ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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33−5

 真水の入っていた樽はいくつか塩水に浸かってしまっていた。泣く泣く中身を海に捨て荷を軽くする。水の他にも食料の入った樽も大分海に落ちてしまった。今頃は魚や痺れクラゲどもの餌になっているに違いない。
 船の修理も必要だ。真っ直ぐダーマを目指すつもりでいたが、これではダーマまでは持たない。
 アレクシアはマルロイと相談し、直ぐさま進路の変更が決まった。
 コリントに船を引き返し、そこから陸路でダーマに向かう。
 船はコリントで修理を済ませ、長旅に必要な水と食料、修理に使う木材などを積み込む予定だ。
 コリントでの別れ際、すっかり軽くなってしまった財布にアレクシアが溜息をついたのを見て、マルロイは小さく苦笑した。

「いつの時代も、人を一番悩ませるのは、魔物でも魔王でもなく日々の糧ってこってすなぁ」

 苦笑しながらマルロイは、預かった革袋から数枚金貨を取り出してアレクシアに握らせる。戸惑うアレクシアに、不器用なウィンクをしてみせた。

「なぁに、わっしには伝手がありやす。何とでもなりまさぁ」

 それきり話は済んだとばかり、船に戻って渡しを上げてしまう。ぽかぁんと見上げるアレクシアに海賊風の敬礼をして黄色い歯を覗かせると、さっさと中に引っ込んでしまった。
 アレクシアは手の中の金貨をしばらく見詰めたあと、息を吐いてそれをポケットにしまった。

「じゃ、行くか」

 振り返った仲間達は思い思いの表情で、アレクシアを迎えてくれた。



 海路に比べ、陸路の方が時間はかかる。それに魔物と遭遇する率も高いような気がする。それでも、手強さでいったら海の魔物の方が格段に上だろう。何せあの巨体だ。船ごと海に引きずり込まれたら一環の終わりである。
 海に近い環境から、貝殻を背負ったマイマイツムリなどが頻出するが、足の遅い相手なので、囲まれたりしなければまず逃げられる。
 それがわかっているから、マイマイツムリ達は獲物を逃がすまいと催眠をかけてくる。一説には、マイマイツムリの外殻には催眠効果をもたらす渦模様が描いてあり、それを一定の方向に動かすことで、視覚から催眠術をかけ、獲物を寝かせるらしい。

「っ!」

 ふらりと足をよろけさせたレイモンドに、いち早く気付いたアレクシアが手を貸す。

「まったく、おまえは」

 ムオルでの一件は記憶に新しい。呆れるアレクシアの腕を、レイモンドは邪険に振り払った。
 以前ならば腹に据え兼ねたであろうそんな行動も、今は照れ隠しだとわかるから好ましくすら思える。くすりと笑ったアレクシアを一睨みして、レイモンドはマイマイツムリの群れに向けてベギラマを放った。
 湿原に対応したならば炎には弱そうなものだが、硬い外殻に潜られてしまうとベギラマもあまり効果がない。
 それでも、さすがにわざわざ炎を突っ切ってまでは来ないようで、マイマイツムリ達は炎の壁のこちら側には寄ってこない。
 同様にリリアが放ったイオラの爆風に吹き飛ばされて、彼我の距離は大分開いた。

「走るぞ!」

 言うまでもない事ながら、アレクシアの言葉を合図に4人は走り始める。先頭はレイモンド。リリアが続いて、出遅れたセイを気遣わしげに振り返る。

「行け!」

 走りながらリリアに怒鳴ったセイに平走するアレクシアが、リリアに向けて頷いた。それに頷き返し、リリアも全力で走り始める。
 身軽なレイモンドやリリアに比べ、金属鎧に身を固めたセイやアレクシアが遅れるのはいつもの事だし、仕方のないことだ。それでも、セイよりはアレクシアの足が早い。以前であれば、逆だった位置。
 背中を守るように、やや後ろを走るアレクシアを、セイはちらりと横目で見た。

(くそっ)

 片腕で走るのはバランスが悪い。いつもより遅いような気がする。それに体が重たかった。

(畜生!!)

 唇を噛み、左拳をにぎりしめて胸中に悪態を吐く。
 アレクシアの背中を守るのは自分に課した役目だったはずなのに、今では自分がアレクシアに背中を守られている。これではまるっきり逆ではないか。
 殿りを任せることもできない。背中も守れない。どころか、肩を並べて戦う事すら出来ない。自分の身を、守ることさえも疑わしい。

(これじゃあ…)

 まるきりお荷物だ。

 深い絶望がセイを包む。ずっしりと体に重しがのしかかったようだ。ただでさえ自由にならない体が余計に重く感じられる。辺りは、急に夜の帳が降りたように、暗く、冷たくセイの四肢を縛った。
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