ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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城を出てから町を出るまでの間、アレクシア達は大通りを真っ直ぐに走った。明け方とはいえ途中誰かの目にはとまっただろう。しかしそれでいい。それでアレクシアの母や祖父、ディクトールの生家である教会、親しい人たちへのあらぬ疑いを避けることができるだろうから。

(母さん…)

一度だけ、アレクシアはアリアハンの町を振り向いた。もう見えるわけもない。生まれ育った家。セイや近所の子供たちと遊んだ通り。そこに住まう大切な人たち。
足を止めたアレクシアの視線を追うように、ディクトールもその隣に立ち町を見やった。

「本当に良かったのかい?」

何も言わずに出てきた母の心配を思うと心が痛む。ルイーダとも話がしたかった。しばらくの沈黙が示すように、気にならないと言えば全くの嘘になるが。
四の五の言っている暇を現実は与えなかった。ならば仕方ないと、受け入れる他ないのだ。これまでもそうしてきたように。

「…うん。ディクトールこそ、巻き込んですまない」

ディクトールは一瞬目を見張り、それからふっ、と息を吐くように笑った。

「らしくないね。巻き込まれたなんて思ってないよ。だったら初めから着いてきてない」
「今更だろ」
「水臭いわよね」

ディクトールに続いてリリアとレイモンドの二人もそれぞれ呆れた様子で頷くが、厳密にはディクトールもリリアも勝手に着いてきたのだし、更にレイモンドに至っては当事者の片割れである。アレクシアが申し訳なく思う謂れはないではないかと、口論、というよりはじゃれあいが始まる。お陰で、アレクシアの中に本の少し存在した蟠りは残雪が春の日差しに溶けるかのように解けたのだった。
そんな調子で町から人の姿が判別できない程度離れた頃、一行の頭上に大きな影が射した。月が雲に隠れたのかと思えば、影は四人の後を追うようにずっとついてくる。

「ラーミア!」

怪訝に思い空を見上げてみれば、バラモス城の前で別れてそれきりだったラーミアが、民家の屋根ほどの高さをゆっくりと飛んでいた。再会は喜ばしいが、人目につけばとんでもない騒ぎになる。ただでさえ今日は色々あったから、起きている人はいつもよりは多いだろう。
と、脳裏に町の南にある小さな森のイメージが浮かぶ。ラーミアが送ってきたものだろう。その証拠にラーミアは高く舞い上がり南へ首を向けた。

「待て」

不意に走り出そうとしたアレクシアの腕をレイモンドが止める。今に始まったことではないが、ラーミアの声はアレクシアとレイモンドにしか聞こえないのだ。

「あ、そうか」
「どこ行くのよ」
「ラーミアがこっちだって」
「あ、そう」

何を言っても仕方ないと、リリアとディクトールはおとなしくアレクシアの後について走った。息を切らせたリリアが横っ腹を押さえながら追い付いたのは町に程近い小さな森の中で、息が整うまでの間も惜しいとばかりにラーミアの背に引き上げられる。

「それで? なんだってぇのよ」
「連れていきたいところがあるらしい」

アレクシアもそれきり、詳しいことはわからないと口をつぐんだ。
ラーミアは雲より高く舞い上がり、ぐんぐんスピードをあげていく。遥か眼下の景色は豆粒のようで、それと思う間もなく見えなくなった。一日あれば、ラーミアは世界をぐるりと一周してしまえるだろう。
ラーミアの背は相変わらず快適で、四人はいつの間にかうとうとと寝入ってしまった。だからラーミアが再び地上に降りて一声鳴いたとき、そこがどこで今がいつなのか誰にもわからなかった。
森の中の城。しかもこれまで見たこともないような大きな城だ。
どうしたものかと顔を見合わせる四人に、ラーミアは早く行けとでも言っているように城門へ続く階段に嘴を向けた。

「とりあえず、嫌な感じはしない、わね…」

リリアが呟いた通り、瘴気が渦巻いている、という感じはしない。どちらかと言えば逆だ。空気は妙に澄んでいて、清みきっていすぎて逆に息苦しい。ぴんと張り詰めた空気に触れたとたんに膚が切れてしまうのではないかという気すらする。

「…世界樹の森の雰囲気に似ていないか?」

レイモンドの言葉になるほどと頷く。そして気付いたのはレイアムランドとも似た空気が漂っているということだ。じ、っとレイモンドを見る。

「なんだよ」

凝視されて居心地悪そうに身じろぎするレイモンドの容姿が変化する様子はなく、なんでもないとアレクシアは小さく息を吐いた。レイアムランドの二の舞を踏むのは避けたいのだ。
城の手前でまごつく四人を急かすように、ラーミアがピィっと甲高く鳴いた。するとそれを合図にしたように階段上で大きな扉がひとりでに開いた。…ように見える。

「誰かいる」

目のよいレイモンドが指差す先を追えば、扉の内側に小さな人影が見える。子供、のようだ。四人はそれぞれに顔を見合わせて、ややあって思いきったように頷いた。散々死線を潜ってきた四人ではあるが、得たいの知れないものへの恐怖がないわけではない。

ピィ、ピィー

「わかった。わかったから、つつくなよ!」

ラーミアは軽くつついたつもりでも、あの巨体だ。つつかれた方はたまったものではない。鎧の上からでなければ体に穴があくだろう。突かれた衝撃で2、3段階段を飛び越すことになったレイモンドは、自棄になってそのまま階段を上り始めた。残りの三人もつつかれてはたまらないと、急いでそのあとを追いかけるのだった。
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