ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
106ページ/108ページ

52.竜の女王

頂を雲の上に覗かせる険しい山の上にさらに階段を上ってたどり着いたのはめまいがするほどに巨大な城だった。
大理石か石英か、つるりとした白い石材で出来た建造物は大きさのわりに人の気配がなく、しん…と静まり返っていた。
否、そもそも人がいることすら疑わしい。いるとしても人ではない何かだろう。清浄すぎる空気につい警戒を怠りそうになる。広い廊下をぐるりと一回りしてみると、左右対称に作られた城の構造がだいたい把握できた。しばらく歩いてから、一行は改めて互いの姿を見てほっと息を吐いた。レイアムランドで経験したように、雰囲気の似ているこの城でも姿形が変わってしまうのではないかと不安に感じていたからだ。
安心したところで、廊下を廻っている時に敢えて無視して通りすぎたいくつかの扉の、どこから入ってみるかという話になる。迷宮でもあるまいし、正面から入って玉座の間が普通ならあるだろう場所を目指すのか、端から巡ってここがどんな場所なのがの情報を集めてからにするのか、なんにしても玉座の間には行くことになるだろうからやはり正面からか、など。
そんなことを話していると、正面の大扉の横にあいた小さな通用口の戸が開いて、ひょっこり小人が二人現れた。

「おお、こんなところに」

一人は背丈は小さいが体格はしっかりしていて口髭を蓄えている。ホビットだ。アレクシアたちも過去に何人かこの種族とは話したことがある。人間ほど数は多くないが、世間でもそこまで希な種族ではないだろう。誠実で約束を決して違えない。魔法こそ使えないが頑強な肉体と手先の器用さから戦士としても職人としても優秀な種族として知られている。

「もう、うろうろしないでよ」

もう一人はホビットに比べて枝のように細い。金細工のように繊細な髪の毛の間がら尖った耳が覗いていた。

「エルフ?」

リリアの思わず口をついた言葉にむっと眦を吊り上げたのは物語にしか出てこない美しい妖精そのものだった。アレクシアたちはエルフをレイアムランドで見てはいるのだが、エルフに出会ったという感慨などあの時は感じていられるような状況になかった。

「そうよ。ここは天界に一番近い場所。竜の女王様のお城です。本来ならば人間などが近づくことさえ許されない場所よ」
「だが、そなたらは許された」

アレクシアと、レイモンドに、二人の妖精はそれぞれ恭しく礼をした。

「「おいでなさい、竜の女王様がお待ちです」」

顔を見合わせ、ただ戸惑うだけのアレクシア達に、エルフはイライラと、ホビットは黙って着いてくるようにと歩みを促す。

「竜の女王…?」
「女王〃様〃だ。人の子よ。」

記憶をたどり、呟いたディクトールを一瞬だけ振り向いて、ホビットが訂正する。

「ディ、知っているの?」
「聞いたことはあるような気がするんだけど…」
「女王様は優しいお方。この世界の我々をお見捨てにならず、一人この世界に残られた、ただ一柱の神」

黙々と歩くホビットのかわりに、エルフが淡々と言葉を紡いでいく。質問に答えたというよりは、神話をただ諳じているようだった。それはディクトールの知っている神話とは違う、アレクシアにとってもはじめて聞く内容だった。

「大神ミトラが神々に命じて作らせた世界の数々。アースガルドもそのひとつ。生まれし人が間違いを起こす度に、神は嘆き、世界を離れていった。神官よ、汝が祈りは神に届くか? その声を聞くは汝が神に非ず。アースガルドにただ一柱、残った神は竜の女王」
「だがその命も今や風前之灯。ああ、おいたわしや。女王様」

恭しく開け放たれた扉の中には、奇っ怪な王冠を着けた高貴な女性の姿があった。ドレスの上からでもわかる、大きく盛り上がった腹を重たそうに長椅子に横たえていた。

「お前たちを待っていました」

血の気を失った青白い肌。四人を側へと手招く長い指に生えた鋭い爪、手の甲を被う黄金の鱗。長く重たい黒髪の間から覗く角は、飾り等ではなく彼女自身のものなのかもしれない。

「我はこの世の生きとし生けるもの全ての守護者にしてこの世界の王。竜の女王」

一言一言に、魂が押し潰されそうになる。畏怖に膝が崩れそうだ。本来ならば直視などできないほどに神々しく、側に寄れば発狂してしまいそうなほどに圧倒的な存在であるに違いない。それが神というものだ。魔王バラモスを前にしてさえ、人間が如何に脆弱で卑小な存在であるかを思い知らされたのだから。
竜の女王が神だというならば、その存在感は魔王バラモスの比ではあるまい。それがこうして神を前に正気を保っていられるというだけで、エルフが言う通りに竜の女王の命の火が尽きかけている証拠なのだとわかった。

「魔王を賤称するバラモスなる魔物を倒したこと、見事でありました。されどバラモスなどは悪の権現ゾーマの手駒のひとつに過ぎぬ」

竜の女王は一度言葉を切って、四人を順に見つめた。

「レイモンド、アレクシア。定めの子らよ、今ひとたび、魔王を倒す旅に出る覚悟はあるか?」

「はい」
「仕方ねぇからな」

「リリア。翻弄されし者よ。そなたの真に出会う旅になる。ここに残ることも汝の選択」

「どうせなら全部知りたいわ。行くわよ」

「ディクトール。探求者よ。人の身で神の理に触れるは禁忌。されど人の子よ。汝等の行く末、自らの手で選びとるもまた人の定め。我は汝等の守護者。そなたの選択を見守ろう」

ディクトールは、即答しなかった。
じっと考える風に床を見つめ、そこに映る己が影を見ていた。
女王も、アレクシアたちも、ただ黙ってディクトールが話始めるのを待っている。アリアハンを出ることを了承したからと言って、大魔王を倒す旅に出ることを了承した訳ではないのだとアレクシア等は自分自身に言い聞かせている。彼の返答がどうであれ、その決断を支持しようと。

「……」

ディクトールは影から目を離してアレクシアを見つめた。すぐに気づいて、アレクシアは微笑んだけれど、それだけだ。ついてきてくれと甘えられたら、すがり付かれたなら。ついてこいと力強く頷いてくれたなら、ディクトールは悩まない。望まれること。それが何よりの望みなのに。

「…行くよ。そう、言ったじゃないか」

笑みを作ってディクトールが頷けば、アレクシアは安堵して後ろを振り返る。そこで彼女が微笑みを向けるのはレイモンド。彼女の笑みに応えて微笑むのはレイモンドだ。
チリ、とディクトールの胸が焦げる。この3年、変わらずに。

「それも人の子の螺旋の定め。ディクトール、そなたにこの〃光の玉〃を預けます」

どこからともなく、竜の女王の掌の中にその名の通り光が凝縮された球体が現れる。
受け取ると、掌がじゅっ、と焼けたような感覚に教われ、ディクトールは思わず玉を落としかけた。光の玉をポケットに落とし込み、両掌をしげしげと観察してみるが火傷などはしていない。

「我にはもはや、大魔王ゾーマを討ち果たすだけの力はない。我の代わりに、この光の玉で平和な世を取り戻しておくれ。ネクロゴンドの山奥に ギアガの大穴がある。全ての災いは その大穴よりいずるのじゃ。さぁ、行くがよい」

話は終わりであると竜の女王が手を払うと、不意にアレクシア達の足下の感覚が消えた。

「なっ!?」

上下の感覚がなくなり、自分が落下しているのか上昇しているのかもわからない。一瞬なのか長い時間そうしていたのかも。ただ悲鳴だけが空に飲み込まれて、次の瞬間にはあの階段の上にいた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ