ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 コリントからバハラダを経て、聖なる河ラーチャを遡りダーマ神殿へと向かう。船を降りたアレクシア達はそうルートを決めた。コリントから直接ダーマに向かうこともできたが、野営するより街で宿をとる方が体力的にも楽に決まっている。

 バハラダでは黒胡椒問屋に顔を出し、若主人となったタニタとグプタ夫妻と再会した。
 時期が時期なだけに質素なものとなったらしいが、それでもあの後ふたりは式を挙げたそうだ。
 恩人であるアレクシア達を、式に招待出来なかったことをふたりは残念がったが、その代わりとばかりにその日は酒宴が開かれた。
 もちろんセイは遠慮なく酒樽を空にし、聞かれるままに機嫌良くリリアとの関係を暴露した。すると、こちらも酔っていたのだろう。タニタは自分が着た花嫁衣装を持ち出してリリアに羽織わせ、セイと並べて囃し立てた。グプタも新妻に倣い、祝いの歌を唄い始めた。はにかみながらも、セイもリリアもそれを止めなかった。アレクシアも、レイモンドまでもが調子を合わせて手を叩いた。
 久しぶりの酒宴とはいえ、必要以上に浮かれて騒ぎ立てたのは、セイの失った右腕に話題を持っていかない為だ。ともすれば暗くなってしまいそうな事柄から、意図的に目を反らす為だった。
 翌日の事など気にも止めずに飲んだ結果、全員が二日酔いに頭を悩ませることになる。それでも昼前には、見送る側も、見送られる側も、青い顔をして別れを告げた。
 頭痛をこらえて、道の向こうにアレクシア達が小さくなるまで手を振り続けていたタニタは、ふと小さく呟いた。

「なんだか、変わったわ…」
「え?」

 聞き咎めて妻を見たグプタは、曖昧な笑みを口の端に浮かべていった。

「そりゃあ…、あの人達は旅をしているんだし」

 タニタは苛立たしげに夫を見上げたが、なにをどう伝えてよいかわからず、開きかけた口をつぐんで再び道の向こうに視線を戻す。

「タニタ?」

 タニタの視線に一瞬怯んだものの、彼女に何か思うところがあるのは理解できる。首を曲げてタニタの顔を除き込むグプタの瞳には気遣いの色が浮かんでいた。それに気付いて、タニタも心配させまいと微笑む。
 何でもないと首を振り、二人は手を取り合って来た道を戻り始めた。
 タニタはグプタが何を考え、何を望んでいるのか、なんとなくわかる。わかっていると思う。グプタも同じだろう。
 それは相手を気遣い、同じ時間を過ごしてきたからだ。
 タニタには――グプタにも、アレクシア達が何を思い考えているのか理解するのは難しい。けれど類推することはできる。
 彼女達は、タニタがグプタを思うように、仲間を信じ思いやって来たはずだ。数日を共にしただけだが、端で見ていてもよくわかるほどに。彼らの間には言葉にせずとも通じる何かがあったように見えた。しかし久しぶりに会った4人には、そこにズレが生じているように見えた。街にいて、ただ生活をしている自分達でさえ、気持ちにズレが生じたなら共に暮らすことは難しい。なのに彼女達は旅をしているのだ。魔物が巣食う危険な山野を。

(大丈夫かしら…)

 わずかに首を巡らし振り返った先に、もうアレクシア達の姿は見えなくなっていた。



 河にそって、見晴らしのよい平地を北上する。
 よく晴れた空が、今日に限っては恨めしい。二日酔いの頭に、容赦ない太陽の光は痛かった。

「もう一日遅らせたって良かったんだぞ?」

 吐き気をこらえているようなアレクシアに、心配顔のセイが酒臭い息で話しかけてくる。まさしく吐き気をこらえているアレクシアには、そのセイの体臭が耐え難い。寄るなと手を突っ張って、幼馴染みの分厚い胸板を押しやった。

「タダ飯食わせる余裕なんかない。それにあそこにいたんじゃ、毎晩酒宴(ばかさわぎ)になりかねないからな」
「まぁ、否定はしないがな」

 苦笑して、セイはアレクシアから距離をとる。
 同じだけ、どころか酒量はセイの方が圧倒的に多かったのに、けろっとしている。この男の胃袋はどうなっているのかと、呆れながらアレクシアは幼馴染みを見上げた。
 顔だけみていれば、アレクシアがよく知るいつものセイだ。ザルで、開けっ広げな、それでいて気遣い屋の幼馴染み。違和感を感じるのは、自分の方に原因があるのかも知れない。
 否応もなく目につく空の袖。気にするなというのが無理だ。
 リリアもまた、同じ様に感じているのだろう。そのくせ、恐らく彼女はそれを認めまいとしている。それが無理をしているように見える。痛々しく見える。それがセイを追い詰めていると、リリア自身が気付いていないのではないだろうか。
 酒気の残る息を吐いて、アレクシアは軽く自分の頬を張った。

(気持ち悪いとか、言ってる場合じゃないよな)

 知らず見つめていたのだろう。セイがアレクシアから半身、右腕を隠すように身体を引く。困ったような微苦笑がその顔には浮かんでいて、アレクシアは慌てて視線を前に引っ張った。

「どっ、毒消し草で二日酔い治らないかなっ?」

 あからさまな話題転換に、頭の上のほうで吹き出す気配がした。

「治んねぇだろうな」
「だろうな」
「ああ。ディがいたら、二日酔いに効く薬草茶でも煎じてくれただろうけどな」
「アレは人の飲むもんじゃあない」

 ルザミで飲まされた煎じ薬の味を思い出し顔をしかめるアレクシアに、セイは短く声を上げて笑った。

「リリアもそんなこと言ってたな」

 言いながら、セイは数メートル後ろをとぼとぼと歩いてくるリリア達を振り返った。
 アレクシアからは見えない。だから想像するだけだ。背後を振り返る瞳は優しい色を讃えているのだろう。
 確かにセイは微笑んでいた。しかしそれは、今までにリリアを見ていたような瞳とは微かに、だが決定的に異なる色を帯びている。
 男が振り返ったのは過去だ。過ぎ去った甘く優しい日々を、返還(かえ)ることのない自分を振り返り、セイは優しく切なく微笑んだ。

「さぁて、ディクトールの奴は今頃何やってるかな。苦い薬の作り方も聞いとかないとな」

 自分を見上げる幼馴染みに、にかっと歯を見せて笑う。アレクシアは、呆れたように釣られて笑った。

「おまえには要らないだろ」
「まぁな」

 示し合わせたように二人は北を見上げた。河の上流に天を突き刺すような高い山々が見える。その手前に広がる森の中に、ディクトールのいるダーマ神殿はあるはずだった。
 二日酔いの薬や、病気や毒、様々な治療方もそうだが、いまはそれよりなにより、世界樹の葉の用法を聞きたい。
 セイの腕は治るのか。

(治るに決まってる。いや、治す)

 同じ国に生まれ、同じ師を仰ぎ育って来た二人の戦士は、異なる色を湛えた瞳でもって、霊峰ガナルを見詰めていた。
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