならば尚更だろう。更に彼女には、セイを旅に連れ出してしまったのだという負い目がある。自分を責めているに違いない。
昼間、瞬きも出来ずに泣いていたアレクシアを思う。痛々しくて、見ていられなかった。胸を貸してやった理由は、それだけだ。仲間としての気遣い。それ以外に意味など無い。
それでも、泣き顔が頭から離れない。腕の中に咲いていた花の儚さに、胸が押し潰されそうになる。
(ちっ)
頭を振ると、伸びた前髪が目にかかり、鬱陶しそうにレイモンドは再度頭を振った。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
髪を掻き上げる仕草が妙に様になる。憂い顔が余計に色香を漂わせる様で、セイは思わず口許に笑みを浮かべた。
「色男め」
「ああ?」
なんでもないと、冷めた茶を飲み干し席を立つ。
「明日辺り、ディクトールの奴は戻ってくるぞ」
「…ああ」
分かりやすく眉を寄せたレイモンドに、セイの笑みがわずかに深くなる。
「やりあったみたいだな?」
「まあな」
「うまくやってくれよ。仲間なんだから」
「?」
思わず見上げたセイは、器用に方目を瞑ってウィンクを寄越し、レイモンドの返事を待たずに背を向けた。背中越しに手を振り、恐らくはリリアの所へ行くつもりなのだろう、扉を開けて出ていく。
直前の台詞に違和感を感じたが、気のせいだろうと背中から目をそらして、レイモンドは皮肉っぽく唇を歪めた。
「…仲間、ね…」
自分は仲間じゃないと、啖呵を切ったのはそんなに昔の話ではない。
利用するだけ利用したら、あとは棄てる。今まではそうしてきた。仲間面していた方が有利なら、平気で嘘だってついたし芝居もした。
なのに何故、彼らの前では、アレクシアには、出来ないのだろう。何故こうも、むきになって突っ掛かっていってしまうのだろう。
仲間面していればいい。そうして、要らなくなったら消えるだけだ。
お前なんか仲間じゃないと、わざわざ宣言する必要なんかない。
心の内にだけ留めて、彼らの見えない場所で嘲ってやればいい。
それなのに、いつの間にか、この場所を居心地がいいと感じている。身を呈してでも、彼らを護りたいと思っている。
(仲間なんか、もう、要らないのに…)
テーブルに肘を突いて、両手で額を覆う。
目を閉じれば、闇に潜れば、嫌でも思い出してしまう。故郷の仲間達を。破壊の記憶を。
「っ!」
鼻の奥に込み上げてきた熱いものごと、レイモンドは冷めたお茶を飲み込んだ。
レイモンドの視線を振り切るように、扉を閉めた。背中で扉を押さえ、胸の中の空気を全部吐き出してしまう。呼気を受け止めるように顔を覆う手は、片方足りない。掌の隙間から覗く右半面が、己を嘲笑うかの様に、悲しく歪んだ。
武器は持てない。
失くしたものは戻らない。
以前のようには戦えない。
足手まといでしかない自分が、元のように戦えるようになるまでには、時間がかかることは承知していた。
時間さえあれば、戦えるようになる。その自信はある。
けれどそれ以上にはっきりしているのだ。その時間が、ないということが。
「引き際、か」
アレクシアは強くなった。ディクトールも、以前とは比べられないほどに技術も精神も鍛えられているに違いない。
何より、レイモンドがいる。
あの男は強い。弱い部分はある。しかしそれは、誰かが補えるものだ。
(オレが、いなくても)
自分が居ることで生じるメリットよりも、デメリットの方が高い。ディクトールは、理解してくれるだろう。レイモンドも。
気掛かりなのは…――
顔を上げ、見詰める扉の向こうには、守ると誓った女がいる。背中を預かった仲間がいる。
抜けることを許さないとは、きっと言わない。
ただ、彼女が、自分の代わりに意外と弱虫なあの幼馴染みの背中を、預かってくれるかというのには、自信がない。
(聞き入れてくれよ。相棒)
拝むような気持ちで扉の前に立つ。
彼女の部屋を訪ねるときはいつもそうであるように、平素よりは繊細な仕草で、木戸を叩いた。