ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 ダーマへの巡礼者が一番命を落としやすいのが、滝に面した狭い崖沿いの道だ。
 道幅が狭い上に、崖の反対側は森に続く茂みになっており、野党や魔物が道行く旅人を襲うにはもってこいの場所である。
 ここに来るまでに何度か魔物と遭遇し、これを退けてきたアレクシア達だが、ここにきて緊張に表情を引き締めた。
 ちらりと背中からセイを見たリリアが、何か言いたげにアレクシアを見る。リリアの言いたいことを察して、アレクシアはセイとレイモンドを振り返った。

「トヘロスをかけていこう。わざわざ危険を背負い込む必要はないだろう?」

 アレクシアの言葉にリリアはあからさまにほっとした表情を浮かべたが、セイとレイモンドは難しい顔で視線を交わしあった。

「目的地はすぐそこだ。今無理をしなくても、ディが加わってからでも戦いの勘は取り戻せるさ」

 先にアレクシアを見たのはレイモンド。翡翠の瞳に理解を示して、レイモンドは頷き口を開く。恐らくは、アレクシアに賛同し、セイを説得するための言葉は、しかし声にしては出てこなかった。彼が言葉を口にする前に、無表情に黙り込んでいた巨漢の戦士が信じられない事を口にしたから。

「オレが役にたたないって、判断がついたってわけか」
「なっ!?」

 あまりのことに言葉も出ない。
 目を剥いて長身の幼馴染みを見上げたアレクシアは、そこに見たこともない表情を浮かべたセイを認めて息を飲んだ。
 穏やかなセイの表情。しかし灰色の瞳の中には、怒り、悔しさ、寂しさ、様々な感情が揺れ動いている。

「誰もそんなこと思ってない!」

 悲鳴にも似た声を上げたのはリリアだ。背中からセイに抱きつく。一回り小さく痩せてしまった背中に。

「嘘つくな」
「!!」

 リリアを見もせず吐き捨てたセイに、アレクシアはつかみかかった。襟をつかんで引き寄せる。息がかかる程の距離で、アレクシアはセイを睨み付けた。

「ふざけるな! 世界樹の葉だぞ? 治らないわけないじゃないか!」

 睨み付けていないと、目に力を込めていないと、涙が溢れてしまいそうだ。
 襟を両手で掴んだまま、額をセイの胸に押し当てる。こらえ切れない涙は仕方ないにしても、涙なんて見られたくなかった。

「勝手についてきた癖に、今更やめるなんて許さない!」

 泣いていることを悟られまいと、叫ぶように言い放つ。涙は、何度も瞬きして乾かした。
 頭の上で、はっ、と息を吐く気配がした。大きな手が頭に乗って、ぽんぽんと撫でた。溜め息を吐くように、「スマン」とセイが呟く。
 聞き咎めて、顔を上げようとしたアレクシアを、セイはぎゅっと抱き締めた。顔を胸板に押し付けられたアレクシアは、潰れたヒキガエルのような声をだす。

「いやぁ、オレってばモテモテだなぁ」

 呑気な台詞はレイモンドに向けられたものだったらしく、ばたばたと暴れるアレクシアを片腕で封じたまま、セイはレイモンドにニヤリとイヤらしく笑いかけた。

「窒息するぞ。離してやれ」
「アレク、オレの愛にようやく気づいた? かわいい奴め。チュウしちゃうぞぉぁぐっ」

 アレクシアの髪に頬擦りしていたセイは、リリアにふくらはぎを蹴飛ばされ、拘束が弛んだところをアレクシアに顎を殴られて、お決まりの結果を迎えた。

「おま…、こっち押さえづらいっつーのに」

 涙目で訴える。アレクシアに殴られた顎はまだしも、リリアに蹴られた右足は左腕ではさぞ擦りづらかろう。

「ったく。調子に乗るからだ」

 潰れた鼻を擦りながらアレクシアは毒づいたが、お陰で涙は気付かれなかった。セイなりの気遣いだったのだろうと、心の中で感謝しておく。

「うう…、アレクのファーストチュウを奪うチャンスが」
「まだ言うか!」

 前言撤回。しゃがみこんでぶつぶつ言っている頭にゲンコツを食らわす。

「だいたいファーストキスなんて…」

 よほど混乱していたらしい。頭に浮かんだ情景にボッと顔に火がつく。ついつい口にしていた言葉は途中で気付いて引っ込めたものの、聞かれていたら追及されるに決まっている。リリアに。
 恐る恐る顔を伺い見たリリアは、セイに説教するので忙しく、アレクシアには気づいていない。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、レイモンドが呆れた顔でアレクシアを見ていた。

「お前って、地雷踏むタイプだよな」
「ううう煩いっ」

 互いにばつが悪くて顔を会わせられない。
 そっぽを向いたまま、アレクシアはずんずんと渓谷への道を進み始めた。
 ややあって、苦笑を浮かべた仲間達が後に続く。しかしすぐに、彼らの歩みは止まる。
 茂みが揺れ、巨大な猿が姿を現したからだ。数は4頭。あしらうには問題ない数だが、やり過ごすには場所が悪すぎた。

「アレク、トヘロスは?」

 鞭を水平に振るい、猿を牽制しながらレイモンドが問う。
 言うまでもないが、さっきの騒ぎでトヘロスはかけ忘れた。正直に言う気にもならず、ぐっと返答に詰まったアレクシアの代わりにセイが苦笑い混じりに言葉を返す。

「騒ぎすぎたな」
「だな」

 レイモンドも苦笑しながら応じ、手首を翻して返す鞭で猿の鼻面を打ち付けた。相変わらずの鞭捌きに、セイは小さく口笛を鳴らす。細い体つきをしているが、無駄なく鍛えられた身体をしていることは、全員が目にして知っている。船の上では上半身裸で作業するなんてことは日常茶飯事だったからだ。
 ふと世界樹の森でその胸に抱かれた事を思いだし、アレクシアの顔に再び血が上る。

「アル?」

 男二人と背中合わせに身構えたまま、急にぶるると頭を振りだしたアレクシアに、リリアが訝しげな目を向ける。何でもないと言うわりに、アレクシアの顔は赤いままだ。

「もしかして、さっきの事?」
「まさかっ!」

 セイに抱き締められようが、縫いぐるみを抱いているくらいの感覚しか覚えない。即座に否定して、アレクシアは大猿に向き直った。きっ、と睨み付けると、明らかに大猿が逃げ腰に後退る。
 野生生物に毛が生えた程度の魔物、今のアレクシア達の敵ではない。数さえ多くなければ、軽口を聞く余裕があった。
 事実アレクシアの背後では、二匹の大猿が仕留められようとしている。
 レイモンドが鞭を振るい、猿の動きを制限したところにセイが斧を降り下ろす。まだ単純な動きしか出来ないが、それでも片刃の片手斧なら十分に扱える。額を割られ、脳奨を撒き散らしながら大猿が地面に倒れて動かなくなる。それを見て、もう一頭はセイから距離をとり、歯を見せて威嚇の声を上げた。
 既に逃げ腰の大猿に、追い討ちとばかりにレイモンドが鞭を大降りする。盛大に砂利を跳ね上げさせた鉄鞭に、猿はギャッと悲鳴をあげて茂みに逃げ込んだ。
 アレクシアに睨まれた二匹もベギラマの二連発を受けて逃げ出している。
 魔物の気配が遠退いたのを確認して、四人は緊張を解いた。ほぅ、と息を吐いて剣を鞘に収めたアレクシアは、レイモンドと目が合うや、苦笑いしてトヘロスの詠唱を始めるのだった。
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