ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
102ページ/108ページ

51-2

まともな食事など久しく口にしていなかった四人は、アマリアが用意した家庭料理をまさしく貪り平らげて呆れるほどによく食べた。
食欲が満たされると耐え難い眠気が襲ってきて、或は食卓に突っ伏して、或は椅子からずり落ちながら眠ってしまった。小さな子供ならば抱き抱えて寝台に運ぶこともできただろうが、今では親より大きくなった娘とその仲間たちをアマリアと舅ではなんともできず、本人たちが自然に目覚めるのに任せた。アレクシアたちが目覚めたのは、仕事明けのダグラスが酒場に行こうと誘いに来た頃で、如何にも寝起きだという気怠げなアレクシア達に、

「さすがに疲れているよな。すまん。明日でも俺は構わんよ」

呆れ半分心配半分のダグラスは言ったのだが、アレクシアもディクトールも「明日にしてくれ」とは言えなかった。何故かはわからない。漠然とした不安が彼らの心を占めていて、明日を約束することができなかったのだ。

「いや、大丈夫。行くよ」
「そうか?」
「うん。リリアはどうする?」

変な姿勢で寝ていた為に首が痛いらしい。しきりに伸びをしているリリアに、アレクシアは声をかけた。昔馴染みとの集まりだ。リリアやレイモンドには退屈なものになるだろう。

「んー…」

 眠いし、気を使うかもしれない。という思いからリリアの返事は歯切れが悪い。

「レイはどうするの?」
「そこは泊まれるのか?」
「泊まれるよ」

答えたのはダグラスだった。

「行くだろ?」

 との問いと言うよりは確認に、レイモンドは返事もせずにのそりと立ち上がり、自分の荷物を手にアマリアと舅にぺこりと頭を下げた。

「じゃあ、あたしも行こうかな」

一人で残っていてもつまらないと、リリアも延びをしながら立ち上がる。
酒場までの道すがら、といっても目と鼻の先なのだが、思い出したようにディクトールがダグラスに二人を紹介した。

「そういえばリリアは最初、アルを男だと思っていたよね」
 ほんの2年前の話なのに、ひどく懐かしい。

「そうよぉ? 玉の輿だと思ってたわよ。運命の王子様だ!ってね」
「はは、そりゃ悪かったね」

 セイがいるだろ、なんて誰も口にしない。今となってはその名は苦い痛みを伴うばかりだ。だからアレクシアとリリアは殊更ふざけあって「アルはそのままでも十分素敵」だの「リリアはかわいい」だのと、男どもが呆れて他人の振りをする程にはしゃいでじゃれあう。
 酒場についてからも悪ふざけは続いていて、同じ卓についてからも自然と男女別れて話が進む。

「そうか、サマンオサか」

 出身は何処だと聞かれて素直に答えたが、どんなところだと聞かれると正直困るなと、レイモンドが間を持たせるようにグラスに口をつけた。

「島国のペーペー兵士が何も知らないと思ってるだろ?」
「いや、別にそんな…」
「サマンオサも鎖国が解かれたそうだな。アリアハンの鎖国が解かれたのもここ数年だが、君たちのお陰でポルトガとの国交が始まった。サマンオサともよい関係を築いていけると思っている」

 アリアハンを閉じていた封印を解いたのは勇者アレクシア。ポルトガをはじめとした海運国の同盟を橋渡しし、20年鎖国を続けていたサマンオサの内なる闇を祓い外交を再開させたのも、それら諸悪の根源であった魔王バラモスを遂に討ち果たしたのも。

「君たちの偉業は計り知れない。ありがとう」

 居住まいを正して深々と頭を下げるダグラスに、四人は互いの顔を見合わせた。こう改めて礼を言われると居心地が悪い。全てが「誰かのために」やってきたことではないのだから。

「子供には平和な世界に育ってほしい。俺には魔王を倒すなんてとても無理だからな」
「子供?」

 妙な実感のこもった発言に、ディクトールが首をかしげる。ダグラスは照れたように、誇らしげに笑った。

「所帯を持ったんだ。今年のはじめに。冬には父親になる」

 一瞬の空白の後に、四人はそれぞれにダグラスに祝いをのべた。

「おめでとう。お相手は、僕らの知っている女性かな?」
「マチスさんとこのイリス」
「ああ、教会区の。よく泥んこで教会に来てたよ。元気な子だよね」
「何年前の話だ。今度遊びに来いよ。紹介する」

 アレクシアとディクトールの脳裏には、前歯の抜けた顔で笑う幼女が浮かんでいる。二人が学校に通いはじめてから接点はなかったから、10年近く会っていないことになる。きっと町中で出会っても昔馴染みとは気付かないだろう。

「はー、ダグが結婚ね」
「初恋叶わず?」
「そんなんじゃないって」

 リリアに小声で脇腹をつつかれて、アレクシアは苦笑した。いつだか語った昔話を、リリアは幼いロマンスだと思っているのだ。

「シアだってバラモスは倒したんだ。このまま、腰を落ち着けるんだろ?」
「う〜ん」

 曖昧に頷く。旅の終わりなど考えた事がなく、子供の頃からずっとバラモスを倒すことしか考えてこなかった―ー普通の町娘のように生活することはアレクシアにとって逃避であって「もしも」の夢物語でしかなかった―ーから、いざバラモスを倒してしまうと目的がない。途端に自分がひどく空虚な何も持たない人間のように思えるのだ。

「それともサマンオサに行くのか?」

 話を振られてレイモンドは面食らった。なぜここで自分を見るのだと怪訝な表情になる。

「レイモンドが故郷(くに)に戻るならシアもついていくのかと」
「え」

 ダグラスの言うことの意味を理解してアレクシアの頬に酒気とは異なる赤みが走り、ディクトールの周りの空気が強張った。

「まぁ、確かに、サマンオサは人手不足よね! 仕官するにもコネもあるし! ああでも、あたしっ、ダーマでしっかり勉強するのもいいかなって思ってるの!」

 取り繕うようなリリアの言葉に、ダグラスはああ、と一人納得したようである。

「アルも一緒にどう?」
「ダーマかぁ…。わたしはちょっと」

 ダーマには、嫌な思い出しかない。
 では何をするのだと考えても、これ! と言うものに思い至らないのだ。というより、まだ、終わったという実感がない。
 窓の外は暗い。
 町には街灯が、家々には暖かな灯りが点されているというのに。
 空が。
 本来そこに覗くはずの月も星も見えていない。

(なにか…)

 未来(あす)を語る気になれない。なにかがひっかかる。漠然とした不安。平和に、平静に慣れていないだけだと思いたい。けれど…
 向かいでは無言で酒を舐めるレイモンドが、剣を手元から離していない。ディクトールも、リリアだって、旅装束を解かぬままに、祝い酒だと注がれた杯も干さずにいる。
 皆が同じように感じているのだ。緊張が解けていない。無理もない。激しい戦闘からまだ1日も経っていないのだからと、アレクシアが自分を納得させようとした時だ。轟音と共に、大気が震えた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ