ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
12ページ/108ページ

33−3

 持ち帰った世界樹の葉を前にして、アレクシア達は数日悩み続けている。
 世界樹の葉の使用法がいまひとつわからないのだ。ここまで持って帰ってくる間、枯れなかったところをみると、もう数日――何なら年単位で――迷う時間はあるようだしここはこの手のことに詳しい人物が戻るのを待とうということになった。言わずと知れたディクトールだ。
 ディクトールがダーマに経って二月ばかり。そろそろ戻ってきてもいいころだ。なんなら迎えに行ってもいいかもしれない。ディクトールに会えなくても、ダーマでなら役に立つ文献のひとつくらいは見つかるだろう。

「本当に行くのか?」

 渋面で言ったのはレイモンドだった。
 別れ際のやり取りを思い出すとディクトールとは顔を合わせづらい。オリビアの岬に着いたら船を下りてやると啖呵を切ったのはまだ記憶に新しい。

「ここにいても、もうやることもないしな」

 気楽そうに言うのはセイだ。セイの傷は癒えている。これまでどおり斧を振るうのはさすがに無理だが、こればっかりは実戦を重ねて勘を取り戻していかなければどうにもならないとセイは思っている。戦士としてレイモンドやアレクシアにもそれは理解できるところだ。

「なにか問題でもあるのか?」
「…いや」

 あるとすれば自分よりもアレクシアのほうだろう。父オルテガと、おそらくは生みの親であるルイーダとの関係を本人たち以外の口から聞くとすればダーマ以外ないと思われた。
 思わず見てしまったアレクシアはレイモンドの思いになど気づいてもいない様子でリリアとじゃれあっている。

(ったく、いい気なもんだよな)

 胸中で毒づいて、レイモンドは改めてセイに視線を戻した。

「で、お前ルーラで行くつもりはないんだろ?」

 確認のつもりで問う。レイモンドはやれやれと複雑そうに笑み、セイもまた、悪いなとばかりに苦笑して頷いた。
 どこまでできるのか。
 自分はまだ戦うことができるのか。
 セイがこの旅で知りたいのはそれだけだ。

(オレは、戦える)

 出立の荷物をまとめながら、楽しげに笑いあう二人の女を見る。
 幼い時に守ると約束した幼馴染と、初めて添い遂げたいと、守りたいと思った女。
 おそらくは無意識に、セイの左手が右の袖をつかむのをレイモンドは見、何も言わずにそこから視線をはずした。



 来た時と同じように、小船で対岸にあるコリント港へ渡ってから外洋に出る。
 天気のいい日を選んでアレクシア達はジパングを後にした。ヤヨイをはじめ、顔なじみとなった人々が見送る中の出発だ。こうして人々に見送られながら船を出すのはこれで二度目だが、ランシールのときほど余程心が軽い。どうせ見送られるのなら、いつもこうならばいいのに。笑顔で手を振りながら、アレクシアがつぶやいたとき、いつの間にそこにいたのかレイモンドが小さな声でつぶやいた。

「ふたつ、いいか」

 ちらりと視線だけ動かしてレイモンドを見る。レイモンドの顔は正面を向いたまま、唇もほとんど動かさずにしゃべる。すぐ横にいるセイやリリアにはあまり聞かれたくない話題なのだと判断して、アレクシアも前を向いたままほんのわずかに顎を頷かせた。

「トヘロスは掛けない。セイが望んだ。見極めろ」

 さすがにアレクシアの表情が動く。目を見開き振り返ったアレクシアに、レイモンドは相変わらずの無表情で「いいな」と重ね、レイモンドの向こうでその様子を伺っていたらしいセイは、アレクシアの視線にいつになくまじめな表情で頷いた。

「わ、わかった…」

 頷きはしたものの、声がかすれるのはどうしようもなかった。
 理性ではわかっていても、感情が追いつかない。最近はこんなことばかりだ。
 乾いた唇を噛むアレクシアを無言で見つめた後、レイモンドはわずかに唇をアレクシアの耳元の寄せて囁いた。

「それから…、ムオルで聞いた一件。連中にばれないように調べてきてやろうか?」

 内容にも驚いたが、声の近さに驚いて肩を震わせる。それをどうとったのか、レイモンドがアレクシアを見る表情は気遣わしげだ。

「あ…、いや…」

 咄嗟に体を離してしまった自分の反応が逆に恥ずかしくなってくる。何でそんな反応を取ってしまったのかという理由に思い至ってはなおさらだ。
 かァーと体温が1〜2度上がってしまったような気がする。うっすらと汗をかいた顔をなでて、口元を隠しながら、極力レイモンドの端正な顔を見ないようにアレクシアは答える。

「ありがとう。でも、大丈夫だから」
「ほんとうに?」

 セイやディクトール、特にディクトールなどは悩むアレクシアを心配するだろう。そしてアレクシアは心配を掛けまいと振舞うのだが、それが逆にディクトールの心配をあおるのだというのがわかっているからレイモンドは独自に調査をしようかと持ちかけているのだ。気にしないと口では言っていても、気にならないわけがないのだから。

「どうしたんだ? らしくないな」

 顔の近さにどぎまぎしているなんて気づかれたくない。わざとからかうようににやりと笑って、アレクシアはレイモンドの肩を手の甲で叩いた。
 言われてレイモンドも自分でらしくないと気づいたのだろう。照れくさそうに頭をかき、それから朱を帯びた顔を海へ向ける。

「ま、片足突っ込んだからな」

 本当は、心配を口実にディクトールが彼女の側に来るのがいやなのだ。幼馴染の気安さで相談に乗ろうと聖職者面でアレクシアの肩を抱くディクトールの姿が容易に想像できて、それが頭にきたからだなんて口が裂けてもいえない。

「あーあ、情報料ふんだくってやろうと思ったのにな!」

 頭の後ろで手を組んだレイモンドが、さも残念そうに言いながらくるりと向きを変える。それが芝居だと理解した上で、アレクシアはそれに乗っかることにした。

「仲間内で儲けようってのがそもそも間違ってるだろ」

 あきれたように言ってやると、後ろ手に手を振ってレイモンドが去っていく。背中を見送っていると、入れ替わりにリリアが立っていた。聞くまでもなく、表情が何を言いたいのかを物語っていて、嫌な予感に背中を汗が流れていく。

「さぁて、見張りに…っと」

 あからさまな態度で逃げようとしたアレクシアの腕をリリアが抱え込む。うっと息を呑むアレクシアを見上げるリリアの瞳は煮干を前にした猫のように爛々と輝いている。

「白状しなさいよぉ」
「何を」

 対するアレクシアの目はは腐りかけの魚のようだ。

「ちょっと見ないうちにずいぶん仲良くなったじゃないの」
「だから何にもないってぇ」

 ここ数日で飽きるほどに繰り返したやり取りだ。アレクシアは疲れきって、もうまともに答えるのすら嫌になっている。腕にリリアをぶら下げたまま、言い訳に使った見張りにつく。帆船のように立派な見張り台はないので、舳先から望遠鏡で四方を見張るだけなのだが。

「森の中でレイと二人っきりだったんでしょおぉ? そのときのこともうちょっと詳しく聞かせてほしいなぁ」

 さすがに望遠鏡を構えるのに邪魔になるので腕は開放させたが、リリアはいまだにしつこくアレクシアに張り付いたままだ。まるで恋人に甘えるように、ぴっとりとアレクシアの肩に頭を寄せている。
 確信を持って迫ってきているリリアに言い逃れは通用しない。うまく言いくるめるなんて芸当ははなから持ち合わせていないし、あったとしてもリリアを相手にどこまで通用するか疑わしいところだ。逆に墓穴を掘るのが関の山のような気がする。
 見張りについたのは失敗だったなぁとアレクシアが後悔するまでには大した時間はかからなかった。

(あー、もー。魔物でも出てこないかなー)

 不謹慎な願いをこめて望遠鏡をのぞくが、アレクシアの願いに反して海は穏やかである。

「そういうリリアは? 何か変わったことなかったの?」
「えっ…」

 寄りかかってきていた重さがわずかにぶれた。

「?」
「あ、あたしは相変わらずよ? あいつ、無茶ばっかりするから大変だったけどぉ。久しぶりにゆっくりできたし、悪いことばかりじゃなかったっていうか」

 なにか後ろ暗いことでもあるのか、聞いてもいないことまでぺらぺらと話し始める。ことが睦事に及んだときは、さすがにアレクシアも声を上げてリリアの発言を封じた。
 周りに誰もいなかったことにほっと胸をなでおろす。
 真っ赤になったアレクシアを、リリアは楽しげに声を上げて笑った。アレクシアがむっと唇を尖らすほどにしつこく。腹を抱えて笑っている。

「あはは! は…っ。やだっ。苦し、勘弁して〜」

 涙を浮かべながら去っていく。
 どうにか開放されたことに安堵しつつも、感じた違和感にアレクシアはリリアの背中からなかなか目を話すことができなかった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ