ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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33−4

 陸路でもそうだが、魔物は基本的に人を避けて通る。襲ってくるのは彼等のテリトリーに人間が入り込んだか、余程彼等が腹を空かせているかのどちらかだ。
 魔王出現以来、旅人や船が魔物に襲われる頻度が高くなったのだとすれば、勿論魔物が凶暴化したことも一因だろうが、なによりも彼等が住み処を追われたか、食糧を奪われたのが大きな原因だといえるだろう。
 そう、異界の魔物に。

「ベギラマ!」

 火線に呑まれた翼竜が火だるまになりながら海面に落ちる。盛大に水柱が上がったかと思うと、もがく翼竜の姿はたちまち大木のような触手に絡めとられて海底に消えた。
 海の中では巨大な烏賊と海魔が、互いの生死を賭けた争いをしているようで、不気味な触手が幾度となく海面を叩いている。
 おかげで船はさっきからひどく揺れたままだが、突然大きく片側に傾いだ。アレクシアは船体に張り付いた海魔の脚にチッ、と大きく舌打ちをする。

「うわっ」

 切り払いに駆け寄ろうにも咄嗟に剣を甲板に突き立て、膝をついて堪えるのがやっとだ。縛り付けられていなかった樽が甲板を転がり、海に落ちた。

「この馬鹿が! ちゃんと縛り付けておけっていったろうが!」

 舵を操るマルロイが怒鳴ったが、それに応えるだけの余裕を誰も持たなかった。

「きゃあ!?」
「リリアっ?」

 上がった悲鳴にそちらを見れば、甲板に四肢をついてしがみついているリリアに、いまにも転がる樽がぶつかろうとしている。ロープで固定してあったはずだが、先の戦闘でそのロープが切れたのだろう。
 リリアの側には、セイがいた。セイの左手はマストを掴んでいる。二人は、否、リリアがセイをフォロー出来るように、彼女はセイの側にいたのだろう。だから、腕を延ばせば届く距離に、リリアはいた。

「リリア!」

 しかし、延ばす腕が、ない。

「ちぃっ!」

 セイがマストから左手を離して甲板を蹴る。飛び付くように横からリリアを掠い、そのまま片腕だけでリリアの体を抱きしめて甲板を転がる。
 さっきまでリリアのいた場所を樽が雪崩のように転がり落ち、船縁を打ち砕いて海へ落ちた。砕けた縁から海魔の触手が競り上がる。そこに目掛けて、リリアを抱いたセイは転がり落ちようとしている。

「くそぅ!」

 腕を離せばリリアは落ちる。けれどこのままでは二人とも海魔の餌食だ。
 リリアを抱く腕に力を込めて、セイが目をつむった時、爆音と閃光が五感を貫いた。間髪置かず、体が不自然な方向に引っ張られる。胸を圧迫され、ぶざまな呻きが喉をついた。

 アレクシアは視界の隅で駆け出すレイモンドを捕らえていた。擦れ違い様目が合う。船には大王烏賊やクラーケンの他にも、漁夫の利を狙った空の魔物が狙いを定めているはずだ。先ほど落とした翼竜のように。
 走るレイモンドに向けて空から爪が襲う。レイモンドはちらりともそちらに気を向ける事なく、足を踏ん張り鞭をしならせた。

「ベギラマ!」

 アレクシアの放った火線がレイモンドを狙う翼竜を包む。たまらず上空に退避した魔物に、リリアの放ったメラミが追い縋り、半ば炭と化した魔物が海に落ちた。

「ぐ…ぅっ」

 器用にセイを鞭で絡め、落下を食い止めたレイモンドの口から獣のごとき呻きが洩れる。秀麗な顔は苦しげに歪み、鞭を掴む両腕は二人分の重さにきりきりと悲鳴をあげていた。
 ベギラマを空に放った後、アレクシアは甲板に突き立てた剣を引き抜き甲板を蹴った。ほとんど垂直に近い斜面は駆け降りるというよりはもはや落下だ。落ちる勢いそのままに船に取り付く海魔に剣を振り下ろす。

「ぃやあぁぁっ!」

 ずぶりと柄まで刺さった剣を支点に左手の中に生まれた雷の槍を放つ。雷は剣を伝って海魔に吸い込まれ、煙を上げながら海魔は海底深くに沈んでいった。後を追うように大王烏賊も船を離れていく。

「マルロイ!」

 押さえを失って反対側に跳ねる船体に翻弄されながらも、どうにか縁に捕まってこらえる。舵を見振り返ったアレクシアは、そこに振り落とされまいと必死に舵にしがみつくマルロイの姿を確認し、安堵に胸を撫で下ろした。
 次に仲間達は? と首を巡らせる。海魔達のお陰で荒れる波飛沫に視界を遮られながらも、どうにか無事な仲間達の姿を確認することが出来た。
 セイとリリアは太いマストにしがみついている。波に流されそうになりながら、互いに互いを庇い支えるように。
 レイモンドは反対側の縁に捕まっている。
 アレクシアがクラーケンを倒した時、レイモンドは腕を捻って鞭を操り、セイから鞭を外しがてらマストのほうに押しやったのに違いない。反動で、彼は樽と一緒に反対側の縁に吹っ飛んでいったのだ。
 とりあえず、危機は脱した。しかし頭上には、未だしつこく翼竜が旋回を続けている。

「ちっ、しつこいな」

 アレクシアが放った威嚇のイオラが上空に爆発するやようやく諦めたのか、魔物達は空高く上昇し、やがて空の向こうに嘴先を向けた。

「みんな、無事か!?」

 マルロイの舵取のお陰もあって、船の揺れは収まりつつある。それでも舌を噛まないように注意しながら、アレクシアは声を張り上げた。

「なんとかな!」

 海水を飲んだのだろう。唾を吐きながら、縁の反対側からレイモンドがこちらも大きな声で答える。
 目が合うと、レイモンドは皮肉めいた笑みを口の端に浮かべ、アレクシアもまた微苦笑を漏らした。
 マストの下でも、セイとリリアが無事を告げた。
 やがて全員が船の中央に集まる。見渡す船の有様は酷いものだ。

「レイ! 二番だ!」

 舵を操るマルロイが叫ぶ。あいよ、と軽い口調で声を返し、レイモンドは身軽に補助マストを攀じ登った。もともと身軽なレイモンドだが、セイが片腕を失ってからは高所の作業は専らレイモンドの仕事になっている。海賊や船乗りには、片腕で器用にマストに登る者もいるそうだが、セイはそこまで片腕での生活に慣れてはいない。そして、危険を侵してまでセイにマストを登らせようと思う者は、誰もいなかった。
 マストの上で帆の調節をするレイモンドを、なんとはなしに皆が見上げる。それから、マルロイの指示を待つまでもなく、三人はそれぞれに散った。切れたロープを結び直し、荷をしっかり固定する。壊れた船の縁にも木切れを充てて応急修理をせねばならない。

「セイ?」

 これからの行動を順序立てて考えていたアレクシアは、じっと頭上を見上げたまま立ち尽くす幼なじみに気が付いた。行きかけていた足を止め、長身の幼なじみを見上げる。
 思い詰めたような固い表情。この男には珍しい表情だ。

「ん? ああ。どうした?」

 どうした、はこちらの台詞だが、深くは追究せずにアレクシアは首を振った。

「新しいロープを持ってきて。ついでに腹を擦ってないか見て来てくれないか」
「おやすいごようだ」

 おどけた顔で笑う。人懐っこい、いつものセイの顔。
 本来ならば、セイには力仕事を任せる。樽を運んだり、しっかり固定するのは力のいる仕事だ。少なくともリリアには向かない。
 軽い足取りで船室に降りる階段に向かう背中をしばらく見つめていたアレクシアは、やがて首を振って作業に向かった。

(難しいな)

 いつも通り、普通に、とは思っていても、つい違う行動をとっている。気遣うことが逆にセイの重荷になるだろうことは理解しているのに。

(駄目だな…)

 こつんと額を小突いて、アレクシアは転がる樽に両手をかけた。
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