ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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53.大穴

竜の女王の城を後にした一行を再びラーミアは背に乗せた。アレクシアたちが指示するまでもなく、ラーミアは竜の女王の城を訪れたとき同様迷いなく北上し、周囲を深い谷と高い山々に囲まれた陸の孤島とも言うべき場所へと飛んできた。どこかの高い山の頂であるらしく空気が薄い。こう、と舞い上がる谷からの風には硫黄の臭いが漂い、近くに火山があるのではないかと思われた。
大人が走れば端から端まで1分とかからないだろうほどに狭い山頂に四人を下ろすと、ラーミアは甲高く鳴いて舞い上がった。名残惜し気に上空を旋回した後に、もう一度鳴いて南の空へと飛び去って行く。アレクシアとレイモンドの脳裏には、ラーミアの別れの言葉が届いていた。愛惜の今生の別れが。

「…置いていかれた、ってこと?」

灰色の空に白いラーミアの姿がみるみる遠ざかっていくのを呆然と見送り、リリアがぽつりと呟く。

「そうみたいだね」

苦笑するディクトールにラーミアは何か言っていなかったのかと視線で問われ、アレクシアは「別に…」と言葉を濁す。こんなときにアレクシアが嘘をつくのが下手なのは重々承知しているディクトールは、先程とはまた違う種類の苦笑を浮かべてレイモンドを見た。

「あそこにいけってんだろうな。気をつけて行けってさ」

まさかばか正直にラーミアの言葉を訳す必要もないのだ。顎をしゃくって、レイモンドは山の頂のそのほとんどを占める石造りの建造物を示した。

「至れり尽くせりでありがたいことだな」

唾棄するレイモンドに眉をしかめるアレクシアだが、彼の気持ちも分からなくはない。自分の人生なのに、自分の意思とは関係のないところで自分の行動が決まっている。予め用意された道をただ歩かされている。その感覚は、これから有史以来人間がなし得たことのない最大の障害に立ち向かおうと言う意欲を削ぐ。とはいえ投げ出せないのだ。それすらも決められたことなのだろう。

「まるで呪いだ」

ぽつりと足下に落ちた声に、アレクシア自身が驚いた。慌てて持ち上げた面に、これまた驚いた顔のレイモンドと目が合う。気まずい思いで唇を引き結ぶアレクシアに、レイモンドは自身の力みを逃すようにふっと息を吐いた。笑ったようにも見えたが、嫌な感じはしない。何か嫌みのひとつも言ってくるのではと身構えていたアレクシアの肩を叩いて

「行こうぜ。勇者様」

と歯を見せて笑う。

「あ、うん」

ごろごろと大小の石灰石が転がり、酷く歩きにくい岩山の上を事もなく進んでいくレイモンドを先頭に、四人はその、いつ、誰が、何のために建てたのかわからない建造物の扉を叩いた。
外見はイシスの神殿に作りに似ている。とても古い様式だ。四方を松明の火が照らしている。松脂の燃える臭いと、硫黄の臭いが、中から扉へと吹きすぎていく。

「…?」

今入ってきた扉以外に窓もない。にも拘らずどこから風が吹いてくるのかと、室内の暗がりに目を凝らす。
――と、

「…血の、臭い…?」

松明では照明が心許ないと、レイモンドがレミーラを唱えた。突然の強い光に、闇に慣れた目は痛んだが、お陰で中の様子ははっきりと見えるようになった。

「なん、だ…。これは…」

思わず声を洩らしたレイモンドは未だましで、リリアは悲鳴を飲み込みアレクシアの胸に顔を伏せた。彼らの眼前に現れたのは床に広がる大きな穴と散らばる床材。そして渇いた血溜まりと幾つかの死体。

「酷い…」

唇を噛み締め呟くリリアの体をそっと押しやり、アレクシアは無言で遺体の側へ寄った。こちらも無言でディクトールが倣い、弔いをはじめる。兵装をしていることから、どこかの兵士なのだろう。身元が分かるようなものを身に付けているかもしれないと、鎧や周囲に落ちている盾、剣等を改めてみたが、これといった紋章は刻まれていない。専門家ではないのではっきりとしたことは言えないが、遺体の傷み具合から見て、死後1日から数日というところだろうか。魔物の爪で切り裂かれ、強い力で押し潰されたような傷が多い。最初「幾つかの死体」と見たのはバラバラになったパーツが大穴の周辺に散らばっていたからだ。
遺体の数は三から四。四肢と胴体の数が合わなかったが、出血の量から見て腕の持ち主が生存しているとは思えなかった。手分けをして生存者を探してみたが、辺りにそれらしい人影はない。

「なにと戦ったんだろう」

外に簡素な墓を建てて埋葬を済ませると、ぽつりとアレクシアが呟いた。
捜索と調査と埋葬で、半日近くここにいるが、アレクシア達が魔物と遭遇することはなかった。魔物が上がってくることも難しい高度に位置するのだろう。雲を下に見る山の頂で、土木作業をするのはぞっとする。
そんな場所だから、兵士たちが魔物の襲撃を受けて全滅したとは考えにくかった。そもそもラーミアの翼を以てたどり着いたような高所に人間の国の施設があることからしておかしい。まして兵士がただの人間なのだとすれば、彼らの衣食住はどうしていたのか。

「人じゃない?」
「誰が?」

肉体労働をして小腹がすいたと干し肉をかじるレイモンドを、よく今食べられるなとリリアが非難がましい目で見ている。そのリリアから逃れるようにアレクシアのところへやって来たレイモンドが、アレクシアの独り言を拾った。

「え? ああ、この人達、どこの兵士だったのかな、って」
「竜の女王の眷属とかじゃないか?」
「…え?」

あまりにも当たり前だという口振りにアレクシアが驚いていると、レイモンドは「だってそうだろう」と指折り理由を並べていく。アレクシアも気にした地理的条件に加えて、ラーミアが竜の女王の城の後に自分達をここへつれてきたこと、ゾーマが現れたのと兵士たちの死亡時期がほぼ同じであること。

「アリアハンから見てここは北西に位置する。バラモス城の近くだ」

ネクロゴンド王国だよ、とレイモンドは神妙に言葉を切った。

「……えーと、つまり?」
「…ふざけてるのか?」

驚き、呆れ、怒り、とレイモンドの整った顔が百面相する。

「ち、ちがくて! 本当に!」

何事かと集まってきた仲間達を前に、今しもアレクシアに拳骨を落とそうとしていたレイモンドはふー、と長く息を吐いた。仕方ないと頭をかきまぜ、適当な石に腰をおろした。

「俺じゃない方の記憶だ」

と前置きして、レイモンドは吟うように語り始めた。
太古の昔に滅んだネクロゴンド王国の知られざる伝承。
それはかつてアレクシアとレイモンドが語った過去の彼らの記憶の断片の、さらに子細な内容だった。
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