ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
17ページ/108ページ

34.ダーマ

 ダーマ。
 霊峰ガルナを頂く修業の地。
 かつて世界を創造した主神ミトラの座所があったといわれるガルナ山は、ミトラ信仰の総本山であると同時に、神に選ばれし者、神に近しき者の名で呼ばれる賢者を志す者が集まる。
 どういった人物が賢者として悟りを啓のか解らぬままに、賢者を目指す様々な猛者たちがダーマに集まった。勿論、その殆どが賢者になることなくガルナを下りてきたが、そのままダーマに残り修練を続け、私塾を開いた。だからダーマには様々な流派の剣士、武道家、魔法使いが揃っている。それも凄腕の。
 今までのセイならば、腕試しに行こうと息巻いたことだろう。けれど今は、一言も発することなくアレクシアの少し後ろを歩いている。セイの隣を行くリリアも、同様に口をつぐんだままだ。
 ともあれ、ダーマには賢者を目指す者の他に、転職を志すものも集まるようになる。
 レイモンドも、サマンオサを出た数ヶ月をここダーマで過ごした。我流でやってきた魔法の基礎を学ぶためだ。特異な魔力の質を持つレイモンドを、ダーマ神殿の神官たちは是非賢者にと勧めたそうだが、レイモンドは興味がないと突っぱねた。

「あそこの爺ぃどもは異常だ」

 余程嫌な事を思い出したのだろう。よくそこまでシワが寄るものだと感心するほどに、レイモンドは顔を歪めた。

「何かされたんだ?」

 面白そうに尋ねたのはアレクシアで、レイモンドにじろりと睨まれる。

「………。思い出したくない」

 とは言え既に思い出してしまっているので、粟立つ膚をさすって、レイモンドはぶるりと頭を振った。
 ダーマの神官たちに教えを請う者は、まず神官長に洗礼を受けるのが慣わしだそうで、レイモンドも渋々ダーマの大聖堂で仰々しい儀式を受けたのだ。因みに儀式を受けるのに大枚はたいている。その結果、金の魔力だの何だのと騒ぎ立てられ、賢者の修行を受けろとしつこく勧誘を受けた。うんと言わないレイモンドは数日監禁され、その間に受けた人体実験紛いの洗礼の腹いせに、レイモンドは宝物庫から様々な魔法の品物を失敬してきたのである。ジパングでアレクシアに飲ませた魔法の聖水もその中のひとつだ。

「そんなに知りたいならお前も洗礼を受けてみりゃあいい。大歓迎してくれるぜ?」

 仕返しのつもりでニヤリと笑うレイモンドに、アレクシアも勢いよく首を振る。

「遠慮しておく」
「それがいいだろうな」

 肩を竦めて苦笑するレイモンドにつられて、アレクシアも似たような笑みを浮かべた。

「んじゃ、俺はこの辺で」
「どこに行く?」

 問う間にもレイモンドは身軽に人を避けて、もと来た道を戻っていく。

「流石に顔を覚えられてるからな」

 振り向き様の台詞で、アレクシア達は「ああ」と納得した。
 宝物庫を荒らした盗賊が、堂々と正面玄関から入っていけるわけもない。そんな人物と一緒にいれば、アレクシア達自身も面倒に巻き込まれるに決まっている。
 それに、抜けると言った手前、ディクトールと顔を会わせるのは正直気まずい。

「宿で待ってる」
「わかった!」

 アレクシアが喧騒に負けまいと上げた大声に、レイモンドは手を挙げて応えた。
 人垣の向こうにセイの長身が見えなくなる。それを見送って歩き始めた時、レイモンドは自分が笑っていたことに気が付いた。上がっていた口角に指を添えて仏頂面を作る。昔は意識しないと笑えなかった。それがこうも変わった自分に正直驚きを感じずにはいられない。

(丸くなったもんだな)

 呆れる。そして浮かんだ笑みに、またしても意識して表情を引き締めた。ついでに、笑えるようになった原因に思い至り、浮かび上がったその顔も慌てて脳裏から追い払うのだった。



 神の代理人。神に選ばれし者。賢者。
 記録にある限り数名しか確認されていない、いわば伝説の存在だ。それこそ賢者の存在は、普通の人々にとって神に等しい。
 権威を重んじるダーマ神殿が欲しがるのも解らないでもない。
 今では、賢者の修行を希望するものも激減していると聞く。修行したいというだけでも、ディクトールは歓迎されたのだろうなとアレクシアは聳え立つ白亜の外壁を見上げた。
 見るものを威圧し、拒絶するかのような偉容。内から滲み出る雰囲気もまた、訪れる者を拒んでいるように感じられる。
 人によってはそれを神秘的だとか、神の加護だとか言うのだろうが、アレクシアには、只々、人間を拒み蔑むミトラの傲慢さを感じさせるだけだった。

(賢者なんて…)

 神(ミトラ)の代理人など、心優しい幼馴染みには似合わないと思った。ディクトールはあのまま、彼らしい解釈のまま、彼の神を信じてくれればいい。ミトラの真実など知らずに、彼の信じる道を進んで欲しかった。

(わたしなんかと一緒にいたから)

 ディクトールは世界の秘密に、ミトラの真実を知ってしまったのだ。

(それでも…)

 たとえ彼が信じる神が、本当は残忍な破壊神だったとしても、ディクトールにはディクトールの信じる神と教義を貫いて欲しい。否、そうであると、アレクシアは信じている。
 歩むごとに近付く白い石壁に、アレクシアはそこで迎えてくれるであろう、変わらぬ幼馴染みの笑顔を思い浮かべていた。

 来訪を告げ、呼び出しを頼む。
 幼馴染みに会うだけなのに、少し別行動を取っていた仲間を迎えに来ただけなのに、アレクシア達は念入りなボディチェックを受けた後、悠に一刻は待たされた。
 呼び出しは、「アリアハンの神官、ディクトール・カトゥサ」では通用しなかった。賢者の、という単語を出した途端にダーマの神官たちに話が通じたのだ。
 ということは、ディクトールは賢者になったのだろう。それ事態は喜ばしい。幼馴染みの昔からの目標が叶ったのだから。しかし急に手の届かぬ存在になってしまったようで、寂しいような、おいてけぼりを食らって悔しいような、そんな気がしてしまう。

「きらきらに着飾ったディクトールが出てきたらいやだぜ」

 げんなりとセイが呟く。その視線の先には、清貧が聞いて呆れるといった風体の壮年の神官が一人。
 何枚も重ねた白い絹のローブに、金銀の錦糸で豪奢な刺繍を施された神官衣。重たげな錫杖に法冠。人相を疑うほど恰幅の良くなった福福しいディクトール。
 同じことを想像していたのだろう。アレクシアとリリアはほぼ同時に吹き出した。

「いや、それはそれで面白いか…」

 顎髭をなぞりながら、生臭坊主と呟くセイに、リリアとアレクシアは笑いを引っ込めて顔を見合わせる。

「もしそうなってたら置いてくわ」
「いや、それはどうかと…」
「だって、その方がディの為よ。きっと」
「う〜ん」

 それを言われるとアレクシアは弱い。自分の身勝手でアリアハンからディクトール達を連れてきてしまったという負い目がある分、余計に。

「どうなってたら、置いていくって?」

 両開きの扉が開くのと同時に声がした。
 驚いて声の方を見た三人に、空色のローブを身に纏った青年が、柔和な笑みの中に拗ねた風を浮かべて再度口を開く。

「酷いな。僕は仲間外れかい?」
「ディ!」

 廊下から差し込む光を背負って、かつての神官は賢者の青を纏って微笑んでいた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ