ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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 自宅と町を一回りしていたアレクシアは、民家で怪我人の手当てをしていたときに城の兵士に呼び止められた。兵士の後ろにはディクトールもいて、直ぐに登城するようにと言う兵士の後に従った。

「おばさんたちは?」
「寝てたみたいで、なんともないよ。他も、ゴートさんが階段から落ちたくらい。大した怪我じゃない」
「そう。良かった」
 安堵の笑みを浮かべるディクトールに、アレクシアは声を潜めた。

「…なにがあったの?」

 兵士に気を配りながら、ディクトールもアレクシアに顔を近づけ小声で応じる。

「僕も詳しくは解らない。城の前で君を連れてくるように言われただけだ」
「じゃあリリア達には?」
「会っていない」

 兵士の様子もおかしい。バラモスを倒した祝宴を開こうという雰囲気ではない。
 程無く城に到着すると、アレクシア達の周りを白銀の鎧に身を固めた近衛騎士が取り囲んだ。武器を取り上げられ、後ろ手に両手を縛られ連行される。理由を問うても、騎士は一言も答えなかった。
 赤い絨毯が敷かれた謁見の間に引き立てられ、上から儀杖槍で無理矢理押さえ付けられた。勢い余って顎を床に打ち付けて、口の中に鉄の味が広がる。

「アル!」

 同じく縄を打たれたリリアと、抵抗したのだろう痣だらけのレイモンドが床に転がっている。
 一先ず二人の安全を確認して安堵したものの、揃ってこんな仕打ちを受ける意味が解らない。毅然と顔を上げ、一段高い場所にいる豪華な衣装の男を睨み据えた。

「大臣閣下、これは如何なる故あっての仕打ちでしょうか」

 怯え、蔑む眼差しがアレクシアを一瞥する。顔をあげたアレクシアに騎士が槍を打ち付けた。

「アル! 貴様っ」
「よせ!」

 拘束を振り切り今にも暴れだしそうなディクトールを鋭く制し、アレクシアは再度顔をあげた。

「閣下、わたし達は国王陛下のご命令でバラモスめを倒して参りました。アリアハンへは戻ったばかり。かような仕打ちを受ける理由がわかりません。どなたか人違いをされているのではありませんか」
「間違いなどではない。騙されんぞ、この化け物め!」
「化け物?」

 床に額をすり付けんばかりに踞るリリアの肩がびくりと震えたのをアレクシアは見た。ラーの鏡と同じような魔法の品が、彼女のもうひとつの姿を写し出したとでも言うのだろうか?

「ゾーマなる異形と組んで、我がアリアハンを侵略しようというつもりだろうがそうはゆかぬぞ!」

 金切り声を上げる大臣の言葉を半ば聞き流しながら、アレクシアは口中で「ゾーマ」と呟いた。聞いたことのある単語だ。が、

「皆目見当がつきません。わたくしの身許は兵士のダグラスに聞いて頂ければ」
「その兵士ならば死んだ!」

 吐き捨てられた言葉に、アレクシアも声をなくす。ディクトールも同じ様子でリリアとレイモンドに救いを求めて視線を向ける。

「…本当だ」

 勝手に喋るなと、レイモンドを騎士が殴りつけた。整った顔は見る影もない。もう何時間かすれば更に腫れ上がるだろう。

「どうして…?」

 アレクシアの独白には大臣が答えた。禍々しい気配が城を覆っていると伝えた大司祭もろとも、突如開いた異界の扉から現れた何者か、ゾーマと名乗ったそれが、大司祭と、その場にいた数名の兵士の命を奪ったこと。これらを手引きした疑いがアレクシア達にかかっているのだ。

「バカな…」

 何もかもが信じがたい。否、バラモスを倒してからずっと感じていた不安を思えば逆に納得がいく。

「連れていけ」

 項垂れたアレクシアを騎士二人が両脇から立ち上がらせる。後の三人も同様に引きずるように連行される。四人は地下廊へ収監された。



 地下廊へ入るのはこれで二度目だが、とても馴れるものではない。馴れたくもないが。
 四人は別の房へそれぞれ収監されたが、格子から手を出せば互いの姿は確認できた。声も届く。武器は奪われたが鎧は身に付けたままだし、魔法が封じられている訳でもない。逃げようと思えばいつでも逃げられた。

「――と言うわけだ」

 怪我の治療を済ませ、別行動していた間の出来事を説明してしまうと、レイモンドは黙り込んだ。付き合いは数時間だったがダグラスは気のいい男だった。目の前で失ったことはレイモンドにとっても辛い出来事だったのだろう。

「ゾーマと言ったんだな? ディ、覚えてるかい」
「うん。サマンオサだね」

 偽の王に支配されていたサマンオサではゾーマという神が信仰されていた。これが無関係な訳がない。

「まさか実在したとはね」

 ディクトールが立ち上がり、衣服の埃を払う様子が聞こえる。アレクシアもそれに倣って冷たい石の床から腰をあげた。

「レイ、傷の具合は?」
「大丈夫だ」
「リリアも平気?」
「まあね」

 声をかけるとそれぞれ立ち上がったのがわかる。
 隣の房でリリアの詠唱が始まると、程なく全ての房の格子が開いた。他に収監されていた囚人も居らず、看守も予め眠らせていたので、見咎めるものは誰もいない。

「じゃあ行こうか」
「行こうか、って…」

近所に釣りにでも出掛けようとでも言うような、あっさりとしたアレクシアの口調にディクトールは目を見開いた。長旅から戻ったばかり、そればかりかアンナマリになにも言わずに出ていくのだ。仕方ないと分かっていても一目会わなくていいのかと言いたくなる。

「アル…」

会ってくるべきだと口を開いたディクトールを制するように、アレクシアはポケットを漁った。

「路銀が心もとないな」
「武器もないしな」

 手荷物は全て奪われてしまったし、アレクシアの家に置いてきた物を取りに帰るのは母と祖父に迷惑をかけてしまう。
アレクシアとてディクトールの言おうとしていることは分かる。今度こそ本当に帰ってこられるのかわからない。今生の別れになるかもしれないのだ。けれど、だからこそ、会えない。捜査の手が母と祖父に向かわないように、例え向いたとしても関係ないと思わせるために、アレクシアは母と祖父に会うわけには行かない。

「まぁ、なんとかなるわよ」

 苦い顔で首肯くアレクシアとレイモンドを軽い調子で一蹴し、リリアは全員の額に指先で印を描いた。

「光は我らを通り抜け、影もまた我らを避ける。レムオル」

 途端にリリアの姿が消えた。影もない。驚くアレクシア自身の姿も消えて、触れれば感覚があるのに、足元の床が透けて見える。

「うえっ、気持ち悪い!」
「一時的なものだから急いで。城壁の外で落ち合いましょう」
「了解」
「わかった」

 足音と気配が去っていく。注意すれば、姿は見えなくとも気配は辿れた。気配も殺しているのがレイモンド。アレクシアは鎧がカチャカチャ鳴るし、リリアとディクトールには足音や気配を完全に消し去るなんて芸当は出来ない。姿は見えなくとも存在が消えたわけではない。少し感覚のさえた者なら気付くだろう。
 結局四人は殆ど一塊に行動し、魔法の効果が切れた時には数歩の距離に全員が揃っていた。
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