ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 どれほどの時間が過ぎたのか、鬱蒼と繁る森の中にあっては、それさえよくわからない。
 泉の水面に映る自分の姿に苦笑して、ディクトールは延び放題の髭に手をあてた。
 細面のどちらかといえば幼い顔立ちをしていると思っていたが、頬がこけ、髭を蓄えた今の顔なら大人の男に見えるのではなかろうか。などと埒もないことを考えて、ディクトールはひとり苦笑した。
 水面に映る自分の顔を見ながら、慎重にナイフを肌に添わせる。刃が進むたびに、ぞり、ぞり、と独特な音を上げて髭が落ちていく。あらかた剃り終えると、ディクトールは指で触って仕上がりを確かめて、冷たい泉の水で身を清めた。
 無色透明の水に腕を浸す。
 するとそこから、まるで出鱈目な色を塗りたくった絵筆を突っ込んだように赤黒い不気味なものが溶け出したように滲み出て、ディクトールは悲鳴とともに腕を水から引き抜いた。勢いで、湿った地面に尻餅を着く。
 どくどくと心臓が脈打ち、呼吸も荒く乱れた。瞬きするのも忘れて水面を見つめていたディクトールは、やがて恐る恐る己が腕に目をやった。

「…はっ、はは…っ」

 なんでもない。濡れたまま地面に手を付いた為に土や枯れ葉が付着してはいたが、何の変哲もない自分の手だ。
 安堵と共に乾いた笑いが込み上げる。

「あははは…」

 笑いながら両手をにぎりしめた。にぎりしめた拳を額にあてて、尚も笑い続ける。しかし次第に、笑い声は鳴咽に変わった。
 幻を見るほどに、自分の心は病んでいるのだろうか。それとも呪われているのだろうか。
 もう無垢に神を信じることは出来ない。
 ディクトールを押し潰し、蹂躙したのは神自身で、そしてそれをディクトールは受け入れたのだ。新たな力を得る見返りに。
 生きていくということは、ただそれだけで戦いだと、幼い頃父に聞かされた。毎日の食が別の何物かの死によって得られたものだからだと。だから日々の糧に感謝して、世界のすべてに感謝して、自分自身を大切にしなさいと教えられた。当然の様にディクトール自身もそれをアレクシアやセイ、アリアハンの年少者に説いて来た。
 世界を、生命を、自分を大事にするということは、共に生きる仲間を大事にするということ。ひいては、それらを造り与えたもうた神を崇めるということだ。
 崇め、祈れば神はディクトールに力を与えてくれた。その力で、ディクトールは仲間達を助けることが出来た。
 神の真実を知った今もそれは変わらない。否、より強い力を奮うことすら出来る。
 神の代理人として、世界を破壊し、再構築するだけの力を。

「…っ」

 声を押し殺して、自分自身を抱きしめるようにして泣くディクトールの背後には、異様な肉の山が築かれている。
 土から生み出され、土くれへ還るものたち。
 山を成す骸の中には、黒い髪をした人型のなにかが混ざっており、細い手足を出鱈目な角度から突き出して、虚ろな瞳でディクトールの影を見詰めていた。



作注:あまりにわけがわからんので補足(いいわけ)を!

黒い髪のなにかはディクトールが作った出来損ないのホムンクルスです。誰に似せたかは…察してください!

賢者になったディクトールについての説明が足らないかと書き出したのですが、わたしの設定の甘さが際立つだけの結果となりました!!ギャー
一ヶ月悩んだ割に何もまとまらなかったな。
続きを待っていてくれた(数少ない)読者様に顔向け出来ませーん(ノд<。)゜。
ここから先の展開は、わかったような気がして、でもはっきり掴めずまた霧散していく。
そんな感じなんですよ。
いつか手直しにしても、先を書かなきゃ見えてこない気がする。
なので、ここは目をつむって先に進みますっっ ε=(。><)シ




 同じ海からの風でも、オリビアの岬とジパングとでは全く違う。海岸から眺める海面も。
 潮風に髪をなびかせて、アレクシアはふと目を細めた。遠浅の海はエメラルド色。そこに泳ぐ魚の鱗だろうか、きらきらと陽光を反射して輝いていた。

「アレク」
「今行く」

 答えつつも、なかなかその場を離れることが出来ない。足元の砂をさらさらと掠う波が心地よい。極寒の地から戻って来たばかりの身には、初夏を迎えたジパングの気候が、殊更美しく感じられた。

「先に行くぞ」

 呆れた口調で言いながらも、レイモンドはその場で腰に手を当てたままアレクシアを待っていた。波と戯れるアレクシアを見守る瞳が、どことなく切ないような優しさを含んでいる。

「アレクシア」
「行くったら」

 三度目の呼び掛けにようやくアレクシアはレイモンドを振り返り、ぱしゃぱしゃと海水を跳ね上げながらレイモンドに駆け寄った。並んだ腕が触れ合いそうな距離で、一瞬視線が絡み合う。どちらともなく微笑んで、ふたりは並んで歩き始めた。




「おか……えり」

 ジパングでの仮住まいに現れたアレクシアとレイモンドを見て、リリアは妙な間を持たせた声をかけてしまった。
 嬉しそうに駆け寄るアレクシアを迎えて抱擁を交わした後、初見で抱いた疑問が胸の内で大きく膨らむ。
 んん? と眉をしかめて、リリアは強くアレクシアの体に抱き着いた。

「ちょっ?」

 狼狽するアレクシアも、飽きれ顔でリリアを見るセイやレイモンドにも構わずに、リリアは疑問を確信へと推移させる。

「やっぱり! アルの胸がおっきくなってる!」
「ゃっ!」

 遠慮も躊躇もなく、まるで学者が研究対象を観察するかのように淡々と、リリアはアレクシアの胸に触れた。一年前にもこうして触れたことがあるが、同様に上がった悲鳴はより女の子らしい色を付けたのではないだろうか。
 固まるのではなく、咄嗟に胸を両手で庇って身を屈めたのも、いかにも女の子らしい反応だ。
 ふぅん、と感心するリリアの後ろから、「へぇ、どれどれ」などと言いながら近付いたセイの頭を、これまで呆気に取られて固まっていたはずのレイモンドが遠慮のない仕種で張り飛ばす。
 これにも、リリアは面白そうに目を見張った。

「いきなり何すんの!?」
「いやぁ、だって気になったから」

 真っ赤な顔で抗議するアレクシアに、悪びれる風でもなくしれっとリリアが答える。

「女の子らしくなるような事があった?」
「あるわけないじゃない!」

 真っ赤な顔のままアレクシアは叫んだが、リリアのニマニマは治まらない。
 にぃんまりと笑うリリアの目は、意味ありげにレイモンドの上も通ったのだが、こちらはアレクシアより余程面の皮が厚いらしく、ぴくりとも表情を変えなかった。

「ったく、もうっ」

 赤い顔を紛らわせる様に、わざと憮然とした表情で、アレクシアは懐から小さな布包みを取り出しリリアに突き付けた。

「…? なに? これ…っ」

 言いながら、突き付けられた包みを開く。中身がなにかすぐに気付いたのだろう。言葉半ばでリリアは息を飲み、真顔に戻ってアレクシアを見た。

「まさか」

 問う声が震えている。
 口角を僅かに上げて、震えるリリアにアレクシアは頷いた。途端リリアは、ああ、と息を吐いて膝を折る。崩れるようにしゃがみ込んだリリアの胸に、大事そうに抱えられたのは、いまだに生き生きと緑色の輝きを失わない、世界樹の葉だった。

「まさか、本当にあったなんて…」

 呟く声が歓喜に震える。
 死者さえも蘇らせる、伝説の世界樹の葉。神が世界を作ったときに、生き物を生み出したという世界樹の。
 伝説が本当ならば…―
 涙に頬を濡らしたまま、リリアは顔を上げ、怪訝そうにリリアを見るセイを見た。風にそよぐ、空っぽの右腕の袖を。
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