ドラクエ3

□明けぬ空を背負って(本編3)
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51.帰還

夢でも見ているのかと思った。死臭漂う地下迷宮から一呼吸のうちに景色が一転して、見慣れているけれどどこか違うような街並みに突然放り出されたのだから。
アレクシアたちより町の人々の方が余程面食らったに違いない。ルーラの魔法どころか、キメラの翼でさえ、日常生活でお目にかかることなど酷く稀なことなのだから。
人々は一瞬あっけに取られ、それから恐る恐る集まってきて、そのうちの一人が控えめに「アレク?」と呟いた。呟きはざわめきとなり、歓声へと変わった。

「おおっ、アレクが帰ってきたぞ」
「勇者だ! 勇者が戻ってきた!」
「おい、誰かアマリアさんに知らせてこい!」

四人は文字通り揉みくちゃにされた。もっとマメに顔を出していたのなら、或いはここまでではなかったのかもしれない。久しぶりに旅に出でいた者が戻ったというだけでも、親族だけでなく近所の人や友人が集まるのはよくあることだが、これが世界の命運をかけて世界中を旅してきたに違いない勇者ともなれば町中、国中の人間が注目しても仕方ない。

「アル!!」

人混みを掻き分けて姿を見せたのは細身の中年の女性で、余程慌てて出てきたのだろう。手には鍋をかき混ぜるお玉が握られている。

「母さん!」

母子の対面を邪魔するような不粋な人間はいなかったようで、人垣の真ん中でアレクシアと母は駆け寄り抱きあった。母は娘の存在を確かめるように、その細い腕のどこにそんな力があったのかと娘が驚くほどの強さで娘の体をしっかりと抱き締めた。

「ああ、アル。私の可愛いアル。あなたなのね? 顔をよく見せて」
「うん。母さん。ただいま」
「背が伸びたのね。どこも怪我はしていない?」

髪をかきあげ、露になった頬に額にキスをして、小さな子供の頃でさえされなかったのじゃないかと記憶をたどって首を捻りながらも、アレクシアは母のさせたいようにさせてやった。恥ずかしさと、甘酸っぱいくすぐったさで胸が一杯になるが、悪くない。同時に、目の前の母が、記憶にある母より痩せて小さくなったような気がして切なくなった。たったの2年。けれどその2年を、母はどんな思いで毎日過ごしていたのだろうか。心労を掛けたに違いなく、これからはずっとそばにいて、子供として、娘として母の為に何かしてやりたいと思う。実の母ではないと落ち込んだ日もあった。けれど血の繋り以上に確かな絆がここにあるではないか。

「今日はどうしたの? ゆっくりしていけるのでしょう? あらいやだわ。わたしったら、こんな道の真ん中で…。うちへ入りましょう。お友達もいらっしゃい。遠慮なさらずに」
「ああ、うん…」

後を振り返れば、呆れ顔のレイモンドとニヤニヤしているリリア、しきりに頷くディクトールらと目があった。恥ずかしさにカッと全身真っ赤になったと思う。

「…と、とりあえず、まぁ、おいでよ」
「アルの部屋、楽しみ〜♪」
「なんにもないよ」

メインストリートを我が家へと歩き始めたアレクシアたちの前に数人の男が立ち塞がる。頭ひとつは悠に大きな男を前にしても、アレクシアの母は気丈に振る舞った。

「フランさん、そこを通してください」
「そりゃないよ。奥さん! 俺たちだって話が聞きたいんだ」
「そうだよ、アレク。魔王は? バラモスはどうなったんだ?」

アレクシアは仲間たちと顔を見合わせると、母と睨み合う男と母の間に体を割り込ませた。

「バラモスは倒したよ。でも…」
「聞いたか! アレクが、勇者オルテガの子がバラモスを倒したぞ!!」
「ちょ、ちょっと!」

先程以上の歓声が沸き起こり、アレクシアの声をかき消す。

「さすが、オルテガさんの子だ!」
「これで、これで平和がやってくるのじゃな・・・」
「ありがとう、アレクさん!」

老人が、若い娘が、アレクシアの手を取って拝み、むせび泣く。我も我もと人々が押し寄せるから、アレクシアたちは身動きも取れない。背の低いリリアや母が人混みに埋もれる。仲間たちの互いの名を呼ぶ声が四方バラバラの方向から聞こえた。かと思えば、どこかで誰かが転んだのか、悲鳴や罵声が上がる。

「みんな! 危ないから押さないで!」

張り上げた声も後ろの方までは届かない。せっかくバラモスという驚異を退けたというのに、こんなところで人に踏まれて死ぬなんてことになったら目も当てられない。ラリホーで無力化するかとも考えたが、ここまで密集していては呪文の集中どころではない。

「何事だ!」

城から騒ぎを聞き付けて、数人の兵士がやって来た。これには流石に押し合いをしていた町の人々も大人しく従わざるを得ない。

「なんの騒ぎだ。首謀者は誰か!?」

老人を押し退けた男も、体を小さくして兵士に道を譲る。人垣が割れて、人の輪の真ん中にアレクシア達は取り残された。里帰り早々騒ぎを起こしたとして咎めを受けることになるのかと溜め息をはいたアレクシアだったが、顰め面の兵士が目の前にやって来るやパッと表情を輝かせた。

「ダグ!」
「シア?」

取り締まりにやって来た兵士の中に、セイやディクトールと同級の幼友達ダグラスの姿を認めたからだ。

「ダグ、久しぶり」
「ディクトールか! 見違えたよ!」

ひょろっと背ばかり高い印象だった青年が、ずいぶんたくましくなったものだとダグラスは目を見張り、子供の頃にそうしたように、拳と拳をこつりと合わせた。

「なんだお前ら、いつ戻ったんだ?」
「ついさっき」
「なるほど、それでこの騒ぎか。直ぐに発つのか?」
「いや、しばらくゆっくりできると思う」

なら、とダグラスはぐるりと回りを見渡すと声を張り上げた。

「積もる話もあるだろうが、皆今日は遠慮してくれ」

えー、と不満の声が上がったが、声の主は兵士に睨まれてすごすごと退散していった。アレクシアたちのことはダグラスに任せたと、年長の兵士達は集まった人々の対応へと散っていく。

「城に挨拶には来るだろうな?」
「ああ」
「明朝の謁見予約を入れておくので、王様に失礼のないように支度しておいてくれ。そちらのお二人も、よろしく頼みます」

レイモンドとリリアを振り返り会釈するダグラスに、こちらも会釈を返す。リリアはいつかアッサラームで聞いた話を思い出してこれがあの、と一人瞳を輝かせていたが。
アレクシアの家に向かってしばらく歩く。気づけばアレクシアの母アマリアの隣をリリアが陣取って、アレクシアの子供の頃の話を聞き出している。リリアの明るい笑い声自体は聞いていて悪い気にはならないが、内容が内容なだけにアレクシアは落ち着かない。気づけばさして広くもない道に三人並んで他愛もない話題に花が咲いていた。女が三人で姦(かしま)しい良く言ったものだと、男三人は呆れ顔を見合わせる。
アレクシアの家の前まで来ると、ダグラスはアマリアに明日の朝、城から迎えを寄越すと事務的に伝えると、敬礼して向きを変えた。しかしすぐには立ち去らず、僅かに逡巡した後で不安そうな顔をあげた。

「…セイの奴はどうしたんだ?」

まさか死んだのかと言いたいのだろう。兵士ならば魔物と戦う事もある。だから旅をするというのが命の危険を伴うものだということは重々承知している。ダグラスは覚悟の表情を浮かべている。
アリアハンに戻れば当然話題に上るのだから当たり障りのない回答を用意しておくべきだったのに失念しており、とっさにどう答えたものかと言葉が出てこない。アレクシアは言い淀み、助けを求めるようにレイモンドに目をやった。レイモンドもちらりとアレクシアを見て、無言のやり取りを二呼吸ほどやった後で仕方ないと溜め息をはく。しかしレイモンドが口を開く前に、ディクトールが口を開いていた。

「親父さんの所に便りが届いていないかな。セイはね、今やちょっとした名士になったんだよ」
「いや、聞いてない」

穏やかな表情で語るディクトールに、ダグラスもほっと表情を綻ばせた。

「メリア大陸で才能を買われてね、別れたんだ。人々の為に働いているよ」
「そりゃあ凄いな。元気でやってるのか?」
「うん。前に会った時は元気にやってた」

安心したのだろう。ダグラスはセイの事や旅の話を聞きたがった。兵士だと言ってもアリアハンの国外に出ることなどない。このご時世、町の外に出るのだって希なのだ。旅人の話が珍しいのは、町人も兵士も同じだった。
少年のように瞳を輝かせる友人に苦笑して、「そうだな」と口を開いたディクトールを制したのはアマリアだった。

「いつまでも家の前で立話もないでしょう。みんなお入りなさい。ダグ坊やも遠慮しないで」
「あ、いや、俺は…」

二十歳を過ぎても、子供時代を知っている相手には一生頭が上がらないに違いない。子供扱いに辟易しつつ、ダグラスはまだ勤務中だからと帰っていった。夜、酒場に集まろうということだけは決めて。

アレクシアの家は、家族三人で住むには広い家だった。しかし玄関を入って直ぐにのところにある居間兼食堂に全員が入ると流石に狭く、庭に面した大窓を開け放して席を増やさねばいけなかった。

「さて」

家で待っていた祖父とアレクシア達四人。全員に飲み物が行き渡ったところでアマリアは、アレクシア達の顔を一人一人順に見詰めて言った。

「皆さん、大変な旅だったでしょう。魔王バラモスを倒してくださったこと、亡き夫オルテガに代わりお礼を申し上げます」

アマリアは毅然とした表情で頭を下げて

「これまで娘を支えてくださってありがとうございます」

それから母親の顔で再度、先程よりも深く、長く頭を下げた。

「本当に、本当に、よく無事で…」

それから先は嗚咽に紛れて言葉にならない。

「母さん…」

アレクシアが肩を抱くと、母は小さな声で何度も何度もアレクシアの名を呼んだ。母が落ち着くまで背中を撫でてやる。名を呼ばれる度に小さく頷いて、けれども

「もう、どこにも行かないでいいのね」

という言葉には頷くことが出来なかった。
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